第30話 偽りの戦火 1 ミーシアへ
スフィーティアは、ミーシア共和国首都ラクスにやって来た。
時の政権の執政官であるルカ・ロッシーニと面会した。中年の働き盛りで精悍な顔つきで口を覆う黒髭が良く似合う男だ。シンプルな襟の無い黒いシャツと黒いズボンを着ていて、国の指導者にしてはラフな格好とスフィーティアは、思った。
何でも、ブーレイとの戦争を機に戦争で死んだ兵士や市民を悼むために敢えて黒い服を着ているそうだ。
ミーシアはブーレイの突如の侵攻を撃退することができたが、このルカ・ロッシーニが現れなければ、ミーシアは最初の侵攻でブーレイに侵略されていたことだろう。
指導者が国民にその勇気を示すことで戦況を一変させることもあるのだ。
「剣聖スフィーティア・エリス・クライ、あなたを待っていた。もっと年長の者かと思っていたが、しかもこんなに美しい方だったとは」
精悍な男の顔も少し緩んだが、眉間と額の皺の深さがこの男の経験してきた苦渋の決断を物語っているようだ。
「歓迎痛み入ります。貴国の災難にお悔やみ申し上げます。ドラゴンという災厄は私が必ず取り除きましょう」
「ありがとう。期待している」
二人は、固く握手を交わした。
「それで、ドラゴンの方ですが、情報をいただけますか?」
広い執政官室には、側近が数人いた。
二人は、大きなテーブル席に対面で座った。
「ブーレイと我が国の戦争が継続していることは、ご承知だと思う。奴等に大きな打撃を与えているものの、残念だが、圧されているのは認めざるを得ない。だが、奴等に大量の兵の損耗を強いている効果は出てきている。しかし、ここに来て奴等はドラゴンを使ってきた。どこまでも卑怯な手を使う奴等だ。残念だが、我々ではドラゴンをどうすることもできない。スフィーティア殿、貴殿には出現したドラゴンの排除を先ずはお願いしたい」
「心得ました」
国防武官が大きなテーブルに戦場の地図を広げる。
「では、私の方から説明をいたします。ここ南の戦線のこことここ、2ヶ所でドラゴンにより防衛線が突破されました。ほぼ同時の攻撃であったため、個体は別であると考えています。いずれも緑色のドラゴンです」
「エメラルド・ドラゴンの仕業か・・・」
「はい、大きな竜巻の攻撃により陣地を破壊されています」
「先ずは、この2体を排除するとして、他のドラゴンの情報はありませんか?」
「現状確認しているのは、この2体だけです。何れもブーレイ領内から出現しています」
「ブーレイがどのようにしてドラゴンを出現させ利用しているのかの情報はありますか?」
「こちらもブーレイに潜入させている諜報に探らせていますが、不明です」
「我々剣聖団は、如何なる国もドラゴンの戦争目的の利用を見逃しません」
その時、部屋の外がガヤガヤし始めた。
「いけません、今重要な会議中ですから」
「固いこと言うなよ」
そんな聞きなれた声が聞こえると、ドアが開いた。
「ダメですって!」
バタンッ!
「よう、スフィーティア。久しぶりだな」
茶色い長髪で無精ひげ、澄んだ青い目をした長身の男が入って来た。蒼い騎士風の装束をしている。
「アトス、お前どうしてここに?」
元聖魔騎士のアトス・ラ・フェールだ。
スフィーティアは、驚きというか呆れている。
「水臭いぜ。お前の協力者の俺に声をかけないなんてよ」
アトスが、ウインクする。
「アトス、スフィーティア殿とは知り合いだったのか?」
「まあな。腐れ縁というやつさ」
「いや、ストーカーというやつだな」
「あ!お前俺のことそんな眼で見てるのかよ」
「事実だろう」
「まあ、お前のことが気になるっちゃあ、気になるからな。ウワッハッハッハ」
「否定はしないのか・・・」
ルカも呆れている。
「そんなことより、俺も加えてくれ。それに情報もあるからな」
「ほう・・・」
話し合いは、そこで終わった。
執政官官邸を後にすると、街角を二人で歩いて行く。
「呆れたヤツだ。こんなところまでやって来るとは」
スフィーティアが腕を組み、首を振る。
「へへへ、俺はお前の協力者だぜ。お前の仕事には、全面的に協力するさ」
「はあ、まあいい。お前がいるのが心強いのは事実だ。オギルの件(※)は私一人ではどうにもならなかった」
「お前、まだ気にしてるのか?」
「・・・」
「あれは・・・」
「アトス、お前はドラゴンの出どころの調査だ。ブーレイに行ってくれ。ドラゴン討伐は私一人で十分だからな」
「わかってるよ。中りはつけてあるからな。でもな、お前も無茶するんじゃねえぞ」
「ああ」
スフィーティアの方は、生返事だ。
※ガラマーン・パラサイトの長オギルとの死闘は、第10話~26話の『宿命を燃やして』『復讐の果て』をご確認ください。
アトスと別れると、スフィーティアは先ほどの会議を思い起した。
「次に狙われるとしたら、ここの砦でしょう。『グレゴリ要塞』です。ブーレイ軍は何カ月も大量の兵を投入して攻撃していますが、屍の山を築いていて落とせずにいます。また、ここを突破されれば、ここ首都ラクスへの道も開かれます」
先程の武官の説明だ。
「ここを突破されることは、我がミーシアにとって死活問題だ。何としてもドラゴンを食い止めてもらいたい」
執政官ルカ・ロッシーニも念を押す。
「承知しました」
「グレゴリ要塞・・・」
スフィーティアは、南の空を見つめた。
スフィーティアは、首都ラクスから南南東に位置する『グレゴリ要塞』へと向かった。
そして、スフィーティアは、要衝『グレゴリ要塞』に到着した。
そこは、丘陵地帯で、斜面となっており、ブーレイ方面に降る。要塞の北西にすぐ都市グレゴリが位置するが、南方向から絶壁が立ちはだかり、この要塞を突破しなければここには辿り着けない。守るほうにしては、これ以上有利な所は無いが、攻撃側には、正に難攻不落を攻めることになる。
スフィーティアは、そこの司令官であるスティーフ・ジョコビッチに秘かに面会した。
「スフィーティア殿、あなたをここグレゴリに迎えられて光栄だ」
スフィーティアは、剣聖の衣装を隠すようにフード付きの長い白いローブに身を包んでいた。
「スティーフ司令、私の行動は極秘で願いたい。敵に知られれば、ドラゴンも現れないかもしれない」
「心得ていいます。おっと、またブーレイ兵が責めてきたようだ。どうですか、一緒に戦況を見てみませんか?」
スフィーティアも何年も続くこの戦争というのがどんなものであるのか気になっていて誘いに応じた。
戦況が把握しやすい、砦へと伸びる街道上に位置する城門の上から、戦況を観察する。
ブーレイ兵が、街道沿いに突撃してくるのが見える。ブーレイ側からは、この砦に向けて砲弾など飛んで来る。魔導士によるファイアーボールが上空から降って来る。これらの歩兵の援護攻撃は、ミーシアの魔法障壁により無力化されるか、砲弾の威力は減殺され、城壁に効果的な損傷を与えることはできない。そうした援護攻撃がその効果を発揮しなくても、歩兵は構わず突撃してくる。突撃してくる街道は緩やかな上り坂とっており、突撃には不利だ。さらに、地雷のような爆発物がばらまかれ、近づくと起爆し、兵を吹き飛ばしたり、負傷させた。突撃兵の中には、負傷した者、杖をついている者、老人なども混じっている。突撃してきた歩兵は案の定バタバタと倒れる。しかしその屍を超えてさらに投入された歩兵が突っ込んでくる。しかしこれらも、城壁上からの放矢の雨に、次々と倒れて行き、城門まで辿り着く兵はいなかった。残ったのは、ブーレイ兵の死体の山だ。そんな攻撃が何次にもわたり繰り返された。
「こんな闘い方は無意味だ。人命をないがしろにしている」
スフィーティアが、軽い苛立ちを見せた。
「こんな攻撃が延々と続いているのですよ。ここだけでなく、他の戦場でもね。しかし、奴等の攻撃は、絶え間ない。兵力差は歴然としてあり、こちらも休息の暇もないほどで、兵は疲弊していきます。そうなれば、こちらも後退せざるを得ない。そうして敵は、自軍の兵の屍の山となった土地や廃墟となった町を僅かばかりの領土として手に入れていく。大量の兵の命を犠牲にしてね。こんな戦いの繰り返しです。こんなことに意味など無いと思いますよ」
「うーむ」
スフィーティアは、眼下の死体の山を見つめ呻いた。
「奴等にしたら、人命など軽い物だ。こんな横暴を許してはいけない。だからこそ、我々は後には退けない。負ける訳にはいかないのだ」
「ああ、理解した」
「では、スフィーティア殿。その力を我らに。奴等を止めるためにも」
しかし、スフィーティアは、ここで首を横に振る。
「それでも、これはあなた方の戦争だ。共和国であるミーシアの人々が決めるもの。抗うも従うも。我ら剣聖は、人々の争いに関与はしない。それが例え理不尽なものでも、愚かな行いとしても。ただ、私にできるのは、あなた方の健闘を讃え、祈るのみです」
「そうだった。あなた方剣聖は、そういった存在でしたね。では、ドラゴン討伐の方はお願いしよう。ドラゴンさえ何とかできれば、ここは守れる」
そう言い残すと、スティーフ司令官その場を離れて行った。
スフィーティアが、尚もその場に残っていると、またブーレイ兵が攻めて来た。繰り返されるその日の何度目かの戦闘を見つめる。その青碧眼の瞳は、どことなく悲し気に見えた。
スフィーティアが目立たないように、グレゴリ要塞のあてがわれた狭い小屋に息を潜めていると、2、3日ほど経過したある日。
「もう、ダメだ」
「こんな戦闘がいつまで続くんだよ」
「眠い・・・。休ませてくれ」
要塞の兵の悲痛な声が聞こえてきた。
諦めず一日に何次にも渡るブーレイ軍の攻撃に、グレゴリ要塞の兵には疲労の色が濃くなっているのが見えた。ブーレイ軍の攻撃の頻度が高く、部隊の交替もままならないのだろう。
その日は、珍しく早朝からの攻撃が止み、ブーレイ兵は攻撃してくる様子が見えなかった。遠方から砲撃が飛んで来る位だ。
「やった、久しぶりに今日は休めるか」
「だといいんだがな」
「ダメだ。もう寝る」
「おい、馬鹿、起きろよ。隊長に怒られぞ」
「グーグー、グーグー」
「おい、寝るなって!」
そんな要塞の守備兵のやり取りがスフィーティアの所に聞こえた。
突然、スフィーティアは、ムクリと起き上がった。
小屋を出ると、城壁の一番高い位置まで跳びあがり、ブーレイ方面を望んだ。
「来る!」
スフィーティアは、竜力を抑え身を潜めている間、周囲の竜力の動きを観察していた。そして今、ドラゴンの発生と急に接近してくる気配を捉えたのだ。
スフィーティアは、ブーレイが占領した地域の方から近づいて来るエメラルド・ドラゴンを捉えた。
エメラルド・ドラゴンは接近すると、急に上空で静止したかと思うと尻尾を上空の方向に丸めた姿勢を取ると、そこからドラゴンを覆うように竜巻が発生した。ドラゴンが竜巻の中を上空へと舞い上がって行く。すると竜巻はドンドンと大きなものへと拡大していく。エメラルド・ドラゴンが竜巻の上空から飛び出すと、竜巻は勢いよくグレゴリ要塞の方へと進みだした。
「うわーっ!ドラゴンだ。大きな竜巻が発生したぞ!」
「馬鹿野郎、起きやがれ!」
城門の兵がもう一人の兵の頬を叩く。
「うん?」
「ドラゴンだよ!」
「ドラゴンだって!」
もう一人の兵がガバっと起き上がる。
この事態にグレゴリ要塞のミーシア兵に動揺が走った。
この竜巻が直撃すれば、ここグレゴリ要塞の城壁は破壊され、都市グレゴリまで達すれば、甚大な被害は避けられないところだ。また、ブーレイ軍がその後攻めて来れば、要塞だけでなく都市グレゴリの陥落も免れない。
スフィーティアの動きは早かった。
白いローブを脱ぎ捨て、剣聖の白いロングコートの姿になる。
城壁の上を物凄い速さで跳ぶように駆けぬけ、竜巻が接近してくる正面へと到着する。
背中に背負った小さく折りたたまれたボウガンを構える。
「変形)」
その持ち手の部分をギュッと握ると、展開され、光輝く大弓へと変化する。
「氷属性付与!」
呪念とともに、弦を引き絞り、向かってくる大きな竜巻へと凍気を帯びた透明の矢3本が弦を引き絞ったスフィーティアの右手に重なった。
「消えろ!」
放たれた凍気の3本の矢は、弧を描くことなく一直線に飛び、竜巻内部へと縦に並んで突き刺さると、大きな竜巻が凍え、動きが止まる。
「砕けろ!」
スフィーティアの呪念とともに、巨大な竜巻が砕けると、大雨がスコールのように降り注いだ。
「おお、大きな竜巻が消えたぞ!」
ミーシア兵に歓喜の声が上がる。
スフィーティアは竜巻を消すと、ドラゴンに狙いを定めた。
竜巻を消されたエメラルド・ドラゴンは、その場から離れようとした。
突然現れた巨大なスフィーティアの竜力に驚いたのだろう。
「部分換装」
スフィーティアは、白いロングコートの正装状態のまま背中に透明な光り輝く翼を呼び出すと、上空高く舞い上がった。
そして、忽ちエメラルド・ドラゴンに接近するや、剣聖剣カーリオンを抜刀し、その翼を切り落とすと、ドラゴンは地上へと落下していく。その落下の最中に、スフィーティアは、上空から襲いかかり、エメラルド・ドラゴンの胸に剣聖剣を突き刺した。
エメラルド・ドラゴンの眼が色を失い、閉じられれるとエメラルド・ドラゴンと共に落下していった。
落ちてくるドラゴンを見て、ブーレイ兵は、慌てて陣地から逃げ出した。
ズドドドーン!
エメラルド・ドラゴンが地上のブーレイ軍の陣地に落下した。
スフィーティアは、横たわるドラゴンの上に着地すると、砦の方に向けて剣聖剣を突き上げた。
「おお、ドラゴンが倒されたぞ!」
ここぞとばかりに、ドラゴンに呼応して、突撃してきたブーレイ軍は、突然竜巻が消え、虚をつかれた。グレゴリ要塞からの放矢やファイアーボールでバタバタとブーレイ兵は倒れていく。
エメラルド・ドラゴンが剣聖スフィーティア・エリス・クライに倒されことをきっかけに、このグレゴリ要塞を占領するというブーレイ軍の作戦は失敗に終わった。
しかし、他の戦線にもドラゴンが出現していた。
ミーシアの諜報活動とアトス・ラ・フェールのブーレイ情報から事前に出現場所を特定できた結果、スフィーティアにより次々と現れたドラゴンは、同様に討伐されていった。
(つづく)




