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社畜にブラックギルドはぬるすぎる!  作者: 城太郎
第一章・新人研修編
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1.社畜、ブラックギルドに初出勤

「おい、新入りども! チンタラせずにさっさと整列しろ!」


 黒鉄の牙【アイアンファング】のギルド会館。その一室に、怒号が響き渡った。


 部屋にいた十数人の男たちはビクリと肩を震わせ、一斉に声の主へと視線を向けた。何事かと目を丸くするが、その男のただならぬ剣幕に、誰も声を発することができない。


 怒鳴った男は肩をいからせ、腕を組んで仁王立ちしている。


「俺がお前らの教育係のジェイクだ。これから仕事について説明をする。一回しか言わねえから、心して聞け!」


 ジェイクは険しい表情を崩さず、さらに声を張り上げた。


「大丈夫なのか?」「ヤバくないか?」


 新人たちは不安そうに顔を見合わせ、ヒソヒソと囁き合う。しかし、ジェイクが黙ったままギロリと鋭い視線を飛ばすと、その迫力に押し黙った。


 室内は静寂に包まれる。これから何が始まるのか――不安と緊張が空気を支配していた。


 だが、その中にただ一人、まったくもって緊張感なく、実に眠そうな表情であくびをかみ殺した男がいる。


 それがクロダだ。


 周囲が緊張で固まる中、クロダだけはぼんやりと別のことを考えていた。それは――現代日本での、あの突然の出来事。





 クロダこと黒田誠司(くろだせいじ)は、もとはこの世界の人間ではない。現代日本で生まれ育った、ごく普通の日本人だ。


 27歳、独身。新卒で入った中小企業で、朝は仕事、昼も仕事、夜も仕事……働きづめの人生だったが、終わりは突然訪れた。


 通勤途中に信号無視のトラックが突っ込んできて、痛みを感じる間もなかった。視界が真っ白に染まる。


(過労死もさせてくれないのか。やれやれ、神様も意地が悪いな)


 最後の瞬間、そんなことを思った記憶だけが残っている。



 そして――気が付いた時、クロダの目の前には見たこともない世界が広がっていた。


 まばらに立ち並ぶ木造家屋。


 舗装されていない土の地面。


 街の中に無造作に生えている木々。


 そして何より、剣を背負い鎧を身にまとった冒険者風の人々。


 まぎれもなく、そこは異世界だった。



 異世界に転移してきた――。



 クロダは、柄にもなく胸を高鳴らせた。これがファンタジー小説でよく見る異世界というものか。


 しかしそんな興奮も束の間、すぐに困ったことに気が付いた。


 クロダはよれよれのスーツという通勤中の姿そのままだったが、ポケットに入っていたはずのスマートフォンが見当たらない。


(これじゃあ、遅刻の連絡ができないじゃないか。無断欠勤なんてしたら、クビにされても文句は言えないぞ……)


 どうしたものかと辺りを見回して途方に暮れていると、ひとりの男が心配そうな顔で近づいてきた。


「どうしたんだ、兄ちゃん?」


(なんて親切な人だろう)


 クロダはほっとして、思いつくままに自分の状況を話し始めた。


 自分が日本という国から来たこと。


 どうやら異世界転移してしまったらしいこと。


 これからどうやって生きていけばいいのか分からないこと。


「……何を言ってるのか、さっぱり分からんが……」


 男はクロダの話を聞いて苦笑しながらも、「それなら」と働き先を紹介してくれた。


「行く当てがないなら、いい働き口がある。冒険者ギルド【黒鉄の牙】だ。アットホームで楽しい職場だぞ」


 半信半疑ながらも、クロダは男の案内でその冒険者ギルドに向かうことにした。


 すると、なんとも間の良いことに――ちょうど新人研修が始まるところだという。


(どうやら、俺はとんでもなく運がいいらしい)


 クロダは心の中で小さくガッツポーズし、そのまま新人研修の順番待ち列の最後尾に滑り込んだ。





「おい、お前! 聞いてんのか!」


 怒声が飛んできて、クロダは現実に引き戻された。


(まずい、油断した……異世界まで来て、殴られるのは勘弁だ)


 クロダは慌てて背筋を伸ばし、唇をキュッと引き結んだ。


 ジェイクはつかつかとクロダの目の前までやって来ると、イライラした様子でその顔を睨みつけた。


「そんな様子じゃ、先が思いやられる。罰として今日は皆より1時間長く、夜9時まで働いてもらうからな!」


「えっ、そんなに早く帰っていいんですか?!」


 クロダは目を輝かせ、声を弾ませた。


「……え?」


「……え?」


 ジェイクが思わず固まり、クロダも予想外の反応に同じく固まった。


 ジェイクは、化け物でも見るような目でクロダを見つめたあと、首をひねりながらもう一度繰り返した。


「夜9時までだぞ! 途中で逃げ出したりしたら承知しないからな!」


「大丈夫です! 全然問題ないです! 喜んで働かせていただきます!」


 ジェイクは思いがけない返答にぽかんと口を開け、そのまま3秒ほどフリーズした。


「……お、おう。なら、頑張れよ……?」


 すっかり調子を狂わされたジェイクの声は、どこかぎこちない。


 そんなジェイクの様子に、クロダは小さく眉をひそめた。


 この程度の叱責は慣れっこだったし、「罰」と言われても、何が罰なのかいまいち分からなかった。


(夜9時って……まだ空が明るい時間帯じゃないか。日付が変わる前に会社を出た記憶なんて、ないに等しいからなあ)


 首を傾げていたクロダは、ふと視線を感じて周囲を見渡した。他の新人たちがちらちらと彼を見ては、どこか気の毒そうな表情を浮かべている。


「おいお前、大丈夫か? 無理してないか?」


 隣の男が、おずおずと声をかけてきた。


「えっ? 何がですか?」


 クロダは何を心配されているのかまったく分からず、きょとんとした顔で、隣の男を見返した。


「おい! よそ見すんじゃねえ!」


 ジェイクの声にクロダ以外の全員がまたしてもビクリと体を震わせ、すぐさまジェイクの方へと向き直った。


 ジェイクはぶつぶつと愚痴をこぼしながら、手元の資料をめくっていく。


(怒鳴るだけで手は出さないなんて……こんなやさしい上司が欲しかった……)


 クロダはしみじみと幸せを嚙み締めつつ、ジェイクの次の言葉を待った。


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