6話
「マズっ……、しょっぱ」
視線では妾の首の赤を追いながら騎士が呟く。
そして心底不味そうに眉を寄せる。
その呟きで妾も我に帰った。
第一声がこれ。
不服だ。
「勝手に飲んで、酷評か。……最初に飲んだ血を主食とすると伝えた筈だ。聞いてなかったのか」
「覚えてないな」
「折角妾が丹精込めて我が体内で生成した血液を添えてやっていたのに……こっちのトカゲを喰らうとは」
「トカゲとは自分の配下に対して随分な良いようだな」
「配下ではないよ。友達。いや子供だったかな。うーん、元敵?」
妾は書物の中の知識からドラゴンとの関係を揶揄できるものを探す。ちょうど良いものは見つからない。
「つまり私のようにか? そうはならんぞ」
「妾の血を飲んでさえいればそうなったと思う」
説教されているようで萎縮してしまう。
妾のその様子にため息をつく。
妾の内情のことを、ダンジョンのことでも伝えれば多少は同情してくれるのだろうか。
そういう期待を胸に話してみよう。
……おそらく妾はこいつに惹かれている。たった少しの間なのに。悔しい。
ため息をついた騎士は出入り口とは逆の方向へと向かう。
「出口はそっちではないぞ」
「知っている。君がボス出ないなら探すまで」
向こうは妾のことさえ眼中ではないらしい。
すれ違い、剣を拾い上げる。
「少しお話ししないか? 妾ここしかいたことがなくてな」
拾い上げた動作で一度ピタリと動きを止めてくれた。
剣をくるりと回転させる。
どうやら迷っているみたいだ。
少しだけだが妾に興味を持ってもらえているようだ。
「……一度消えた命を救ってくれた恩はある。行きながら聞こう」
「い、いやいや。お前が飲みながらで良いぞ。まだ飲み足りないだろうし」
背を向けた騎士は歩き出さない。あ、やっぱり迷っているな。
未だに真っ暗な筒状のこの場所。
もう灯りは燈さなくなった。
妾は夜目が効く。
向こうもその体になって効くようになったのだろう。何も言わない。むしろこれがちょうど良い。
お互いが合わせて座って話すつもりだった。
しかし騎士が剣を地面に突き立てておく。
自らは再びドラゴンの元へ向かう。
空腹なのはわかるが……。
騎士の腕をどうにか掴んで止める。
「待て待て」
「食事しながら話すと言っただろう」
「それはそうだが……ちょっと用意するから座れ」
そう言って強引に座らせた。
剣を背凭れとしておとなしく座ってくれた。
妾は通信魔法を使って、ダンジョンのどこかにいる竜たちに話しかける。
その間ちゃっちゃと妾は注射器と管。そして瓶を数本用意する。この器用さは褒めて欲しいものだ。
――と、目の前の騎士を見る。
まあまあ感心しているようで嬉しい。
吸血会に見合わないようなお茶セット。うさぎさんがあしらわれたコップにポット。
『ちょっと血を分けてくれぬか?』
『お嬢? それは良いが……』
どうして。の意を無視して空間魔法で亀裂を作ってそこに管と注射器を入れ込む。
強引だがこれでいいはず。
『これを刺せってことか?』
「そうだ。献血をお願いする」
……お前たちが餌食にならないように。とは伝えなかった。
注がれていく血を地面に落ちないように大きめの瓶で受け止める。騎士が手を出して飲もうとしてきたがペチンと叩いてやった。
そして口の周りの血を拭くためにこれまた可愛らしいピンクのハンカチをくれてやる。
これでしばらくは手出しできないはずだ。
律儀に騎士は口を拭っていた。少し慌てている様子も見受けられる。
今宵は本能に動きすぎてわからなかったのだろう。
受け止めた瓶から管が抜けないようにポットに入れていく。
通常はお茶会で使う可愛らしいポットに注いでいく。更にポットが満タンになると今度はコップに注ぐ。コップは可愛らしいうさぎさんが描かれているピンクのもの。
騎士には似合わないが、持ち合わせがこれしかない。
血生臭いお茶会の開始だ。
「ポットは介さなくて良いのでは…………?」
「雰囲気だ。雰囲気! 手際が良いのを褒めて欲しいものだよ」
放っておくと瓶からガブガブ飲みそうなのを阻止するためでもある。……今さっきのように。それにさっさと終わらないようにというのもある。
騎士は聞き手の右の鎧を外した。
コップが持ちにくかったのか。
それを眺めてから、こほんと咳を一つして妾は語り始めた。
「それじゃあ、妾とダンジョンの始まりは…………」
「おかわり」
「はやい」
「勝手するぞ」
「ま、まあ良い。話は聞いていてくれよ」
「私の話からしようか? ここのダンジョンが人間側だとどう言われているか」
「……ああそれもそうだな」