1話
真っ暗闇の洞窟内。
ここは妾が暇つぶしで作り上げた、即興のダンジョン。
天井からぶら下がるランプの明かりを頼りに、五人の冒険者たちが進んでいく。
妾はその様子を、ずっと上から――闇の中から、盗み見る。
彼らからは見えないだろう。
この空間の上空は、城がすっぽり収まるほどに広い。暗がりに溶けて、天井がどこまで続いているのかも分からないはずだ。
その高みには、岩が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。
まるで家屋の梁――あるいは、見えざる舞台の背景。
妾は、その暗黒に潜んでいる。
彼らには見えないが、こちらからはよく見える。
ちょうどステージの上の演者が、スポットライトに照らされるように。
その光が強すぎて、客席の顔が見えないように。
妾は水底にいる蟹のように、時折、水面を照らす光だけを感じながら、じっと観察している。
この”劇場”は、すべて妾が作った。
時間は無限にある。
だからこそ、こうしてやって来る“演者”たちの振る舞いを、何より愉しみにしている。
退屈なのは、岩を削って作った硬い椅子に座る時と、時折舞い寄る蝶を払いのける時くらいだ。
今も、薄青く光る蝶が一匹、肩にとまろうとしている。
妾は無言でそれを払い落とした。
今回の演者たちは――勇者、ヒーラー、騎士、武闘家、魔術師の五人組。
なにやら名前を呼び合い、指示を出しているようだが、声は反響してよく聞き取れない。
だが、動きはよく見える。
前回の演者たちよりも連携がとれているようだ。
……もっとも、前回の演者たちは今、彼らが必死に戦っているスケルトンの軍勢の中の一体になっている。
妾はいつも、演者たちの中の一人を目で追う習慣がある。
今回は、騎士だ。
黒一色の甲冑に身を包んでいるため、灯りの届かぬ場所に入ると、その姿はまるで闇と同化してしまう。
目で追うのが難しい。
その周囲で蝶たちが青い鱗粉を舞い散らせているのも、視界の邪魔になる。
騎士も、それを鬱陶しげに手で払っていた。
……しかし、動きは見事だった。
何より――周囲への気遣いがある。
特に、勇者に向けられるそれが著しい。
同郷か、幼馴染か。
互いを高め合う、そんな関係に見える。
それを優しく見守るヒーラー。
彼女を守るように立ち回る勇者と武闘家。
そして、どこか妾のようにニヤニヤと眺める魔術師。
――ほうほう。これはなかなか。
妾は思わず一人で笑みを零す。
愛や友情が垣間見える人間模様は、実に興味深い。
命がけの場面では、そうした感情が剥き出しになる。
裏切りも、献身も、打算も、本心も。
それらが露わになるのを、妾は何よりの愉しみとしていた。
正直、彼らの実力では到底ここまで来られまいと見くびっていた。
しかし、どうやら妾の予想を超えてきたらしい。
……拍手喝采ものだ。
今や骨の山と化したスケルトンたちの残骸を前に、冒険者たちはようやく休息をとっている。
唯一無傷のヒーラーが、傷ついた仲間たちを手際よく癒してまわる。
中でも、騎士の治療を申し出ているようだが――本人は、固辞している。
仕方なく、ヒーラーは他の仲間の元へ向かっていった。
それを見た勇者が、武闘家と何か目配せを交わす。
騎士は、剣を肩に担ぎながら壁に凭れ、次なる強襲に備えているようだ。
妾も一応、鬼ではない。
そのため、あの場所は第一関門前の“休憩所”として設計してある。
しばらくして、彼らは立ち上がり、次なる扉へと向かっていった――。