37話
「――待てっ」
リュネが断つ寸前。妾は箒で駆ける。
そして掌をリュネに向ける。
ちょっとした停止魔法ならお手のものだ。
妾はリュネを止めることができた。
ギリギリだ。
妾は胸を撫で下ろす。
斧は中途半端に止まったままだ。まだリュネは馬鹿力を発揮しているみたいで、プルプル斧が震えている。
妾の掌と斧が鈍く緑に光る。
リュネがようやく妾を見上げた。
なんかかっこいい。
――そうではなくて、止めるなと言ったよな……? そう言いたげだ。
上から見下げる妾は目を逸らす。
「切断はちょっと……。その……こういう復讐はちょっと違うと思うぞ?」
唯一紡げたのはそれくらい。
確かに同じ目に合わせたいというリュネの気持ちもわからなくもない。しかも今はその好機。
気持ちはわかる。
でも妾は同じ行いをしてほしくない。
これがエゴというやつなのだろう。
その間にも腰が抜けて逃げ遅れた臣下たちも蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
妾は王をチラ見する。
王は王で、「ふぅ」と再び王座に座る始末。
妾を一瞥して、微かに首を振る。
こいつも止めるな、と伝えたいのだろう。
もしかしたら、派閥の違う家臣なのか。
リュネに消そうとでもしたのだろうか。それもそれで不愉快だ。
それ以前にこいつには問いただしたいことが山ほどある。どちらにしろこいつを妾は許す気はない。
若干王を睨んでしまった妾は切り替えてリュネの横に着地した。
斧をパシャリと消したリュネ。
下には血溜まりとそれがかかった気絶中の臣下。
牙を納めてくれたみたいだ。
それでも妾はまだ停止魔法をかけたまま。
……なんだかリュネに首輪をつけたみたい。
いつか見たダンジョンの落とし物の中の一つ――如何わしい本の内容が頭をよぎった。
頭を振るい、それを無くす。
そしてリュネの腰の騎士装飾の裾を掴む。
裾を握ってもリュネが払うことはなかった。
それだけでもちょっと嬉しい。
静かになったこの場には妾とリュネと王。恐怖で気絶した大臣たち。
リュネにかけた停止魔法を緩めてから、居た堪れなくなったのか、手持ち無沙汰のリュネが手の自分の血をペロペロしていた。なんだか毛繕いしているみたいだ。
竜の血ではないからか、苦虫を噛み潰したような表情になっている。
「すまん」
微かに聞こえる謝罪の声が降り注ぐ。
妾はホッとした。ちょっといつものリュネじゃなかったから。
血に酔っていたのかもしれない。
酔いやすいなどあるのか、吸血鬼の耐性はわからないが……。
「それが妾の役めだからな」と空気を誤魔化すように胸を張る。
ちょっと微笑んでくれた。
リュネを和ませることはできたようだ。
リュネの忠告は一切無視した形になってしまったが、結果は良いだろう。




