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社畜にブラックギルドはぬるすぎる!  作者: 城太郎
第一章・新人研修編
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3.単純作業はチート級

 ジェイクに連れられて向かった作業部屋は、一言で言うなら「牢獄のような場所」だった。


 天井には一応照明らしきランプがぶら下がっているが、カタカタと揺れるたびに薄暗い光が不規則に点滅している。


 部屋の中央に鎮座する巨大な木製のテーブルには、まるで獣に引っかかれたかのような無数の傷が刻まれていた。テーブルの隅を軽く指でなぞると、ザラリとした感触が指先に残る。


 その横には、これでもかとばかりに箱が山積みにされている。中身は分からないが、まるで生ごみのような異臭が鼻をついた。


 新人たちがテーブルを囲んでずらりと並ぶと、まるで詰め込まれた家畜のように肩がぶつかり合い、息苦しさを感じる。


「お前らには、目の前にある素材の仕分けをしてもらう。これから指示する通りにやってみろ」


 ジェイクが用意した仕事は、ごくごくシンプルな作業だった。


 冒険者から買い取った魔物の素材が雑多に詰められた箱。その中身を確認し、種類ごとに分類して仕分け用の箱に移す。


 一箱分の仕分けが終わったら、報告書に素材ごとの個数を記録し、素材調達課と呼ばれる部署の受付まで持っていく。


 ――それだけだ。


(現代なら工場で機械にやらすような作業だけど……最初はこれくらい簡単な方が助かるな)


 ただし、問題なのはその"量"だ。ジェイクによると、今部屋の中に置かれている箱以外にも、入りきらなかった素材が山ほどあるとのことだ。


(前の会社では、何十時間も書類整理をさせられたことがあったなあ。根気にはちょっと自信があるし、こういう単純作業ならむしろ歓迎だ)


 そう思いながらクロダが横をチラリと見ると、隣の男が青ざめた顔で呆然と立ち尽くしていた。他の新人たちも同様に悲壮感を漂わせている。


「こんな作業、人間にやらせていいものじゃないだろ……!」


「今から、魔王軍に転職してしまったほうが楽なのでは……?」


「助けて、お母さぁぁぁん……」


(そんな深刻そうな顔をしなくても……確かにすごい量だけど、だいぶ手加減してくれてると思うけどな。みんなで力を合わせれば、二徹はしないで済みそうだ)


 クロダが楽観的な見通しを立てている一方、新人たちは恐る恐るジェイクの顔色を伺っていた。誰もが不安を隠しきれない様子だ。


「よし、すぐに作業を始めろ。全部終わったら、今日は上がっていいぞ」


 ジェイクは素っ気ない口調でそう言うと、どこかから椅子を持ってきて部屋の隅に腰を下ろした。


(終わるまで見ていてくれるのか。今まで出会った教育係は、指示だけしてどこかに行ってしまうばかりだった。それに比べれば、ずいぶんと手厚い教育体制だ。)


 クロダは感心しつつ、気を取り直して目の前の素材箱に手を付けた。





 作業は、なかなかに大変だった。


 配布された紙に書かれたとおりに素材を仕分けていくのだが、さすがは異世界、見たことのない素材ばかりだ。


 赤い毛皮に緑色の肉、ピンクの羽――どれも鮮やかな色合いで、とても生き物から採取されたものとは思えない。


(これが、えーと……ワイルドバードの羽、か。数は、15……いや、16枚か。こっちは、うげっ、スモールラビットの臓物……こんなのもあるのか。ぬめぬめして気持ち悪いな)


 心の中で愚痴をこぼしながら、クロダはぬめった手をズボンで軽くぬぐった。


 目の前で作業していた男がその様子を見て驚きのあまり手を止め、化け物を見るような目でクロダを凝視する。


(ん? ああ、このぬめぬめが気になるのか。もしかして、ミミズとか、触れないタイプの人なのかな? それならちょっと気の毒だな)


 クロダが細かいことを気にも留めずに淡々と作業を進めていく中、周囲からはうめき声が次々と上がってくる。


「俺はもうダメかもしれない……みんな、今までありがとう……」


「これは……走馬灯か……?」


「あはは……もう終わりなんだぁ……」


 ジェイクは立ち上がると、うずくまる新人たちの胸ぐらをつかんでテーブルの方へと突き飛ばす。


「おい! 貴様ら! 休んでないで手を動かしやがれっ!」


 新人たちはよろよろとテーブルにもたれかかるが、作業がなかなか手につかない。


 クロダはそんな周囲の様子を見て不思議に思った。


(さすがに大げさな気がするな。普通、どんな会社でもこれ以上にキツイ作業は日常茶飯事のはずだけど……)


 しかし、そこでクロダはふと一つの可能性に思い至った。


(もしかして、皆はこのギルドが初めての職場なんだろうか? そうか! それなら納得だ。俺も一年目の頃は、毎日辛くてトイレで泣いていたなあ)


 クロダは一人納得し、高速で手を動かしながら何度も小さく頷いた。


「甘えんじゃねぇ! 明日の朝までここにいるつもりか、使えねぇ野郎どもめ!」


 依然として動きの鈍い新人たちに、ジェイクが大声で追い打ちをかける。


(みんな、今は我慢の時だ。一か月もすれば、心を無にして働けるようになるぞ……)


 クロダは心を鬼にして周囲の声をシャットアウトし、自らの作業に没頭した。





 やがて、クロダの目の前の箱は空になった。


 次は、報告用の書類に素材ごとの個数を書き込んでいく。この世界には、パソコンもなければ電卓もない。


(どうやら、この世界に魔法はないらしい。となれば、地道にやっていくしかないか……)


 書類を書き終えて顔を上げると、新人たちの中では一番乗りだった。クロダは仕分け済みの素材が入った箱を両手に抱えた。


 作業部屋を出て、納品先である素材調達課へと向かう。二階から一階へと階段を降りたところで、何やら人だかりができていることに気づいた。


 扉の前に、一人の男が這いつくばっていた。男が出てきたと思われる扉には「製品加工課」という文字が見える。


「ひ、ひぃ、た、助け……」


 人だかりに近づいて様子を覗き込んだクロダと、這いつくばる男の目が合った。息も絶え絶えに助けを求めようとするその声が終わらぬうちに、扉の奥から現れた別の男が男の首根っこを掴んだ。


「逃げるんじゃねぇ! まだ仕事は終わってねぇぞ!」


 男はそのまま引きずられ、扉の向こうへと連れ戻された。直後、バタンと扉が閉まり、中からは悲痛な叫び声がわずかに漏れ聞こえてくる。


 周囲の人々は顔を引きつらせながらも、誰一人として止めようとはせず、人だかりはすっと引いていった。


(かわいそうだけど、俺も人に構っている余裕はないんだ。まずは、自分の仕事をきっちりこなさなくては)


 クロダは真面目な表情でひとつ頷くと、気を取り直して歩き出した。





 ようやく素材調達課に到着すると、受付に立つ男がクロダの姿を見て、フンと鼻を鳴らした。


「そこに置いていけ」


 男は首だけを動かし、通路脇の空いているスペースを示す。クロダは言われた通り、その場所に箱を置いた。


(不愛想だけど、初対面の新人相手ならこんなものだろう。もっと頑張って、顔を覚えてもらわないとな)


 そうして再び作業部屋に戻ると、休む間もなく次の箱が目の前に運ばれてきた。


(前の会社の上司なら、こんな仕事あっという間に終わらせてただろうけど……俺みたいな無能は、地道に頑張るしかないな)


 ふぅ、と一息ついて部屋を見渡す。最初と比べて、部屋にいる人数が減っているような気がする。


 残っている者の中でも手を動かし続けているのはごくわずかだ。


 床に倒れ込んで泡を吹いたり、突然笑い出したり、臓物でキャッチボールを始めたり……何やら様子がおかしい。


(途中で手を止めるのは、逆に効率が悪いんだよな。仕事中に休憩を取るなんて、激辛カレーを食べてる途中に水を飲むようなものだ。俺はその境地にたどり着くまで、一年かかったけど)


 クロダは懐かしさに浸りながら遠い目をして、それでも黙々と手を動かし続けた。


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