14.令嬢に見初められてギルドにざまぁ……する気がしたがそんなことはなかったぜ!
アリシアの突然の爆弾発言に、部屋の空気が凍りついたかのようだった。
応対係の男が、遠慮がちに口を開く。
「あ、あの、アリシア様……」
「お黙りっ!!」
「は、はいぃ……」
イライラした様子で一蹴され、男はシュンとして引き下がった。すると、今度はクロダが口を開く。
「すみません。うちは"人売りIT"じゃないんで、そういうのはちょっと……」
「ひ、人売りあいてぃー……?」
聞き慣れない言葉に、アリシアは思わずポカンとした表情になる。
(意味不明な単語を持ち出して煙に巻こうだなんて、そうはいかないわ! 大丈夫、絶対に救い出してあげるから……!)
アリシアは可哀そうなものを見るような目でクロダを見つめた。その目は、わずかにうるんでいる。
「……クロダ、あなたは絶対うちで働いた方がいいわ! こんな地獄みたいな労働環境、すぐにでも抜け出したいでしょう? 違う?」
その問いにクロダは感涙してうなずく――はずだった。少なくとも、アリシアの脳内では。
「地獄……? いえいえ、とてもやりがいのある、素晴らしいギルドです」
クロダはいつものように真顔で、さらりと答えた。
「嘘よ! 不当に雑用を押しつけられて、無理をしてるんじゃないかしら?」
「まさか、そんな。ちゃんと、能力に見合った仕事を任せてもらっていますよ」
(この境遇に疑問を一切持っていない……まさか、洗脳魔法? このギルドは職員にそんなことまでしてるっていうの?!)
アリシアは胸が締めつけられる思いだった。何気ない仕草で右手を虚空に掲げると、そしてクロダに向けて、ちょん、と指をふった。
(浄化、完了。これでもう、大丈夫なはず……)
アリシアは今度こそ、という思いでクロダにやさしく語りかけた。
「うちは、残業一切なし、三食昼寝つきよ? どう、こことは比べ物にならないでしょう?」
クロダは浄化魔法の効果が出たのか、キョトンとした表情でスラスラと語り出す。
「えーと、実は"残業無し"って、作業者にしわ寄せが来ることが多くて……総作業量は変わらないのに時間だけ削れって、会社の方針とはいえひどいですよね」
(さっきよりおかしくなっちゃった……)
アリシアは頭を抱えた。
「そうじゃなくて……残業しなくていいくらい楽チンな仕事、ってこと!」
「お嬢様、アルセイン家に仕える身として、それは少々傷つくものが……」
「お黙りっ!!」
「はい……」
コンラッドを一撃で黙らせ、アリシアは次の交渉材料を探る。
(やっぱり、労働者と言えばお金よね……ちょっと直接的だけど、さっきので響かないならしょうがないわ)
「それなら、お給料は? うちなら、このギルドの倍は出すわ。こんな好条件、王国中探してもないと思わない?」
ついにアリシアの願いが届いたのか、クロダは嬉しそうな表情で頷く。
「いやあ、実はうち、残業代だけで基本給くらいは稼げちゃうんです! つまり、転職しなくても倍ってことです。すごくないですか?!」
アリシアの頬に貼りついた笑顔が、ピシリと音を立ててひび割れた。表情を崩さぬまま、静かな声で言葉を返す。
「口を開けば残業、残業……そんな無駄なことをなさらなくても、それだけの額が貰える……そういうお話をさせていただきましたの。お分かり?」
「残業しないと、結局残業代がもらえないから損なのでは……」
「残業は、しなくて、いいの。私は、反論を求めているわけではなくってよ」
「でも……」
アリシアは渾身の力を込めて、目の前のテーブルに右拳を叩きつけた。
ゴギャン!
令嬢のこぶしから鳴ってはならない音が響き、ガラスの天板に見事な放射状のヒビが入った。
それでもアリシアは、相変わらず穏やかな笑顔のままだ。
「誰が見てもあなたの方がおかしいのに、なぜ分かってくださらないのかしら? 私の方が非常識の世間知らずだと、貴方はそうおっしゃりたいのかしら?」
早口でまくし立てるアリシアに、応対係は恐怖に震えながら平伏する。
「アリシア様、申し訳ございません! この無礼者はつまみ出しますので、どうかご慈悲を……!」
アリシアは表情を変えず、静かに立ち上がった。
「帰ります」
「あ、アリシア様、そう言わずに何かご購入されていっては……」
応対係が蚊の鳴くような声で懇願する。アリシアはボソリとつぶやいた。
「……ワイルドタイガーのコート」
「……は?」
「……ワイルドタイガーのコートを、いただくわ」
これまで触らぬ神に祟りなし、と静観を決め込んでいたコンラッドが、慌てた様子でアリシアの表情を覗き込んだ。
「お、お嬢様、本当にその品でよろしいのですか?」
「ええ」
アリシアはそれだけ言うと、ツカツカと部屋を出ていこうとする。応対係は慌てて土下座し、声を張り上げる。
「ど、どうか、今後とも当ギルドをご贔屓に……」
アリシアは扉の前でぴたりと足を止め、振り返ることなく言い放つ。
「……また近いうちに来るわ」
「……はっ?」
「良い品だったわ。ではまた。コンラッド、帰るわよ」
声のトーンは平坦で、感情を読み取ることは難しかった。応対係の男がキツネにつままれたような表情で平伏を続ける中、アリシアは執事を引き連れてさっさと部屋から出て行ってしまった。




