16.アリシア、作戦を立てる
使用人たちに丁寧に出迎えられながら屋敷へ戻ったアリシアは、いつものように自室のベッドへと身を沈めていた。
「コンラッド! 来てちょうだい」
「はい、お嬢様」
アリシアの声を待っていたかのように、コンラッドがすぐに姿を現す。
「あの男を手に入れたいのだけど、どうしたらいいかしら?」
「クロダ……ですか」
アリシアはベッドの上で枕を抱いたまま、黙って頷く。こうなったアリシアは、もう止まらない。
コンラッドは手帳を取り出し、事前に調べておいた情報を読み上げ始めた。
「クロダ。27歳、出自は不明です。一か月ほど前からギルド《黒鉄の牙》に所属。上司や同僚からの信頼も厚く、有能な人物であることに疑いはありません」
「そんなこと分かってるわ! 私が見つけたんですもの! 当然よ!」
「はい。そして、クロダ本人は勤務体系や給与体系には大いに満足している様子。ゆえに、引き抜き工作は難儀かと思われます」
「……そうよね。あれだけの条件を提示しても、びくともしなかったんですもの……」
アリシアは枕にあごを乗せ、窓の外を見つめる。表情には、ほんのりと哀しみが浮かんでいた。コンラッドも、静かに同意する。
「あの条件を呑まない者がいるとは、思いませんでした。しかし、そうとなれば――"外"から攻めるのが得策かと」
「外?」
「はい。《黒鉄の牙》はお嬢様もご存知の通り、“ブラックギルド”として悪名高い組織です。あのギルドの悪事の証拠を掴むことができれば、従業員を“救出”する口実になるでしょう。もちろん、クロダも含めて」
「それは、いい考えね!」
アリシアは枕を放り投げ、勢いよくベッドを飛び降りる。そして机に向かうと、すぐさま筆を取った。
「影の者に監視を依頼しましょう。それと、内部の職員を何人か懐柔して、情報を引き出すの」
作戦はてきぱきと組み上がっていく。その瞳には、まばゆいほどの闘志が燃えていた。
「絶対、手に入れてやるんだから……!」
今でこそアリシアは平穏な生活を手にしているが、幼い頃は不遇な暮らしを強いられていた。
跡継ぎ争いの渦中にあって、兄弟姉妹の仲は険悪。とくに末妹であるアリシアへの風当たりは強く、命を狙われたことも一度や二度ではない。
父譲りの政治力を駆使し、兄姉たちを力づくでねじ伏せたアリシアだからこそ……能力がありながら環境に恵まれない者への想いは、人一倍強い。
コンラッドもまた、もとはアルセイン家に仕える武官だったが、兄弟間の争いに反対したことで地位を追われた。手を差し伸べたのは、他でもないアリシアだった。
そんな彼女が、クロダを見捨てるはずがない。コンラッドは、穏やかな目で彼女を見守っていた。
「……ところでお嬢様。本日ご購入された、ワイルドタイガーのコートはどういたしましょう?」
「いらないわ」
「……えっ」
さすがのコンラッドも、この返答には固まった。
「あそこで何も買わなかったらクロダが困るだろうから、買っただけよ」
「でしたら、あそこまでの高級な品でなくても……」
「でも、でも、あれね、毛並みはいいのよ。だけど重いし、動きづらいし……」
アリシアは腕を組んで唸っていたが、やがてパチンと指を鳴らした。
「バスマットにでもしたら?」
「100万ブラックの、バスマットですか……」
コンラッドは絶句した。しかし、こうなったアリシアに口答えしても無駄なことは、よく知っている。恭しく一礼すると、何も言わずに部屋をあとにした。




