31.寿命が縮むレビュー
「ダメだね。こんなんじゃ、話にならないよ」
提案書を一目見るなり、部門長はいつもの軽快なトーンで切り捨てた。クロダの心臓がキュッと締めつけられる。
部門長室には、クロダ、部門長、そして助っ人として呼び出したセシルの三人が顔を合わせていた。
(こんなにあっさり……いや、もちろん一筋縄ではいかないと思ってはいたけど……)
それでも、部下たちの頑張りを無駄にしたくはない。クロダは必死に食い下がった。
「そこをなんとか……ご検討いただけませんか?」
「無理だね。ほら、セシルちゃんも見る? これ?」
セシルは差し出された提案書を黙って受け取り、静かに目を通す。読み終わっても、表情一つ変えない。
(助け舟すら出せないレベル……ってことか)
クロダはがっくりとうなだれた。
自分たちなりに必死で作った資料が、ここまで否定されるとは思ってもいなかった。
(でも……せめて何か、ヒントだけでももらわないと……!)
クロダは慎重に言葉を選びながら、部門長に問いかけた。
「部門長、その……もしよろしければ、アドバイスをいただけませんか……?」
部門長はおなかをぽんぽんと叩き、あはは、と豪快に笑った。
「クボタちゃん、そんなことも分からないとは、まだまだ青いねぇ!」
「す、すみません……」
「まあまあ、いいじゃん。じゃあ、まず一番ダメなとこ言ってあげるね。『残業代を削減した分をベースアップに充てる』、これ、最悪!」
「えっ……?」
意外すぎる指摘に、クロダは言葉を失う。
「理由は……セシルちゃん、説明したげて」
「……分かりました」
セシルはいつもの無表情のまま、クロダに問いかけた。
「資料を作るときに大事なのは、相手を意識すること。さて、クロダ。あなたたちはこの資料を誰に向けて作りましたか?」
「え、えっと……部門長や、ギルドの上層部、ですか……?」
語尾に行くにしたがって声が小さくなるクロダだったが、セシルは静かに頷いた。
「その通りです。つまり、これは“上層部に刺さる資料”でなければならない。けれど、今回の提案は、残業代を賃金に置き換えただけ。ギルド全体としての支出は何も変わっていません」
「そ、それは……」
「経営の立場で見れば、まったく旨みがないということです。変化には必ずリスクが伴います。ならば、変える理由が必要なのです」
(なら……賃金アップを条件に入れなければよかった? でも、それじゃあ職員たちは納得しないし、改革案の意味がない。……となると、残業を減らそうという案自体がダメ、ってこと……?)
クロダは必死に考えるが、答えが出ない。
そこへ、部門長が追い打ちをかけてくる。
「それと、『売上減は効率化でカバー』ってのもNGだね。不確実な予定なんて、誰も信用しないよ?」
「で、でも! 素材調達課では実際に売上が上がっています!」
なんとか粘ろうとするクロダの声を、セシルが静かに封じた。
「クロダ。これはあなたの問題ですよ。ギルドに入って二か月、課長になってから出した成果は一個だけ。実績も、信用も……今のあなたには致命的に足りていません」
「そ、そんな……」
事実すぎて、言い返す言葉もない。クロダ視線を落としたまま、ただ黙り込むしかなかった。
「あーあ。セシルちゃん、そんなにへこませることもないのに。ハラダちゃんがかわいそうだよ」
「部門長、あなたがそれを言いますか……」
部門長は無邪気な笑みを浮かべ、もう仕事の話は終わり、と言わんばかりだ。今のクロダの実力では、その牙城を崩せそうにない。
(ごめん、みんな、俺の力が足りないせいで……)
これ以上説得を続けようにも、もはや心がついてこなかった。
「あ、ありがとうございました……」
クロダは意気消沈した声で一礼すると、とぼとぼと扉に向かう。そしてドアノブに手をかけた、そのとき――
「ちょっと待ちなよ、クロダちゃん」
クロダはハッと顔を上げ、急いで振り返る。
部門長はあごひげをいじりながら、クロダに向かってニカッと歯を見せた。
「僕は、何から何までダメとは言ってないよ?」
「そ、それはどういう……」
「クロダちゃんに足りないのは、実績と信用でしょ? だったらさあ……僕の権限が及ぶ範囲で、それを積むチャンスをあげてもいいよ」
「ほ、本当ですか!」
クロダの目に、一気に希望が戻る。クロダは飛び跳ねるように部門長の前に駆け寄った。
(最後のチャンスだ……ここまできたら、なんだってやってやる!)
そんなクロダに、部門長は今日一番の悪い笑みを浮かべながら告げた。
「クロダちゃんのその案、試験運用してみればいいんじゃない? そう、たとえば…………製品加工課でさ!」




