15話
ぞわりと背筋が凍る。
聞いた声だ。リュネより低音。電子の音が元の人間らしさを消している。
昔から良く呆れるほどの賛美を聞いていた。過去の姿を忘れた魔王――本体か――がモニター内の湖に佇んでいる。
音声もまたモニターから響いているのかとも思った。しかし違う。
様々なところから聞こえる様。
――どこだ?
この蝶々から?
これを燃やし尽くせばどうにかなるのだろうか。
リュネの容態がわからない。考えうるは麻痺か、毒か。とりあえずと先に外で出していた手頃な解毒剤を鞄から取り出す。
「これか……」
慌てて薬を探し当てる。
リュネが薬剤の瓶を取った。
どうやらリュネはドラゴンの血と薬剤どちらも摂取したらしい。妾の血が彼らに入っている。もしかしたら、リュネにこれが通じてしまった可能性もある。
提供してくれたものたちの想いを無碍にしたくはないが、盲点だった。
「リュネ……」
「ああ、大丈夫だ」
剣を杖に立ち上がる。
同時に剣を軽く振り、周囲の蝶を蹴散らす。光を失い、屑紙が凋落していった。
麻痺毒は骸骨を噛んだから。
そう信じておきたいが、リュネは不安要素を排除しておきたいのだろう。
「…………」
蝶たちの落花を観察して、更に未だに舞い踊る蝶も仰ぎ見る。
気が済んだのか、妾の頭を撫でだ。
どうも寝起きて以降気に入ったようだ。
観察ではない、愛でられるのは慣れていない。
頬が熱い。青白い光と後は薄暗いことに安堵する。もしかしたら、真っ赤になっているかもしれないから。
リュネは多少なりとも呂律やふらつきは少し解消したらしい。
安心させてくれようとしている。
しかし元々リュネの肌は青白いから判別がつかない。……まだ無理はしているはずだ。
「試したいことがある。君は下がってくれ」
「わ、わかった。無理はするなよ」
両方の肩の鎧を外していく。
それと繋がっているマントも落ちていった。妾がそれを拾い上げる。
「……?」
――何をするつもりだ。と言う言葉が喉に詰まった。大人しくリュネの言葉に従う。
妾が後退して出入り口付近にいるのを一瞥した。
肌を這う電子の月光。
逆光となってリュネの体もまた闇に溶け込んでいく。
そして手首を一部切り付けた。
「え」
滴る血液。
また血が恋しくなるんじゃという妾の気持ちは他所にどんどん水溜りを作り上げる。リュネの血の水溜まりに寄る蝶は青から赤へと変化した。
主導権を変えたのだろうか?
そしてリュネの周りと散らかった骨が浸かった辺りから燃焼し始めた。
これは魔法か?
残念ながら吸血鬼特有の能力にはそこまで詳しくない。本能で出来ると判断したのだろうが、無茶をする。
これで一掃しようと言うのか。
名案だ。少し力技ではあるが、ちまちま削るよりも効果的。
『虫ケラ程度を燃やしたところで、変わるわけはなかろう。彼女を見るのは我だけ………外界にはもう腐敗したものしか無い。美しさを見られるのは我だけだ……』
独占欲を口走り、モニター内で両腕を仰ぐ。
それを皮切りに下から這い出る雷撃。
リュネの炎が相殺する。妾を守ってくれた。
リュネの血を吸いあげた紅の蝶たちは再び舞い始める。血の焔で燃えることはなかった。
リュネが探り当てようとする。
妾も何か忘れていないか、思い出しながら蝶々を叩く。




