20.犯人は……お前だ!
その日の業務を終えた後、珍しくセシルからの呼び出しがかかった。会議室に、素材調達課のメンバー全員が集められた。
(さっき課長が後ろで見ていたことが関係しているのは間違いないだろうけど……一体これから何が起こるのか、見当もつかない)
クロダはびくびくしながら周囲の様子をうかがった。広い会議室の中、課員たちは思い思いの場所に座っているが、誰もが不安げな表情だ。
扉が静かに開き、セシルが入ってきた。無言のまま前へ進み、振り返って腕を組む。
「課長、急に我々を集めて……これから、一体何が始まるっていうんですか?」
課員のひとりが、恐る恐る疑問を口にした。セシルは全員の顔をひとつひとつ確かめるように見回し、やがてゆっくりと語り始めた。
「皆に集まってもらったのは、他でもありません……課内で、不正行為――"横領"が発覚しました」
クロダの心臓がドキリと跳ねた。
(横領?!)
「ま、まさか、課長! ここに課のメンバー全員を集めたってことは、つまり……」
セシルはゆっくりと頷いた。
「そうです。犯人は………………この中にいます!」
(な、なんだってーーー!!!)
クロダはあまりの衝撃に言葉を失った。周囲からはざわざわと、戸惑いの声が聞こえてくる。
「この中に? そんな、まさか……何かの間違いではないですか……?」
「ぼ、僕は違いますよ! 信じてください、課長!」
「横領犯がこの中にいるだって? こんな場所にいられるか! 俺は寮の部屋に帰るぞ!」
さりげなく逃げ出そうとする者の首根っこを掴みながら、セシルは冷静に続けた。
「最初に気づいたきっかけは、クロダ、あなたの担当した窓口の売上だけが、不自然に高いことでした」
(お、俺の?! たしかに、そんなようなことを言っていたけど……)
突然名前が出たことに動揺し、クロダは目を泳がせた。周囲の目がクロダに集中する。セシルはクロダを見据えたまま、言葉を継いだ。
「クロダ、あなたは課に来て一週間の新入りです。普通に考えて、作業ペースが遅いクロダが叩き出せるような売上額ではありません」
「そそそ、そうですかねえ? たまたまだと思いますが……」
「あなたの作業ぶりは以前の製品加工課のときから有名でした。まるで、不自然なほどに作業をこなす、とね」
「いえいえいえいえいえ、私はただ真面目に、仕事をしているだけで……」
「残念ながら……今日一日、あなたの仕事ぶりを見ていたんですよ? そのおかげで、"犯人"の手口に気づくことができました」
「い、い、い、いやだなあ……"犯人"、だなんて……」
クロダを見つめるセシルの視線は、刺すように鋭い。
「まさか、あいつが犯人……?」
「人畜無害そうな顔をしているのに……」
「そんなことをするような人とは思わなかった、って警備隊に証言すればいいってこと……?」
周囲の目が戸惑いから疑いへと変わっていく。セシルはスッと右手を上げてざわめきを制すと、再び語り出した。
「取引記録を照合した結果、手口が見えてきました。犯人は――素材の個数を過少申告し、売上の差分を中抜きしていたのです。ですが、それだけではすぐにバレる……そこに、"トリック"があったのです」
クロダは、二時間ドラマのラストシーン――断崖絶壁の端まで追い詰められているかのように錯覚し、足が震えた。
「あいつが……あいつが、やったんだ!」
「そうだ! 新入りだから、と言い訳すれば、ごまかせると思ったんだろう!」
「ふざけるな! 人間のフリをした悪魔め!」
誰もが、ここぞとばかりにクロダのことを責め立てる。
室内をゆっくりと歩き回っていたセシルは、クロダの前で歩みを止めた。
「そう、犯人は――」
セシルは、そこで言葉を切ってクロダを見下ろした。
(も、もうダメだあ……)
クロダは目をつぶり、審判の時を待った。
そして、ついに――セシルは重々しい口調で言い放った。
「犯人は…………クロダ以外の全員です」
(ごめんなさいごめんなさい………………あれ?)
「……へっ?」
静まり返った会議室に、クロダの間の抜けた声だけが響いた。
◇
会議室は静寂に包まれていた。先ほどまで威勢よくクロダを糾弾しようとしていた先輩たちは、無言で身体を硬直させている。
「ど、どういうことですか……?」
呆然と見上げるクロダを、セシルは呆れ顔でたしなめた。
「まったく……横領などしていないことは、あなた自身が一番知っているはずでしょう。もっと自信を持ちなさい」
「ま、まあ、それはそうなんですけど……」
「それに、言ったでしょう。あなたの売上が"多かった"と。横領していたら、減るんです。増えるわけがありません」
「あは、あはは……そうですよね……」
しどろもどろなクロダを見て、セシルは大きくため息をついた。しかし、一瞬でいつもの無表情に戻ると、鋭い目つきで室内を見渡した。
「なぜ、今まで横領がバレなかったのか? 売上が一人だけ減ったら怪しまれる。だったら全員で口裏を合わせ、みんなで仲良く売上を減らせばいい……よく考えたものです」
室内の空気がピリついた。誰もが息をのみ、互いの顔を見ようともしない。セシルはそんな反応を冷ややかに見つめる。
「しかし、クロダのお陰で気づくことができました。過去の記録も調べて裏を取っていますから、もう言い逃れはできませんよ」
課員たちは誰一人として声を上げず、ただ沈黙だけが重くのしかかった。
セシルはそんな沈黙を切り裂くように、最後の一言を口にした。
「これは、ギルド全体にも波及する大問題です……したがって、今日は素材調達課も所属する"生産部"の部門長に来ていただきました」
そう言うとセシルは会議室の後方を見やった。クロダが慌てて振り返ると、視線の先の扉から入ってきたのはまるまると太った、どこからどう見ても、普通のおじさん……だった。
謎のおじさんは、皆の注目を受けると朗らかに右手を上げてウインクした。
「やあやあ、みんな、元気ー? とりあえず、お茶でもどう?」




