2話
先手を打って魔術師はバリアを貼っていた。
すぐそこには第一関門の大型のスライム――と言っても、擬態している。だから挑戦者には最初どういう魔物かはわからない。
魔術師ならそういう幻など見破れるのだろう。
ナニカまでは分からないが先に防御を固めておこうという戦法か。
前衛に騎士と武闘家が。
中央に勇者。
後衛でヒーラーと魔術師がそれぞれサポートしていた。
騎士は敵の攻撃を一手に引き受ける役か。益々気になる。そういう役割を率先して受けるとは。今まで来た冒険者たちは違った。
その内に武闘家と勇者が攻撃を繰り広げる。
スライムに物理は効かないようにしてある。
すぐにそれがわかったのか。
後方の魔術師が適切な魔法を放つ。
危なげなくスライムは溶けて消えていった。
その後も良いチームワークを見せつけ、一同は冒険者としては初めて踏襲する場所まで来た。
第二関門であるドラゴンだ。
筒状の洞窟で唯一月明かりが差し込む。
妾は月の光の届かない上層の脇に岩を削って椅子を作った。そこに腰掛ける。
一行は鉄格子のドアの前で足踏みをしていた。
ドラゴンの威圧感が格子から見えるのだ。先ほどのスライムよりもおっかない。怖気付いて進めないのも無理はない。
それでも勇者が声をかけていた。
意を決して最初に入ったのは騎士。
騎士の身がそこへ入った瞬間。
――カシャンと音を立てて鉄格子の扉がとじた。
鍵も閉まったらしい。扉の外には見知らぬ魔物がいた。
ちょうど扉の前にいた。
四人は仕方なく後退している。
――おかしいな。
一人一人入れる仕様にした覚えはない。
ここに魔物を配置した覚えもない。
……閉じた者がいる。そして魔物を召喚したものがいる。
すぐにわかった。
勇者だ。召喚は魔術師だろう。
あの目配せはそのためか。
魔術師が地図を出せる空間魔法を先に施して策を練っていたのなら素晴らしいものだ。
何故かは分からなかった。あそこまで連携も良かったと言うのに。
初めて騎士が狼狽えた。
しまった、とも思っているかも知れない。後ろを見て、固まっている。
とぐろを巻いていたドラゴンが動き出す。もし、騎士が死んでしまったら、またここの駒にしようか……それとも……――。
後始末を考えながらも妾は騎士一人だけでの勝利も期待する。
「――」
下では口論になっていた。
三対一と言ったところか。
ヒーラーが抗議し、戸の前の魔物を撃退しようとする。しかしヒーラー職の少女の魔法など意に返さない。
「――――!!」
何かを叫ぶ。
ヒーラーを引き摺り、勇者たちは元来た道を引き返した。おそらくまた戻ってくるなどと口走ってたのだろう。良い演者だ。
実際は見殺しにするつもりだろうに。
元々作戦していたことだろうか。
向こうも気になるが、騎士がどうするのか気になる。
そう思い、鳥を召喚する。
これで向こうの動向を観察できる。
妾は妾で騎士の独壇場を観戦しよう。
そして再び彼らを見る。
おそらくこの騎士も馬鹿ではない。
この道中で仲間のことを見てきたはず。
やはりと思っているのだろうか。上にいる妾には兜のせいで表情も思考も読み取れない。
覚悟を決めたのか騎士はドラゴンの方を向く。
決意の目が見えないのが残念だ。その瞳の色は何色か。一体どんな目をして立ち向かっているのか。
対するドラゴンは人語を認知しているのだが、話す気はないらしい。
剣を鞘から抜き、両手で持つ姿はよく映える。月光が剣身を鈍く光らせていた。
お互いしばらく見合っていた。
既に戦いは始まっている。
緊張感が妾にも伝わってくる。
じゃりとどちらかの足音が鳴った瞬間。
騎士が前に駆け出した。
ドラゴンも前方に炎を吹かす。殺気は感じない。威嚇だろう。
前進した騎士に当たると思われたが、流石に愚かでなかったらしい。
マントを翻して躱していた。
咆哮するドラゴンからは己の炎の残骸で見えていないらしい。
騎士はその間分身を作り、それを右に向かわせていた。
ドラゴンは右に見たその分身を追っていた。
本人はドラゴンから見て左手に移動。後方を取ろうとしていた。全身鎧に身を包んでいるのに竣敏だ。
ドラゴンも気づいて尻尾で薙ぎ払う。
これも騎士はギリギリ躱した。
と言っても剣で逆鱗を受け止める金属音がしたので間一髪というわけでもないか。
マントが風圧でたなびく。
再びドラゴンの息吹で周囲を焼き尽くす。
騎士がウロウロしないようにドラゴンも対策を講じているらしい。その炎の海を難なく渡る。
熱さは別段感じている様子はない。
……何か魔法でもかけているのだろうか。
ドラゴンも訝しんだ。全身武器な彼としては問題ないのだろう。また別の手段を仕掛ければいいだけだ。
ドラゴンとはいえここまで一人で対抗できるのは素晴らしい。ただ攻撃を一手に引き受ける役だけでない。
やはり妾の慧眼に狂いはない。
数時間は経っただろうか。
筒状の空から見える月はいなくなっていた。
一人と一匹。
お互いの力が拮抗しているらしい。ちまちま体力を削る。勇士を見られるのは良い事だ。
騎士の呼吸が乱れているのは分かるが、ドラゴン側も疲労が見受けられる。炎の威力が目に見えて落ちている。
観戦側とはいえ冷や汗が握る。
――もうしばらくはこの状態だろう。
そうだ。
あの四人を追っかけてみよう。
尾行させた鳥の魔力を感じると、どうやら出入り口付近まで到達しているようだ。
妾は椅子から立ち上がる。
揺蕩う蝶を払いのけ潰す。
予想外に伸びた戦いに尻が痛い。
道中は誰もいないからと箒を空間から取り出して一直線に飛んでいく。
もしも再び妾が戻ってきた時、死んでいたらせめてもの慈悲として良い駒にしてやろう。
おそらく彼らからも出入り口の光が見えているはず。
夜明け。
あのまま進んでいたことか。そして比較的安置となっているここで寝て休息したということか。
休息もしていない君たちの仲間はもう死ぬ予定だが、過半数は策が成ったと内心は喜んでいることだろう。
いやあ、本当に命の関わる大事はどのようなドラマがあるか分からんものだな。
今回の演者はよかった。
すぐには全滅しなかったのも良い。
どうやらヒーラーを説得したらしい。
また体制を整えて騎士の救助に向かおうとでも言ったのだろうか。
彼らの傷を見て、判断もしたのだろう。
思い人を置いていかせるとは可哀想に。
彼らが再度来ることはないだろうな。
誰かがいれば賭け事でも洒落込むところだ。
さて。
騎士様の最期の勇士を一人堪能するとしよう。
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