表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/57

56話


「うーーん……」



 ステージにはまだ暗幕。

 客席の両側には個室の客席が並んでいた。vip用ってやつか。後ろを見ると、二階三階があることがちょっと暗いがわかった。


 現在自分たちの席の場所がどこにあるか……しっかり迷っていた。

 


「上じゃないか?」

「え!? vip待遇か!?」

「アルトが手配しているなら在り得る」



 リュネからそう言われて今度は二人して上へ行く道を探す。

 意外とすぐに見つかった。

 ゆったりとした階段に赤いカーペット。


 飲食しながら見ることができるらしい。

 飲み物を運ぶボーイがウロウロしている。

 壁に妾たちのチケットと同じ番号が書かれているのを確認して、「vipだ」とはしゃぐ妾。




「ここだ」



 赤いカーテンを開ける。

 個室には小さなテーブルをはさむようにふかふかな椅子。

 一階よりも随分ゆったりと見ることができそうだ。


 それとステージがここからよく見える。もしかしたら、役者の表情もよく見えるのではないだろうか。何となくダンジョンでいろんな人を見てきたのを思い出す。



「アルトのお気に入りの席だったりしてな」

「それはあり得そうだな」



 始まるまでは他愛のない話をしながら、飲み物を頼んだ。

 その間にも下の観客席が埋まっていく。時折、上映中の注意喚起の説明のアナウンスがかかる。それだけでももうすぐだとそわそわしてしまう。



 プーという音と共に暗幕が上がる。

 同時に隣にいるリュネの顔が見えないほど暗くなる。――といっても、ステージのスポットライトが強いので、それに照らされていた。


 真剣に見ている。

 ただ見るだけなのに妾のように緊張しているといいなと思いながら見入る。



 物語は生き返った男が自信を蘇生して、完全回復まで看護してくれた女性を探す……というものから始まった。男がようやく意識のはっきりしてからその女は去ったらしい。

 町から町へと移り歩く。

 たまに台詞の混じった歌を入れてくる。……ミュージカルというやつか。

 ステージは奥行きがあるように草木が移動していく。


 うまい演技というやつは小道具さえも本物に見えてくる……いつぞや小耳にはさんだことがある。まさにそんな感じだった。

 女の後ろ姿かと思って声をかける。しかし、違うと分かれば落胆していた。

 本当にそこに生きているみたいだ。


 その時の悲痛な歌は心に刺さった。

 本でしか物語は見たことがなかったが、こういうのは表現がまた違うから見る側としても楽しいな。


 後半には男は人の道を外れて行ってしまった。

 気が狂ってしまったのだろうか?

 そして勇者という男の友人に当たる物が倒した。

 最終的に男は死に、探していた女性とは死の世界で二人会うことができたようだ。




「――ふう」



 はたしてハッピーエンドと呼べるのかはわからないが……、二人にとっては良いエンドだったのだろう。カーテンコールと拍手が響き渡る。

 妾が感情移入するくらい見入っていたので、リュネがどういう表情をしていたのかチラ見することさえ忘れていた。……というか、本人、いつの間にかフードを被っている。

 ちょっと眩しかったのだろうか?

 まあ、どちらにしろ見れなかったか。







「なあ、どうだった?」


 暗幕が再び降りて、終わりを告げる。徐々にホールの明かりも明るくなっていく。

 人混みを避けるためにしばらく雑談することにした。

 


「あまり恋愛物は見ないのだが……悪くなかったな」

「……やっぱり劇はよく見てたのか?」

「そう怒らないでくれ。アルトに誘われる時は、大体戦記物に限るがな」



 また笑われそうだ。

 二人とも妾にウソばっかりついて……と、妾の機嫌を損ねないようにリュネが撫でる。



「そう拗ねないでくれ」

「拗ねてはないぞ」



 押し問答をしていると既に人はほぼいなくなっていた。

 リュネが立ち上がり、「ほら……」と妾の手を取る。

 


 ホールから出て、お土産店が大盛況以外は人も少なくなっていた。今日は今のが最後の演目だったとのだろう。




「……――っ」



 ふと横を見たリュネの足が止まる。



「? どうした?」

「いや。なんでもない……」

「そうか? 気分が悪いとかもないか?」

「――ああ」



 何を見たのか。

 それともなにかを察したのか。

 落ち着いてからあとで問い詰めなければな。もうだんまりはナシだ。



 外に出て、星を眺める。

 結局歩いて帰ることにした。本当は別の所に寄ろうとも考えていたが、道中でなにかで店があれば買えばいい。



「で、大丈夫か?」

「心配するな。ちょっと驚いただけだ」

「誰かに会ったとかか?」



 リュネが辺りを見渡す。

 人通りはない。


 ……やっぱなんかあったのか。そう伝える前にリュネが覆いかぶさった。

 チクリとする首元。

 最初を思い出す。



「ぅえ、……しょっぱい」

「おい! だから人の血不味いみたいなそぶりするなよっ」

「ふふ……」



 そういう割にはぺろりと首を舐める。

 上げた顔は妾の血を初めて飲んだ時より穏やかすぎてまた惹かれてしまう。



「まずは今日はありがとう。久しぶりに羽根を伸ばせた」

「え……お、おう」

「先ほどは悪かった……」



 そのまま颯爽と歩きだそうとしたので待ったをかける。

 今後はだんまりは済まさんと妾が勝手に決めているのだ。



「――……その、君が描かれているのを見てな。たまに人性を失うことが恐ろしくなる。君がいるからまだこうして笑っていられる。もしいなくなったらどうなるのだろうな、……」

「……えーーっと、それ、あの告白の返事と受け取っていいか?」

「なぜそうなる」



 デコピンされた。



 要は怖いということ、か?


 なんだ。

 可愛いところもあるじゃないか。

 確かにリュネを止めることは何回かあった。これからも妾が止めていけばいいと思っている。



「とにかく、妾がいなくなることはない。ダンジョンにどれくらいいたと思っておる。それと! 報告、連絡、相談……まではいかなくともこれからはちゃんと喋るようにな。今みたいに」

「わかった」



 ぎゅ……とされながら、闇夜に二人消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ