第6話 平和の代償 1
自由とは、誰もが得られるものではない。
だからこそ、一度手に入れた自由を手放してはいけない。
例え、闘うことになっても・・、命を賭しても・・、だ!
「私は、これで死ねる!うれしい、うれしい、うれしいわ!」
きれいな着物に身を包んだ10代中頃と見える少女が、兵士に伴われ檻車に揺られ、人々の行列の間を進んで行く。少女は恍惚とした表情を浮かべ、天を仰いでいた。とても正気とは思えない。
ここは、ヴェストリ(西)大陸の東方に位置する島国のカガという地域。
そこにある人口五千人ほどの集落だ。
ここには、ヴェストリ大陸とは違う文化が見られる。町には木造平屋の家屋が多い。町内に敷石の道もあるが、街道は砂利や土などの道が多い。行きかう人々の多くの服装は、小袖着物に帯締めという姿である。いわゆる古の和装束のようなものだ。
ここにはドラゴンの脅威は、もう何年もないと言う。
しかし、一つ変わった風習が行われていた。自殺願望の少女1人を、毎月山の土地神に捧げるというものだ。なんでも、これにより土地神の怒りを鎮められるという。一時期、少女を送るのを止めたところ、酷い地震に襲われ、町が壊滅仕掛けたという。それ以来、山に少女を送るのを止めたことはない。
それから一月程経過した時、困ったことが発生した。
自殺願望の少女が見当たらなかったのだ。
僅か五千人ほどの集落なのだから、自殺願望のある若い女性などそう現れないように思えるが、これまでは、必ず志願者がいたと言うのだ。
そのため、集落の長老会議が開かれ、対応が協議された。
「気が進まぬが、また犠牲者を決めねばならぬ」
「じゃな。輪番で行くと、エダ村の番じゃな」
「待ってくれ。うちの村は、娘っ子が少ないのだ」
エダ村の村長カイが抗弁する。
「それは、うちの村とて同じことだ。それでも先月送ったのだぞ」
「そうじゃな。では、カイよ。明日、犠牲の娘をわしのところに連れて来てくれよ」
族長の言葉はにべもない。
「族長、なんとかならないか?」
「そう言えば、お前さんところには、娘が3人いたな。決められなければ、その内の誰かを出すしかあるまい。それが、村長の勤めではないかの」
「・・・」
カイは、もう絶句するしかなかった。
カイが、エダ村に戻った頃には日がすっかり落ちていた。
「村長、今町から戻ったのですか?」
12、3歳と見えるかわいらしい少女が、声をかけてきた。年頃にしては落ち着いており、どこか気品を感じさせる。
「マイか。母さんの具合はどうかな?」
「あまり良くありません。その・・、お薬が切れちゃってて・・」
「そうか。それは・・。マイ、明日私と一緒に町まで来てくれないか?」
「え?」
「手伝って欲しいことがあるんだ。お礼に母さんの薬をなんとかしよう」
「本当ですか!行きます」
「良かった。じゃあ、明日の朝7時に、村の門で待ち合わせだよ」
「はい。わかりました。村長、さようなら」
「うん、さようなら」
カイは、マイを手を振って見送る。
(これでいいのだ。娘を贄になどやれん。どうせ、マイは病気の母親が亡くなれば孤児になるんだ。一人で生きるよりも良いはずだ)
カイは、唇を噛んだ。
二人は翌朝、町の族長の家にやって来た。
「来たか、カイ。それがお前の下した決断かの?」
族長の太い白い眉毛の下の細い目がわずかに開き、カイを見据える。
「・・・」
カイは、族長から目を逸らす。
「まあ、良い」
「村長、お手伝いすることって何ですか?」
マイが、カイを見上げる。
「ああ、そうだな。族長の仕事を手伝って欲しいのさ」
「族長様の?」
「ふむ。マイ。わしの眼を見るんじゃ」
族長は、開いているかどうかもわからない細い目でマイを見る。それは、どこか愛おしい者を見るようだ。
「え?」
マイは族長の方を振り向き、族長の眼を見る。すると、次第に眠気が襲ってきてその場で後ろに倒れそうになる。カイが、それを支えた。
「すまない。マイ」
カイは、目を閉じて気を失っているマイに詫びた。
「目が覚めれば、この子は、死にたいという衝動に駆られているはずじゃ。しかし、カイよ。これが本当に良かったことなのかの?マイは、カガでも評判の親孝行の良い娘だ。町の衆の反応がの・・」
「それでは、族長は、やはり娘を差し出せと言うのですか!」
カイは立ち上がり、族長を見下ろす。その握った手は震えている。
「落ち着け。わしはお前の決定に反対しているわけではないわ」
「すいません。でも母親のアイは薬が手に入らなければ長くはない。どうせこの子は孤児になるんです。その方が可哀そうでしょう」
カイは、座り直し、横になっているマイを見た。
「マイ、本当にすまない」
カイはマイを見て唇を噛んだ。
それから3日ほどが経過したある日。
一際背の高い薄青いローブに身を包んだ女性が、カガの町を訪れた。この地域の人々の誰よりも背が高いので、目立っている。
「あんた、大陸の人かね」
町の入り口で見張り役の兵に止められる。
「ええ、そうです」
「こんな、辺鄙な田舎集落に何しにきたのかな?」
「ここの族長様にお目通りを願いにきました。お取り次ぎをお願いします」
「その前に顔をみせてもらおうか。そのままでは通すわけにはいかない」
「失礼しました」
頭まで身を包んだローブを取ると、艶やかな長い黒髪後ろで結んだ黒い瞳の美しい女性だった。
しかし、彫りの深い顔立ちがこの国の者ではないことを感じさせる。美しい艶やかな黒い着物に身を包んでいた。武器らしいものは見当たらない。が、左腕に透明なブレスレットがチラリと見える。
「・・・・・」
見張りの兵たちは、その女のあまりの美しさに言葉を失っていた。
「よろしいでしょうか?」
「わ、わかった。付いて来い」
「わしに大陸からの客じゃと。はて誰であろうか。ピンと来ぬが」
族長は首を傾げている。
「長い黒髪のとてつもないべっぴんさんでさ」
「女か。まあ、よい。通せ」
族長は、太い白い眉を揺らす。
「失礼いたします」
静かに部屋に入って来た女性の美しさに族長は目を見張った。
といっても、細目が若干開いた程度だが。
女性は部屋に入り、正座で座ると、深くお辞儀をする。
「族長様、エリと申します。本日はお願いがあり、参上しました」
「エリ・・。お主は・・」
族長は、ここで取次の家人を見た。
「下がっておれ。何かあれば呼ぶ」
「は!」
家人が去り、部屋には二人きりになった。
「そなたは、わしが依頼した機関の者であろう」
人の気配が消えたのを確認すると、族長は切り出した。
「いかにも。私が依頼により剣聖団より派遣された剣聖です」
黒髪の女性は顔を上げた。
「聞いていた者とは、容姿が違うようだが。わしは、金色の髪の者が来ると聞いていた」
「薬により力を消しているため黒髪となっています。依頼は剣聖とわからぬように来るようにとのことでしたので」
「そなたのことは、わしとごく一部の者しか知らんのだ。土地神様に知れれば、どうなるかわからぬ。そなた、本名を教えてくれぬか?」
「スフィーティア・エリス・クライと言います」
「長い名前じゃの。エリのまま呼ばせてもらおう。わしは族長のサトウじゃ」
「早速じゃが、お主に依頼したいことを話そう。この地域は『カガ』」という。ここカガには、土地神様がおる。土地神様は、カガを守ってくれる。ここは争いもない平和な集落じゃ。それも土地神様のおかげじゃ。じゃが、その代償もある。カガでは、月に1度村の若い娘を土地神様に捧げておる。土地神様がお怒りになり大地を揺らさないようにお願いするためじゃ。そのため町と村では、生きる気力を失った娘を贄に捧げておるのじゃ。生きる気力を失ったと言ったがの、それは方便じゃ。こんな小さい集落じゃそんな娘はまずおらん。実際は、わしが術を使い、そう見せかけておるのじゃ。反対者が出ぬようにな。わしは、カガの若い娘100人以上に術を使い土地神様に捧げてきた。わしの手は血に染まっておる」
サトウは、自分の両掌を開き、細い目を向ける。
「そして、集落のために死ぬまでこの勤めを果たそうと思っておったのじゃが・・」
サトウの溜息がもれた。
「しかし、わしにも報いが来たのじゃ。わしには、隠れた孫がおる。これが、気立てが良く優しい子でな。あの子は、わしが祖父であるとは知らん。知っている者もごくわずかじゃ。その者達にも口留めをしておる。先日孫が暮らしている村の村長が、孫を差し出してきた。村長は、わしの孫とは知らんから、偶然であろうがの。わしは孫を死なせたくない。だから、剣聖に来てもらった。勝手であろう?」
サトウは天井を仰ぐ。
「いいえ、身内を想う気持ちは、自然なことです」
スフィーティアは、首を横に振った。
「娘の名前はマイじゃ。今は、別棟におるが、明日土地神様のいる山まで送ることになっておる。人の目が届かない場所で、送る者を交代させる手筈じゃ」
「そこで、私がお孫さんの代わりとなり、土地神、竜の元に連れて行かれるわけですね」
「お前さんが、土地神様を倒せればよし。倒せなくても、お前さんが犠牲になるだけ。土地神様の怒りを買うこともない。そのことは承知してくれておろうな?」
サトウは、左の細い目を吊り上げた。
「勿論。相手は、アンバー・ドラゴンと思われます。土に潜り生息している土竜です。地を揺らし、土を操るのを得意としてるので、地震はこいつの仕業でしょう。用心深いため、私は竜力を消してここまでやってきました。竜を目の前にすれば必ず仕留めますよ。して、依頼していたものは届いていますか?」
「ああ。あの剣のことか。それなら、男・・」
「こいつか?」
ガラッと引き戸を開けて隣の部屋から短い銀髪の大きな男が、右手に剣を持ち入って来た。
掲げた剣は、スフィーティアの剣聖剣「カーリオン」である。剣は、眠っているかのように灰色をしていた。
「アトス・ラ・フェール・・・」
「よう、スフィーティア。え、なんだ、その恰好は?それに髪が黒いじゃないか」
「竜力を薬で消している」
「そうなのか?でも、それでも超美人なのは変わりない。それはそれでありだぞ。いつもより色気があるかもな、へへへ」
アトスは、繫々とスフィーティアを見る。
「変な目でみるな。全く、こんな島国まで来るとはな」
スフィーティアが呆れた表情をする。
「俺は、依頼があればどこにでも行くさ。お前さんとの仕事なら猶更な」
アトスが、ウインクをする。
「アトスとやら、声が大きいわ」
「お、これはすまねえ」
「その男が、その剣はお前さんに直に渡すと言ってきかんでのう」
「そうそう。持って来たぜ」
アトスは、剣聖剣をスフィーティアに差し出す。
「今、それに触れるわけにはいかない。その剣の竜力が発動してしまうからな。お前が呼ばれたのもそのためだ。アトス」
「え?」
「明日、お前は、人目から隠れて私に付いて来い。アンバー・ドラゴンに遭遇したら、お前は剣を私に渡す。こんな危険な仕事はお前でなくてはできない」
スフィーティアは心強い奴が来たと思った。
剣聖剣が無ければドラゴンを狩ることはできない。しかし、ドラゴンに遭遇するまでは、剣聖剣を握る訳にはいかない。アンバー・ドラゴンは、注意深いドラゴンだ。気づかれて姿を消されたら、今回の任務はおじゃんになってしまう。また、もう一つ気がかりなことがあった。
「それと、お前に頼みたいことがある」
「おう、何だ?」
「後で話す」
スフィーティアはサトウ族長を見て、話を止めた。
「エリよ。話は、これまでじゃ。では、明日は頼んだぞ。フォ、フォ、フォ。」
サトウは、家人を呼びスフィーティアとアトスを客間に案内するように命じた。
時刻は、子の刻の正刻(午前0時)頃。
真ん丸の奇麗な月が町を照らしている。その誰もいない街中を一人の背の高い男が背中に剣を負い、走っていた。
同じ頃、そのカガの町を見下ろす山中では、一人の翡翠色の鎧を着た男が、高い木の上から町の方を見下ろしていた。
「へっへっへっへっへ。なんか楽しくなっていきそうな雲行きだぜ」
男は不敵な笑みを浮かべた。
(つづく)