8.地獄のしごき!
バルドに連れられて奥の部屋に足を踏み入れた途端、すさまじい量のホコリが舞い上がる。思わず咳き込んだクロダは、目をしばたたかせながら周囲を見回した。
部屋の広さは8畳ほど。だが、そのスペースのいたるところに大量の木箱が積み上げられていて、壁が迫ってくるような圧迫感がある。
入り口近くの箱を覗き込むと、中には大量の書類が雑に詰め込まれていた。さらに、箱からあふれた紙束は床一面に散らばり、足の踏み場もないほどだった。
その光景にクロダが圧倒されていると、バルドが振り返り、ニヤリと笑った。
「クロダ。お前の歓迎会代わりだ。この部屋の書類、全部整理しとけ」
(……結構、大変そうだな)
一瞬げんなりしかけたクロダだったが、配属初日にそんなことではまずいと思い直す。すぐさま背筋を伸ばして大きな声で返事をした。
「はい! 承知いたしました!」
「……なんでそんなことを、とか聞かねえのか……」
「えっ? 作業の理由なんて、私のような末端が考える意味はないですよね?」
バルドは従順すぎる反応に眉をひそめたが、すぐに気を取り直して説明を続ける。
「……見える範囲だけ片付ければいいってわけじゃねぇぞ? たしか、過去10年分はあったはずだが……日付順に並べて整理しろ」
「この資料ですね! 承知しました!」
クロダは近くの書類を何枚か手に取る。ざっと見ただけでも、種類も日付もバラバラだ。整理には相当な手間がかかりそうだ。
(研修の時の素材仕分けなんかは、異世界らしい新鮮さがあったけど……今回は、ただの書類か。根気をいつまで保っていられるかの勝負だな)
「期限は、そうだな……今日を含めて5日。まあ、それだけあれば十分だろ?」
「5日ですね。必ず終わらせます!」
クロダは即座に返事をし、頭の中で作業工程を組み立てはじめた。
(5日でこの量……何日か徹夜しないと終わらなそうだ。でも、また残業か……なんて考えてる時点で甘いな。ちょっと気が緩みすぎてるぞ、俺)
クロダがわずかにため息をついたのを見て、バルドはクックックと低く笑った。
「おう、絶望したか? 言っておくが、これは新人全員が通る道だぞ。終わらねえと思うなら、徹夜でもなんでもして死ぬ気でやりきるんだな!」
(……えーと、言われなくてもそのつもりだったけど……新入りにわざわざヒントをくれるなんて、面倒見のいい課長さんだ)
クロダは心の中でバルドに感謝しつつ、真面目に何度も頷いて見せた。
「はい! 終わるまで何徹でもしてみせます!」
「何徹……って、徹夜ってのは一日だけのもんだろうが」
「いえいえ、終わってないのに寝るなんて、そんなわけないじゃないですか!」
「……ケッ、その元気がいつまで持つか、見ものだなあ? おい」
バルドは一瞬だけわずかに目を見開いたが、すぐに表情を引き締めて脅すような口調に戻った。
「ちなみにな、これまでの新人で、終わらずに投げ出したやつは一人もいねぇ。『終わらなくても、誰かが助けてくれるだろう』なんて甘い考えを持ってんなら、今すぐ辞表を出して失せろ」
(つまり……全部終わらせれば問題ない、ってことか。評価基準が明確で助かるなあ)
「ご配慮ありがとうございます! 課の一員として認めてもらえるよう、必ず5日間で終わらせて見せます!」
クロダが明るく、まっすぐにそう言い切ると、バルドは再び眉をひそめた。
「いい加減にやるつもりじゃねえだろうな? 適当な仕事でごまかそうってんなら……」
「クビですね!」
「そう、問答無用でやり直……ん? そ、そうだな、いや、クビにはしねえけどよ……」
バルドは予想外の反応に口ごもった。しかしそれ以上は何も言わず、無言のまま出口へ向かう。
扉を押し開ける直前、ふと立ち止まって呟いた。
「最近の若いのってこんな感じだったか……?」
クロダはその背中をじっと見送りながら、そっと拳を握りしめた。
(やっぱり、まだまだ信用されていないんだろうな。でも、だからこそ――結果を出して見返さなくては!)
クロダは両手で自らの頬を叩いて気合を入れ直すと、早速目の前の木箱に手を伸ばした。