42.アリシアお嬢の作戦④ 火の玉ストレート
クロダが業務への魔法導入の案を披露してから数日が経過した。
提案の準備は着々と進み、魔術研究課との会議も一週間後に設定されている。いよいよ、勝負の時が近づいていた。
だが、クロダの胸には引っかかるものがあった。
(今の俺は、本当にうまくやれてるのか? この方向性でいいんだろうか……?)
自分で考えて動くようになってから、成長した実感はある。しかし、先日バルドやセシルに謝罪したときの反応がどうしても気になって、頭から離れない。
あれは評価してもらえたのか、それともまだ足りないと突き放されたのか。
(褒められた気もするし、否定された気もするし……。今は悩んでる場合じゃないのに)
クロダは雑念を払おうと、書類に手を伸ばす。考え込むより、手を動かしていたほうが気が楽だった。
書類を数枚処理したところで、ひときわ目立つ封書に手が止まる。
差出人の名は――アリシア・アルセイン。
(えっ……あのお嬢様が、俺に……?)
封を開けると、中にはたった一行のメッセージが記されていた。
『明日、そちらに伺います。今回こそ、覚悟なさい』
(意味がわからん……怖すぎるだろ……!)
クロダは青ざめ、逃げる手段を必死で考える。とりあえず出張予定でも入れてしまおうかと申請書を書きかけたが――ふと手を止めた。
よくよく考えてみれば、クロダはアリシアにきちんと向き合ったことがない。
アルセイン家にスカウトしてもらったり、素材の大量発注をしてもらったり……今思えばあれだけ便宜を図ってもらったというのに、ろくに話すらしていなかったのだ。
(自分で考えて動くっていうなら……ここで逃げるのは違うよな)
クロダは覚悟を決め、書きかけの申請書をぐしゃりと丸めてゴミ箱に放り込んだ。そして、応接室を押さえるべく総務課へと向かった。
◇
翌日。
クロダは応接室でアリシアと向かい合っていた。
「……………………」
クロダもアリシアも、後ろに控えるコンラッドも……誰も、何も言わない。緊張で吐き気がしてきた。
その瞬間、アリシアが動いた。
横に控えたコンラッドに視線を送り、紙を受け取る。それをテーブル越しに滑らせて寄こした。
クロダはおそるおそるその紙に目を落とす。
そこには、「雇用契約書」と大きく書かれていた。
「そういえば、今まで正式にオファーしたことがなかったでしょう?」
アリシアはいつになく真剣な眼差しでクロダを見据える。
「あなたの能力は素晴らしいわ。……クロダ、我がアルセイン家に……いえ、私に仕える気はないかしら?」
直球すぎる誘いに、クロダは言葉を失った。
(今までなら即断ってたけど……)
アリシアの真剣な想いは痛いほどに伝わってくる。ここで適当な返事をするなど、到底許されることではない。
クロダは大きく深呼吸し、雇用契約書に目を通す。
役職は、アリシアが治める街の内政官補佐。
仕事内容は税収の管理に、街の開発計画の立案に、条例の策定など……ほとんど政治家だ。業務分野は多岐にわたり、やりがいは十分だろう。
それに、補佐官から始めさせてくれるというのもポイントが高い。慣れないクロダのために、無理なく成長していけるポストを用意してくれたのだろう。
そして、給料は今の五倍以上。
条件としては、これ以上ないほど完璧だ。
(だけど……)
それほどの好条件だというのに、クロダの心はどうしても決まらなかった。
(断りづらい……けど、考えれば考えるほど、やっぱり……)
クロダは、ついに覚悟を決めて口を開いた。
「……ありがとうございます。とても光栄です。ですが――申し訳ありません。お断りさせていただきます」
アリシアは怒りもせず、静かに理由を問う。
「理由を聞かせていただけるかしら?」
「……はい。今までの私なら、受けるにせよ断るにせよ、何も考えずに答えてしまっていたと思います。でも、今は違います」
「…………」
「今は、自分の頭で考えてみよう、と思ってチャレンジする毎日です。今の私に必要なのは、素晴らしい待遇よりも、成長できる場所です。このギルドでなら、私はまだまだ成長できます」
クロダは緊張をごまかすように早口で一気に言い切ると、アリシアはわずかに目を丸くした。
(お、怒らせたか……?)
あまりの緊張感に息ができない。
アリシアが顔をしかめた。それを見て、コンラッドがぴくりと反応する。
クロダは重苦しい空気に耐え切れず、目を背けようとした、その時。
「あはっ、あははっ!」
軽やかな笑い声が部屋に響き渡り、張りつめていた空気が一気にほどける。
アリシアは笑いながら涙を拭いた。
「うふふっ、いいわ! それでこそ私が見込んだ男ね!」
「は、はあ……」
「いいでしょう。あなたはあなたの道を行きなさい。そして、ここであえて強引に連れ去らなかった私を、後悔させてくれるんでしょうね?」
「え、あ……が、頑張ります」
クロダのたどたどしい返答に、アリシアは悪戯っぽく笑った。
「でも覚えておいて、私は絶対にあきらめないから!」
アリシアはそれだけ言い残すと、スタスタと応接室を出て行ってしまう。
しかし、姿が見えなくなったと思った次の瞬間、扉の隙間からにゅっと顔だけをのぞかせた。
「それと、困ったときは必ず相談するのよ!」
アリシアはそのまま首を引っ込めると、バタンと音を立てて扉が閉じた。
クロダは呆気に取られ、アリシアが去った後の扉をただただ見つめていた。しかし、それと同時に、心にたまっていたもやもやが晴れていくのを感じる。
(……ちゃんと伝えられた。今度こそ、正面から向き合えたな)
アリシアに能力を評価されたことで、クロダの中に自信が芽生え始める。
(このまま……このまま、突き進んでみよう。自分の頭で考えることを続けていけば、何かが掴める気がする……!)
ここ数日の間、思い悩んでいたクロダの目に力強い光が戻ってきた。
魔術研究課との会議は、五日後に迫っていた。




