6.配属会議にて
クロダがギルドに加入してから数日後の夜。
ギルド会館の会議室に、各部門のトップが勢揃いしていた。幹部たちが集まるこの光景には圧迫感があり、普通の人間なら裸足で逃げ出したくなるような場面だろう。
だが、室内の空気は意外にも弛緩していた。いずれもギルドに長年所属してきた古株ばかりで、気心も知れた仲だ。今さら改まった雰囲気になることもない。
「それで、今期の素材買取数、また過去最低を更新だってよ」
「そうか、どこも厳しいのは一緒だな……」
そんな取り留めのない会話が交わされる中、幹部の一人がテーブルに肘をつきながら気だるそうに口を開いた。
「今回の新人研修の報告が人事課から上がってきている。これについて、何か意見のある者は?」
そう言いながら周囲の様子をうかがうが、返ってくる反応は芳しくなかった。
「どいつもこいつもダメだな。教育部門は一体何をやってるんだ」
「それより問題は、新人の質だろう。これでは、雑用ですら使えやしない」
「うちは、人手は足りていますからねぇ」
魔術研究課、冒険者課、依頼管理課の課長が口々に否定の声を上げる。幹部たちの表情は総じて暗い。
新人たちの評価欄には、△や×といった渋い評価がずらりと並んでいた。どの部署も即戦力を求めているというのに、それに見合う人材がひとりもいない。
とはいえ、こうした状況は今に始まったことではなかった。
ギルド・黒鉄の牙は、超が付くほどの激務と劣悪な労働環境で知られており、王国内でも屈指のブラックギルドとして悪名高い。
そのため、いくら新人を勧誘しても、まともな者はまず寄りつかない。残るのは、他所の働き先であぶれた半端者ばかりだ。
それならブラックギルドから方針転換すればいいのではと思うかもしれないが、そう簡単な話ではない。
幹部たちも、内心は「ブラックでないほうがいい」ことくらい、薄々勘づいている。が、それを表立って口にする者はいない。
ギルドの中にいれば分かる。上層部からの圧力や、容赦のない売り上げ目標……まあ、あるのだ、いろいろと。
そんな中、製品加工課の課長――バルドが突然手を挙げた。
「おう、そうは言っても一人くらい、使える奴はいねえのか?」
幹部たちは手元の資料をパラパラとめくり始める。
「この"クロダ"ってやつは他よりはマシ……か?」
「いや、ダメだろう。雑魚よりマシ、ってレベルじゃ使えねえよ」
「うちの部署には、いりませんねぇ」
あちこちから否定的な声が飛び交う。
「なら、コイツはうちで引き取ってやるよ。また二人辞めちまったし、雑魚でもできる作業は山ほどある」
バルドの言葉に、誰からも反論はなかった。
「では、このクロダという男は来週から製品加工課で決定、と」
ようやく一人、配属先が決まった。しかし、まだ行き場のない新人たちが残っている。
結局、残りの新人は全員が総務課に配属されることになった。
……と言えば聞こえはいいが、実際はギルド内の清掃や荷物運びなどの雑用担当であり、見込みがあると判断された者から順次正式な配属先が決まるという形だ。
つまり、先送りにされたに過ぎない。
◇
会議終了後、素材調達課の課長・セシルがバルドのもとへ歩み寄った。
「新人を採るなんて珍しいですね。あのクロダとかいう男にそんなに魅力を感じたんですか?」
「んなもん、あるわけねぇだろ。ただ、鍛えりゃどうにかなるラインにはギリギリ達した、って判断だ」
バルドはセシルの姿を目にして、苦虫を嚙み潰したような顔をした。二人はギルド入会の同期だったが、性格は正反対で何かと反発し合ってきた間柄だ。
「甘いですね。果たしてうまくいくかどうか……陰ながら応援していますよ」
「テメェの応援なんざいらねえよ。まずは、恒例の"地獄のしごき"からだ。まずは鼻っ柱をへし折って、従順な駒に仕立て上げてやらぁ」
「そういう前時代的な発想はそろそろ捨てたほうがいいと思いますが……初日で逃げられても知りませんよ?」
「その程度の奴ならこっちから願い下げだ。……でもな、もし奴が使えるようになって、『やっぱり採っときゃよかった』なんて言っても、遅えぞ」
「そうなるとは思えませんが……万が一そうなったら、貴方に頭を下げてあげてもいいですよ」
「チッ……覚えとけよ、その言葉」
バルドは舌打ちしながら吐き捨てるように言い、立ち上がった。セシルもそれ以上言葉を交わすことなく背を向け、二人はそれぞれの執務室へと戻っていった。