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社畜にブラックギルドはぬるすぎる!  作者: 城太郎
第二章・製品加工課編
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9.こ、こいつ、体力チートか?!

 クロダが配属されてから二日後。バルドはようやく自分の席で一息ついた。


 ここ数日、いや数か月、目の回るような忙しさだった。仕事は次から次へと湧いてくる。部下たちに振れる分は振っているが、課長である自分にしかできない仕事も多い。


 今日は珍しく一段落ついたが、どうせ10分もすれば新たな案件が飛び込んでくるだろう。そんな貴重な隙間時間、バルドはふと、数日前にやってきた奇妙な新入りのことを思い出した。





 クロダとかいう新人は、どうにも様子がおかしい男だった。


 彼に与えた仕事は、バルドが「地獄のしごき」と呼んでいる新人恒例のイベント。


 あの膨大な書類整理には、実のところ何の意味もない。


 中身は捨てる予定のゴミ書類。ただそれを使って、新人の根性を試しているだけだ。

 

 大抵の新人は、この仕事を命じた時点で「これって何の意味があるんですか?」などと聞いてくる。中には「こんな作業やってられるか」と騒ぎ立てる奴もいる。


 だが、それでいい。いきなり上司の指示に反発するような生意気な奴は、まず鼻っ柱をへし折ってやるのがバルドのやり方だ。上下関係をきっちり教え込み、従順な駒として鍛え上げるのだ。


 それが、クロダの場合は――。


 配属早々、無理難題を出されたにも関わらず文句ひとつ言わない。一瞬だけ、げんなりしたようなため息をついたが、それ以外は表情も変えずに淡々としていた。


 あまりの素直さに、バルドは逆に肩透かしを食らった気分だった。最近の若者はこんなものか、と少し落胆もした。この調子では、5日も持たないかもしれない。


 クロダが作業を始めてから、もう2日が経過している。だが、そういえば初日以降、姿を見かけていない。


(まさか、もう逃げ出したんじゃねぇだろうな……)


 重いため息をつきながら、バルドは席を立ち、クロダが作業をしているはずの資料室へと向かった。





 扉を開けた瞬間、バルドは思わず息をのんだ。


 二日前は足の踏み場もなかった資料室が、まるで別世界のように整えられていた。


 山積みだった木箱は、今や数えるほどしか残っていない。ホコリだらけだった床は見違えるほど綺麗に磨かれ、木目がはっきりと見える。


 部屋の隅には、丁寧に積み上げられた書類の束。そして、最後の数箱を相手に黙々と手を動かしているクロダの姿があった。


 バルドが足音を忍ばせて部屋に入ると、クロダが気配に気づき、顔を上げて笑顔で挨拶した。


「お疲れ様です!」


「おいお前、なんでそんなに元気なんだよ?!」


 思わず大声を上げたバルドに、クロダは首を傾げた。


「なぜって……まだほんの、"二徹目"ですから。この程度で疲れてなんかいられませんよ」


「はぁっ?!」


 バルドは思わずのけぞった。それでも衝撃は収まらない。


(二徹? 二徹って言ったよな、今? しかも、「この程度で疲れてなんかいられません」だと……もうとっくにぶっ壊れてるんじゃねえか?)


 バルドは一歩引きかけて、慌てて姿勢を戻した。課長としての威厳がかかっている。そう簡単に、動揺は見せられない。


「そりゃあ、徹夜で作業しろとは言ったのは俺だが……さすがに、寝ろよ!」


「お気遣いありがとうございます。今日も徹夜でやればなんとか明日には終わりそうです。なので、明日は帰って寝る予定です」


「三徹前提かよ?! 人間の限界超えてんじゃねえのか?!」


「ははは。そんな大げさな。前の上司は五徹はしてましたよ。私なんか、まだまだです」


 常識を超えたその返答に、バルドは言葉を失った。バルド自身も一晩徹夜して仕事をした経験は幾度もあるが、さすがに三徹、五徹など正気の沙汰ではない。


(こいつ、ほんとに人間か? "前の上司"とやらは、仙人か何かじゃねえのか……?)


 背中を冷や汗がつたう。せめて粗がないかと部屋の隅に積まれた書類へと目を向けた。適当に整理したフリをしているんじゃないか……そう疑いながら、一番手前の束を手に取った。


 確認すると、納品書類が日付順にきっちりと並べられている。乱れもなければミスも見当たらない。


 舌打ちをひとつしてからバルドは書類を元に戻し、クロダを睨んだ。


「この書類……」


「あっ、もしかして、ミスがありましたか?! すみません、すぐに直しますので……」


「いや、問題ない! 頼むからこれ以上仕事を増やそうとするんじゃねぇっ!」


「ありがとうございます! なるほど、『目の前の作業に集中しろ』と……さすがは課長!」


 目をキラキラさせて作業に戻ろうとするクロダに、バルドは我慢できずに割り込んだ。


「きょ、今日はもう帰りやがれーー!!!」


 バルドの言葉に、クロダはようやく動揺した様子を見せた。


「えっ、でも、まだ終わっていませんよ……」


「いやいや! お前、さっき『今日徹夜すれば終わる』って言ったよな?! なら今日帰ったって、明後日には終わるだろ! それで期限の5日目で、ちょうど間に合うじゃねえか!」


 クロダはしばし黙って考え込んでから、口を開いた。


「ありがとうございます。でも……やっぱり早く終わらせた方がいいと思うので、今日はこのまま続けます」


 その瞳には、妙に強い意志が宿っていた。


(なんだよその目は……バキバキじゃねえか……怖ぇよ……)


 バルドは思わず気圧され、ひきつった笑みを浮かべた。


「……お、おう。が、がんばれよ……ほどほどにな……」


「はい! 頑張ります!」


 笑顔で答えるクロダを見ながら、バルドは頭痛に眉をひそめて資料室を後にした。


 自分の席に戻ると、机に積まれた書類には目もくれずに大きなため息をついた。


「……あいつ、どんだけ働くんだ……俺より働いてるじゃねえか……新人のくせに……」





 資料室に一人残されたクロダは、いまだ黙々と作業を続けていた。


(さすがに、少し疲れてきたな……)


 クロダはウーンと伸びをしたが、肩も腰も悲鳴を上げている。しかし、不思議と懐かしい感覚に襲われていた。


(あれはたしか、一年前……)


 クロダが日本で働いていたころ、納期直前までまったく仕事が終わらず、プロジェクトメンバー総出で徹夜したことがあった。


 もともと、休みなしで一か月以上も連勤が続いていた。全員が疲労困憊で殺伐とした雰囲気の中、終わりの見えない作業を続けていたのだ。


(結局、二徹の末にギリギリで何とか終わった……と思ったところで一箇所作業ミスが見つかって、修正が間に合わずに取引先に全力土下座したっけ)


 その後、恨み言をこぼしながらもう一日追加で徹夜し、すべてが終わった瞬間に全員がその場で崩れ落ちて気絶してしまった――という大事件だった。今思えば、あれもいい経験だった。


 あれがなかったら、今の自分はなかった。クロダは本気でそう信じていた。


 ふと顔を上げて時計を見ると、時刻は22時を指していた。あれだけ大量にあった書類も、残るはあと二箱だけだ。


(これなら、明日の昼には終わりそうだな。せっかく任された初仕事、なんとか完遂できそうでよかったなあ)


 クロダはホッとした表情を浮かべつつ、それでも一切手を止めずに作業に没頭した。


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