11話
城門を難なく開け、その中――つまり元々城の前の広場だったところへ通じた。
元々海底に居住していたせいか、湿気が多い。最初は海藻が多かったが、今は苔が覆い尽くしている。ヌメヌメとしているのはここに住まうモノの体液みたいなものだ。
手入れはしていたのだが、手が回らなくなった。
群青の外装は姿形をなくしている。
噴水はまだ作動していた。
ドロドロで青緑。
昔は泡を出していた。シャボン玉のようで、暇している時は潰したり集めたり手遊びしていたのを思い出す。
怪訝な表情になるリュネ。
汚いとでも思っているのだろう。その意を察して、ここに住む者のためにも弁解する。
「……仕方あるまい。妾が手入れはしていたが、ここにいる者もこっちのほうが馴染み深いらしいのだ」
「昔は海底だとと言ったな」
リュネが先ほどまでと違うダンジョンの様相に難癖をつける。見てくれが如何にも今まで海の中にありました、と言った状態だ。
少々生臭さもある。
元が元だから仕方ないのだろうと思ったのだろう。もう何も言わない。
視線は天井に移っていた。
城は長年の蓄積で洞窟と一体化している状態。城の上部は潰れていたり、更に岩で改築している部分もある。
……毎度外からどう見えるか疑問に思う。
ここの天井の岩は魔法で海面を模した幻影を作っていた。妾が魚人たちのためにあしらったものだ。
時折水面が煌めき、光が差す。
這い蹲る蘚類はさながら海藻のようで水中にいるように錯覚する場所。
「あれも魔法か」
「うむ。本当は何か降らせてやろうかとも思ったが、今は停止させておる。ここまで来る冒険者もおらんしな」
「何を降らせるつもりだったんだ」
「な、なんでも良いであろう」
酸の雨を降らせるつもりでいた。
景観は失わないくらいの雨。あわよくば抜け穴ができるか良い感じに室内の汚れが取れたらと期待して。
しかし伝えるのはやめておく。
リュネに「これは大昔海底の海藻が変化した植物だ」などと説明していく。
最早観光に近い。
いよいよ城内へ続く扉へ立つ。
リュネが一歩前に出たので待てをかける。
「流石にここは妾でも開けられる」
少し残念そうだ。
素直に引いて、リュネが見守ってくれる中。輪のついた扉を開く。
海底のように真っ暗な城内。唯一の灯りは点々と灯っており、星のように頼りない。
その薄暗さでも僅かに気配がわかる。
その薄暗さでも僅かに気配がわかる。
次第にわらわらと影が折り重なっていった。妾の腰元にガバッと抱きつく住民たち。
妾も体温は低いので、問題なく撫でてやれる。
「あらあら! よくおいでになさいました」
「お元気で何よりです」
「お嬢様とうとう!!」
「おめでとうございます」
「お、おお!」
「?!」
案の定……リュネが驚き後ろに後退する。再び城の外へ出ていく。
妾はそのまま歓迎を受け入れる。
それにしても随分な歓迎っぷりだ。
城がダンジョンと言われる前からここにいる――使用人みたいなものたち。魚の頭に胴体は人に似ている。
魔物と人間の中間だろうか。
しかし妾もここまでとは……しばらく城には来ていなかったからな。
場違いな言動も見られたが……。
いや、……違いないか。
後ろを見ればリュネはそのまま城の外、蚊帳の外。もう武装は解いていた。しかし困惑と呆れの顔をしている。
困惑は少し妾も感じているのでわからなくもない。
呆れているのはおそらく妾が変なことを伝達したとでも思っているのだろう。冤罪だ。……そりゃあ、多少はそうであっても良いと思っている。
ただ『外の者とここを出る手筈を整えたから、攻撃はしなくて良い』としか伝えていない。
「ほれ、リュネ大丈夫だからおいで」
まるで警戒の強い獣に安全だと囁くように伝える。じわじわと横へと来たリュネをみやる。「そんな顔するな」と耳打ち。
気の良い魚人たちなのだ。見た目は人を選ぶが……。




