12話
「皆、整列しなさい。久しぶりだな」
従順に左右へと整列していく。
彼らから漂う潮の匂いが懐かしい。ペタペタと足音が可愛らしいのは変わらず。
まだ自由だった時からの使用人たち。妾を甲斐甲斐しく世話していたのを覚えている。
妾の愚痴や癇癪を受け止めてくれていた。
妾以上に不満はあるはずなのに、だ。
「皆これからもお嬢様の元へついていきますよ。ご心配なく」
「上の階にて、お食事を用意しております。伴侶様のお口にも合う物もございます。出陣前の宴と思って寛ぎください」
晴れやかな笑顔で出迎え、内へと誘ってくれる。
リュネは相変わらず警戒を解かない。いつか襲うとでも思っているのだろうか?
そうして呑気に進む。
――しかし。
リュネの頬を何かが掠め、そのまま右頬を真紅が撫でる。右下には苦無が刺さっていた。
リュネがその右頬を指で撫でる。
血の跡がついた。が、傷跡は無くなっていた。
苦無が右下の刺さっているということは左から。リュネは左の方を向いていた。
妾も倣って左を見る。
魚人の二人三人分の身長の竜の頭の者が佇んでいた。ここが薄暗く、こうも静かに居ると認識が遅くなる。知った者だとしても驚く。
それとも頑張って身を低くして妾たちを驚かせようとでもしたのだろうか。
いつの間にか直線に整列していた魚人たちは円形に囲んでいた。やはりリュネの力量が気になるのか。
立ち止まっていると「お嬢様はこちらに」と手を引かれ、妾も円の仲間入り。
リュネの視線を感じたのでチラリと見る。
ーー私が血を飲んだやつか。
と言いたげな顔だ。
確かに血を貰った。良い献血だったろう。
ドラゴン限定でなくてよかった。
彼らは顔は竜だけど手足がある。
ドラゴンよりも人型に近い。妾は竜人と呼んでいる。鱗が鎧のようで、腰布だけだとしても様になっている。彼らの中では鱗が象徴だ。ドラゴンのように翼がない分なこともそれを助長している。
少々東の国の武人感があるのは昔このダンジョンに訪れた人間が落としていった和風の物語の本のせいだ。
「きっと竜人は自らの血を提供した人物を見たいだけだと思うぞ」
妾はこの試合を観戦することにする。
飽きるほど見てきた冒険者たちの演者でもステージ上でもない。ましてや命をかける戦闘でもない。魚人たちも幾ばくか楽しみにしている。クラッカーまで用意してある。……クラッカーというのは普通祝賀のためのはずだと思うが……。ちょうど良いものがなかったのか。かわいいやつらだ。
先ほど食事会がどうのと言っていたが、ある意味油断させてということとこの手合いがあるから用意したのだろう。
ーーこういう戦いを見学するのは、初めてかも知れないな。
魚人たちのせいで困惑気味だったリュネは願ったり叶ったりと言った感じで魚人たちの群れの円の中心へと進む。
魚人たちも盛り上げ役としている。ほとんどが妾の腰くらいしかない子達。
頑張って手を上げているからむしろ可愛らしい。
竜人も今回は一人だけ。
あれは確か……ゾラという名だったかな。
献血の場所以外にも真新しい打撲とか切り傷がある。もしかして選抜でもしていたのか? 殊勝なというか。暇だな。いや、ここまで冒険者が来ないから仕方ないか。
そう思うとリュネがここまで来たことも、ドラゴンを倒したという情報が耳に入ったのも内心は興奮していたのではないだろうか。
とにかく竜人の中で一番強いゾラが来た。
ここを出たら彼らには召喚でリュネへ血を分けてもらったり、手合いしてもらおうと思っていた。
しかしまあ、妾のお願いではなく、こうして力技でリュネがお願いしたほうが彼らも納得するだろう。
「お嬢、開始の合図を頼む」
ゾラが願い出る。
リュネも目で同意を求めてくる。
「わかった」
魚人の円から少し出る。
手を挙げて、用意をさせた。
妾が手を下げて開始を伝える。
「はじめ」
お互い初対面だ。
最初は見合っている。
リュネのことは噂で流れて知っているはず。あとは妾が献血会を開いた時。馬鹿ではないので察しているはずだ。
ゾラが踏み込む。
下から薙ぎ払う。
リュネは後退して、躱す。
しかし、幾つもの辻斬りが舞う。
先ほどの苦無と同様の切り傷がリュネに降りかかる。
これが竜人たちの能力。
切り込んだ後に鎌鼬に切り込まれる。
リュネはドラゴンを倒しているとはいえ、また違った相手に苦戦してる。
それでも楽しそうに躱し、剣を振るう。
お互いが斬り、守る。舞踊をしているようで妾は目が離せなかった。
リュネの頬を掠める。
流れる血を舐める。それを回復材料としているみたいだ。それでもあまり流すと――と杞憂する。しかし魚人たちがご馳走を用意していると先ほど言っていたから、大丈夫か。
この試合込みと応援も兼ねているのだろう。
リュネも負けじと血を鞭のように振い、鎌鼬の風を相殺していく。実戦で学んでいくタイプでもあるのか。
血飛沫が妾の元に降り落ちる。
赤い雨。
そろそろやめにしないと失血し過ぎて、ご馳走では回復が補えなくなる。
「や、やめ。終わりだ」
ゾラはピタリと止まる。
しかしリュネは集中していて声が聞こえていないようだ。危ないとは思いつつ近づいてみる。
ゾラに襲いかかるリュネの背中を追う。
その背中を追いかける中で聴こえてくる唸り。
――これは集中しているというよりも……捕食しようとしているな。
捕食者を「これ」と叱咤し、攻撃を上手く巻いて、腕を叩く。
妾を振り返る。
星空の瞳を見開き、妾を見る。
ようやく我に帰ってくれたらしい。
ほんの少し獣のリュネを見てみたいという欲があった。背中を向けていたのが残念だ。
リュネは自らの頬を撫で付ける。
そしてまた、目を背けた。
妾が星空の中にいるように錯覚してしまいそうになるので、背けてくれて人知れず撫で下ろす。
己が手合いではなく捕食に向いてしまっていたのに気づいてしまったらしい。
ちょっと羞恥しているのか。




