44話
一度悩んだ後「ちょっと伝令を出します」と言って、妾を広場の噴水あたりの長椅子に座らせる。
近くの施設に入って行った。
どうやらそこが詰所みたいだ。
別の兵士がお茶を持ってきてくれた。
しっかり見守ってはいますということか。
近くに兵士のいる場所があるなら、市民は安全だろう。王都にあまり犯罪が多そうな場所がないのも頷ける。リュネの夜の襲撃以外魔物の襲撃は無さそうだし、住むにはいいところだな。
妾はしばらくお茶を飲みながらぼーっとする。
前の噴水を眺めるともなく見ながら、‘奥様’という言葉を咀嚼する。
うむ……、やっぱり良い響きだ。
随分飛躍しすぎだが、悪くない。リュネに許可は取っていない。しかし、外堀から埋めるのも手だとどこかで聞いたことがある。
リュネの家にも行ってみたいが、叶わないだろうか。そこの使用人には夫人とも呼ばれるのか。
「ふふふ……」
ニヤニヤしていると兵士が戻ってくるのが見えたので、佇まいを正す。
「奥様、確認が取れました。また、向こうでお待ちいただく可能性もありますが、大丈夫ですか?」
「うむ、大丈夫だ」
また奥様と言われた。
上がりそうになる口角を引き締めた。
お茶を一気に飲んで、向かうことにする。
まず躾の行き届いた兵士だと褒めてから、文句を言ってやろう。
あとはリュネのことも聞いておこう。リュネはあまり喋らないから。
まだ愛称で呼び合っていたことを根に持っている。
「奥様がお見えです」
ちょっと恥ずかしいが誇らしい。
前のような広間ではなく執務室のような。あるいは王の私室のような部屋に案内された。意外と待たされなかったのは、昨日のことがあるからか。
「お忙しいところ、感謝します」とリュネに教わった申し訳程度の作法をする。と言っても、本当に形だけだ。
目の前の重厚な机に座っている王は、「問題ない」となんだか震えていた。窓の方に顔を向けてしまって表情はわからない。
兵士が退室してから早速本題に入る。
「リュネのこと、聞きたいのだが」
「アハハ……」
兵士がいなくなって、二人だけになってとうとう声を出す。声と言っても言葉ではなく笑い声。
――こいつ……。
やはり叩いてやろうか。
治ってからようやく一言。
「奥様だったのか? まったくそうは見えなかった」
「ぐぬぬ」
顔を背けていたのは笑いを堪えていたからか。
不服だ。妾は気に入っているのだが。
叩けたら叩きたいものだ。
リュネに怒られるから心の中で抑えた。
執務の片手間でいいのなら、と前置きする。
「ああ、奥様。しかし残念だが奴は話さない。つまり俺から見たことだけだ。それと、リュネにはこれで……」
と言いながら、立てた人差し指を口元に。
内緒、俺が言ったと言うなということか。
頷いて了承し、話し始めたことに耳を傾けた。




