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終章 牡丹の答え

 ペオニサは、月のない森を抜け、その場所にたどり着いていた。

「へえ、すげぇ綺麗なところ。いいね」

夜の闇に沈む蛍の舞う森の中に、淡く青白く発光する泉があった。ここのことは、セリアに聞いていた。

口頭で一生懸命説明してくれたが、百聞は一見にしかずだ。この目で見たいと思っていた。ここは、セリアがインファに捕まった場所だ。2人の馴れ初めを書くには外せない特別な場所だった。

イシュラースの二分する常夜の国・ルキルースにある、水鏡の泉だ。

この青白い光は、泉の中に沈んだおびただしい量の蛍石が発している。幻想的な場所だが、これをどうやって描写しようか。ペオニサは泉のほとりに腰を下ろした。

 ペオニサは『華嵐の約束』を書き進めながら、インジュが付き合ってくれて契約破棄を行っていた。契約破棄に必要な要素は、霊力、そして戦闘能力だった。

霊力はともかく、戦闘能力はペオニサには必要ないものだったために、かなり手こずる羽目になった。インジュは「ああ、それでペオニサには契約破棄できないって、言ったんですねぇ」と苦笑いだった。

そのため、この場所に来たいと思っていたが、太陽の城を動けなかった。晴れて契約破棄して、自由の身となったペオニサは、何も考えずにルキルースに来てしまった。ルキルースの支配者、幻夢帝・ルキは、アシュデルを保護してくれた精霊だ。飛び込んで来たペオニサを追い返さなかった。

「ああ、君が話しに聞いてるペオニサ?ククク、面白そうだから、風の城には黙っておいてあげるよ」

そう言われ、彼自ら当時の話をしてくれて、水鏡の泉にも案内してくれた。このルキの、風の城に黙っているというイタズラが、風の城に影響を及ぼすとは思ってもみなかったが、それをペオニサが知るのはもう少し先の話だ。

「このまま書いてもいいなぁ……いっそ完全にファンタジーで書こうかな?」

宝城十華は自前の会社の自費出版だ。締め切りがあるわけではない。読者がどんな反応になるかはわからないが、おかげさまで『華嵐の約束』の売れ行きは好調だった。

「あ、でもまだ出版できるとは限らないか」

そうだった。セリアには了承を取っていても、インファには何も話していない。インファに聞かなければならなかった!とペオニサは思ったが、途端に賭けのことを思い出して、腰が上がらなかった。

今行けば、リティルを勝たせる事になってしまう。とすると、インファはペオニサにキスしなければならなくなってしまう。

インファが乗ったというが、それは、契約破棄できない前提だったのでは?と思う。インファに期待されていないことには、少なからずショックだったが、契約破棄の条件を見れば納得だった。

ペオニサは、剣はそれなりに使えるが、実践で使えるか。といえばそうでもないと思っている。あの風の最強精霊のインジュが手伝ってくれたが、オマケしてくれたのでは?と思っている。契約破棄した今でも、実践では役に立たないだろうなと思っている。インファがキスしてもいいと思って賭けに乗ったのなら、こちらも腹を決められるが、想定外だったらと思うと、風の城に行く勇気はなかった。

これ以上少しでもインファに、不快な思いはしてほしくないのだ。

「どういうつもりって、オレの方がどういうつもり?だよ!?あああああ!あの人ホントよくわからないいいいい!」

『華嵐の約束』の結末も、決められなくて決められなくて、苦肉の策だった。あの小説をインファは読んだだろうか。読んでいないだろうなと思う。

きっと、気持ち悪い。ハッピーエンドが信条の宝城十華だ。話の展開上、牡丹が尻軽ではなく未経験であることを猛は知るが、インファが知ったとは限らない。もう、二度と会いたくないと思われていてもおかしくない。そうだった。インファとは、すでに決別しているかもしれないのだ。

「しかたないよね……オレが、インファが受け入れられないの知ってて、言わなかったんだからさ……」

寂しいな。もう、何もかも遅くても、違うと、否定しに行こうか?そうすれば、少なくともペオニサの未練とは決別できる。しかし、会いたくない相手に会うインファは?散々迷惑かけた手前、図太くなれそうになかった。嫌われていても好きなのだ。傷つきやすい元友人を案じて何が悪い?悪くないでしょ!とペオニサは動き出せなかった。

それからペオニサは、その場で小説を書き始めてしまった。没頭すると周りが途端に見えなくなるペオニサにとって、時間の流れのない常夜のルキルースは執筆にはもってこいの場所だった。

そしてペオニサは、失踪扱いとなったのだった。


 今はいつなんだろうか。

考えた事もなかった。気がつけば、小説は終盤にさしかかっていた。

『あのさ、君、没頭しすぎ』

幻夢帝が心配するほど時が経っていたのだろうか。ペオニサは急に声をかけられ驚いた。見れば、毛足の長い尾が二股に分かれた黒い猫が手元を覗いている。幻夢帝・ルキが化身した姿だとすぐに気がついた。

「え?そんなに経ってた?」

ルキは頷いた。

『邪魔する気はなかったんだけどさ。君、インファの事好きだったよね?』

「う……うん」

なぜそんなことを確認するのだろうか。

『じゃあ、教えるけど。インファ、大怪我したらしいよ。ちょっと厄介らしくて、起き上がれないんだってさ』

「え?だって、シェラ様がいるのに?え?ええ!?」

『なんかね、最近不調だったみたいで、油断したらしいよ。あのインファが珍しいね。あれで人情家だから、誰かのことでも考えてたのかな?』

インファは強そうだけど傷つきやすい。契約破棄したのに、会いに行かなかったことで、オレに何かあったって思ったり……?いやいやいや、あるはずない!あるはずない。そう思うのだが、気になる。

怪我が心配だが、シェラがいれば大丈夫だろう。が、気になる。

「ルキ様」

『ああ、行った方がいいかもね。インファが生きてるうちにさ』

生きてるうちにって、そんな大袈裟な!と思いながらも、ペオニサは支度を即行で整えたのだった。


 風の城は、ラスが無理をしたおかげで、主力の3人が戻り、やっと正常に機能するようになっていた。魔物の少ない時期が過ぎ、そろそろ大型が生まれる兆候があるとイリヨナから通信が入っていた。魔物の活発期を前に、主力の3人が戻ったことは副官としては喜ばしいが、依然として、ペオニサは行方不明だった。

賭けが生きている手前、インファは動くことができなかった。動くことができたとしても、雲隠れした彼を捜してもいいものかと思考は堂々巡りだった。他の誰が相手でも、思うがまま行動できていたインファだったが、どうにもペオニサ相手には行動のし辛さを感じていた。

なぜなのか。それは、彼が完全に対等な位置にいると、インファが自覚しているからだ。普段は、風の副官として接しているが、ペオニサにはただのインファとして対しているからだ。 

イリヨナの話では、契約を破棄して気持ち悪いほど喜んでいた。らしい。その勢いのまま、風の城に行くと思っていたとも言われた。闇の城に行った後、彼はどこに行ったのか。誰かに拉致されたとすると、すでに風の城に声明が届けられているはずだ。しかし、なんの動きもない。とすると、彼自身の意志で行方を眩ませた?

ペオニサの意志での失踪だとすると、アシュデルを追った?いや、彼の失踪には風の王が絡んでいる。父が顛末を話しているはずだ。

アシュデルでもないとすると――そこまで考えて、インファは頭を横に振った。

「大丈夫です?お父さん」

隣から声をかけられ、顔を上げると心配そうにインジュがこちらを伺っていた。彼の隣には、智の精霊・リャリスも座っていた。彼等だけではない。今応接間には、壁際にはラス、暖炉の前の椅子にはゾナ、向かいにはリティル、カルシエーナ、レイシ、ノインまでもが揃っている。魔物の活発期、編成をどうするか打ち合わせてしていたのだ。今はその合間だった。

「大丈夫です。しかし、思考回路が物騒になってしまったようです」

「悪いことしか考えられないってことです?ペオニサだったら、大丈夫だと思いますよぉ?あの人、よくわからないけど、何か凄いんです」

「意味がわかりません」

「契約破棄の条件に、戦闘能力って入れましたよね?あれ、実はボクが手を貸すまでもなくて、ですねぇ。問題は霊力の方だったんですよねぇ」

「そうなんですか?意外ですね」

「霊力の方も、少ないんじゃなくて、多すぎて器から溢れちゃうんで、どうやって抑えようかって手こずりましたよぉ。ペオニサは少なすぎると思ってたみたいですけどねぇ。あの人、あんまりそっち方面で触らない方がいいです」

インジュの報告を受け、インファは考え込んだ。しかしすぐに顔を上げた。

「影響はないんですか?」

「はい。どうやら、ボク達と出会う以前からああみたいです。リフラクが脅威に感じてたのって、だからじゃないんです?たぶんですけど、やっぱりあの長男君よりずっとペオニサの方が強かったんですよぉ」

だから執拗に傷つけたのかとインファは思い至った。リフラクは、ペオニサが虫ピン1本では死なないと思い、幾重にも魔法をかけたのだ。

「お父さん、契約破棄、本当にペオニサができないと思ってましたぁ?」

「その気になればできると思っていましたよ?ただ、戦闘能力は高めに設定していました。彼には向かないと思っていましたからね。取るに足りませんでしたか?」

「いいえ。確かにセンスないんで絶望的でしたねぇ。力はあるんですけど、戦いには不向きなんです。ちょっとホッとしましたけど。あの霊力であの力で魔物狩りに通用するセンスがあったら、ホント囲い込みたくなっちゃうとこでしたぁ。あ、戦闘能力クリアしちゃったんで、ノインくらいまでなら一緒に飛べちゃうと思いますけどねぇ」

ノイン……彼は普段、危険度マックスの魔物を相手にしている。そうではない。ノインは指導者として定評がある。守りながら戦う事に慣れているのだ。ノインくらいではなく、ノインなら一緒に飛べるということだ。しかしながらノインが一緒に飛ぶということは、もれなく鍛えられるということだ。風の城の主力に、十分なり得ると判断されたときのみ、ノインは共に飛んでくれる。会話を聞いていたのか、読書していたノインが顔を上げた。

「巻き込みませんよ?」

インファの言葉で、ノインは「まあそうだろうな」という顔をして、再び視線を本へ戻した。何を読んでいるのかと思ったら『華嵐の約束』だ。これ見よがしに……と相棒を睨みそうになったが、彼はインファが読み終わるのを待っていた。痺れを切らしてしまってもしかたはない。

「はい。ペオニサの手は、ペンを握るためのモノなんで、剣なんか握っちゃダメです。で、ですねぇ、護身くらいは十分できるようにしといたんで、襲われても返り討ちにできますよぉ」

殺せる剣ではないが、体術の方はセンスあったとインジュは楽しそうだった。

「あとですねぇ、歌です。あの人、練習すれば『風の奏でる歌』マスターできると思いますよぉ?」

「花の精霊は、大地寄りです。風の精霊とは反属性の身では、あの歌の習得はほぼ不可能ですよ?」

『風の奏でる歌』は、風の精霊の力ある特別な歌だ。風の精霊のみが歌うことができ、聞く者に様々な効果をもたらす魔法の歌。その歌は、風の精霊が教えれば他の精霊でも歌えるようになるが、習得はかなり難しい。

「それなんですけど、あの人たぶん……風の力があります。それもかなり強力な」

「はい?」

「お父さんが気がつかなかったってことは、ジュールさんに邪魔されました?お父さん、ペオニサの怪我診てますよねぇ?」

「診ましたが表面だけです。オレの手には負えませんでしたから、ジュールに即丸投げしたんです」

「あの人の得意魔法たぶん、光、大地、闇、風です。2反属性フルスロットルです。リャリス、知ってましたよね?」

「ええ、もちろんですわ。あの子がリフラクを恐れたのは、自分と同じだったからですのよ。能力だけなら双子のような兄が、目の前で崩壊していく様に、知らずに恐怖していたのですわ」

魂をリセットされたリフラクは、その歪みを正された。リフラクにはもう、闇と風を操る力はない。今度は邪精霊堕ちしないように、願うばかりだ。

「今現在、ペオニサに崩壊の兆候はないんですか?」

「ありませんわ。あの子は、力のコントロールだけは上手いのですのよ。あとは、崩壊しないように無意識に身を守っているのですわ」

リャリスは躊躇うような素振りを見せたが、意を決したようにインファを見た。

「お兄様、ペオニサを守ってくださいませ」

「風の城に、オレのそばに引き取れと言うんですか?しかし、風の城は戦いにまみれた城です。この城の空気は、ペオニサの害にはなりませんか?彼が強力な力を持ちながらそれを高めることをしてこなかったのは、それをすれば崩壊する危険があることを、本能が知っていたからではないんですか?そしてリャリス、なぜ、保護者がオレなんですか?多くの属性が使える、彼の場合は4つの力共に反属性です。そんな特異な力持ちの保護者には、透明な力を操るインジュが適任でしょう?」

ダメだ。こちらのカードを隠したままでは、聡明なインファを言いくるめることはできない。

透明な力とは、この世界の根源の力の1つだ。精霊達が色づけする前のまだ何者にもなっていない純粋な力。智の精霊・リャリスは、透明な力の司だった。

リャリスの他にその力を不完全ながら使える精霊がいる。

花の王・ジュール、煌帝・インジュ、花の姫・シェラだ。彼等はその力の一部を、最も得意としている魔法として使っている。

シェラの、致命傷も、果ては傷ついた魂までをも癒やす固有魔法・無限の癒やしは、その力の恩恵だ。変身の呪いを解かれたシェラはその力を使い、ペオニサを救ったのだ。

インファは、精霊大師範という異名を持つ精霊ではあるが、風の精霊でしかない。特異体質のペオニサの保護者には役不足だった。

リャリスはいっそ、花の王・ジュールがインファの駒として作り出された精霊だと、バラしてしまおうかとも思った。しかし、ペオニサ自身はそれを知らない。知らないで、純粋にインファに惹かれている弟の心を、作られたモノだとインファに誤解されたくはなかった。

「それは、ペオニサがお兄様を愛しているからですわ!」

「リャリス、それダメなヤツだと思いますよぉ?愛は愛でも友愛ですよぉ?あの人、純粋すぎてアンバランスですよねぇ。小説の中じゃ、あんな計算高いのに。このまま太陽の城でいいんじゃないんです?この応接間にいてもまったく我関せずだったんで、居候の適性はありますけど、嫌がる気がしますよぉ?」

「闇に適性があるなら、闇の城でもいいんじゃないか?リャリス、太陽の城はペオニサに危険なのか?」

絶妙なタイミングで、皆に紅茶を配り始めたラスが、リャリスの前にお茶を置きながら問うた。

ラスは、風の城の主力を掌握しに太陽の城に迎えに行ったとき、ジュールの決定ではない考えを聞いた。ジュールもリャリスも、ペオニサを太陽の城から出そうとしているとは、不穏なモノを感じた。まだ赤子のリフラクに、何かあるのだろうかと勘ぐりたくなってしまう。

「アシュデルがいなくなり、チェリリとリフラクのいるあの城に、ペオニサの安らぎはありませんわ。あの子に、家族のことでこれ以上傷ついてほしくないのですのよ」

「すぐはぐらかしますからねぇ。わかりました。今すぐじゃないですけど、ペオニサ風の城に引っ張りましょう!ラス、外堀埋めちゃいますよぉ?」

「うん」

「待ってください。オレは了承しかねます」

「だな」

 水を差したのは、副官と風の王だった。皆の視線が2人に集まった。

「なんで?ここが危険じゃないなら、ここでいいじゃないか」

レイシの言葉に、カルシエーナも頷いていた。

視線を受けたリティルは、レイシとカルシエーナまでもが承諾していることに、少し驚いた。しばし2人は太陽の城でペオニサと暮らしたが、絆されるほどの接点を持ったのだろうか。普段のペオニサを見ている限りでは、積極的に交流するとは思えないが。

あいつ、大丈夫か?リティルでさえ、心配になってきた。しかし、風の城に抱き込んでいいのか。それは慎重に見極めなければならないことだった。彼は花の精霊だ。2反属性フルスロットルでも、基本的には大地寄りの精霊だ。風とは対極だ。

「ペオニサは非戦闘員だぜ?今現在、風の城にいる居候も含めて全員が戦える精霊だ。それから、それぞれに役割がある。そんな中で、風の仕事に一切関われないあいつはあいつのままでいられるか?オレは許可できねーな」

「それは、そうですけれど……お兄様!」

ペオニサが城から無断でいなくなることなどしょっちゅうだ。だのに、失踪と取られている今回の放蕩がリャリスに危機感を抱かせていることは、リティルにもわかる。わかるが、ペオニサの売りは自由だ。その自由を守ってやれるかわからない。彼のような精霊は、風一家にはこれまでいないのだから。

「ペオニサは大丈夫だと思いますよ?彼は、オレなどより、よほどしっかりしていますから」

インファは寂しそうに視線を落とすと、小さく微笑んだ。

「姿が見えないことで、そのうち、今日の午後、明日はと彼を待ちわびているのはオレの方です。何もいらないと思ったのは、ただ、生きていることを確認できればいいと思ったのは、彼が初めてですよ。際どい言動を繰り返し、それなのに何も求めてこないそれは、彼の書く小説のように計算なのだとしたらオレは、思惑通り術中に嵌まっていますね」

「おまえも十分際どいぜ?すげーなエロ作家。難攻不落の雷帝・インファが完落ちじゃねーか。こっちで小説書けるように部屋用意してやろうぜ?それで、通わせたらいいんじゃねーか。そしたらあいつ、毎日来るぜ?」

何も一家に入れることはない。リティルの言葉に、インファは曖昧に頷いた。

「それくらいは、許されるかもしれませんね。物足りないんですよ。綺麗だと言ってくるペオニサに返せないことが。彼は今、どこにいるんですか?」

いい加減教えてください。拗ねたような顔で、リティルはインファに睨まれていた。

「はは、オレが知ってるって?どうしてそう思うんだよ?」

「オレとラスが見つけられないんです。父さんが一枚噛んでいると考えるのが妥当です。それから、落ち着きすぎです」

「そう見えるか?けどな、おまえの見込み違いだぜ?あいつの居場所は、オレにもわからねーよ」

見当はついているが、しらないのは本当だ。しかし、そろそろ引っ張り出してやらないといけないなと、ペオニサを日々心配しているインファの健康状態を案じた。

 それじゃ、アテを当たってみるかと、リティルが水晶球に手を伸ばした時だった。

「インファー!」

声は唐突に、広い応接間に響き渡ったのだった。


 慌てていたペオニサは、幻夢帝・ルキの開いた扉の縁につまずき、見事に風の城の応接間の床に転がっていた。

「ペオニサ?おまえは唐突だな。今までどこにいた?」

あたたたたと体を起こし始めたペオニサに手を差し伸べたのは、ノインだった。ペオニサは、その手を借りて体を起こしながら情けない笑みを浮かべた。

「あっはは。ルキルースにいたんだ。あっちってさ、ずっと夜だからはかどっちゃってはかどっちゃって、ルキ様も優しいしさ」

ルキが優しい?ああ、インファのお気に入りのペオニサに興味があったのかと、風の城以外には辛辣な、少年化け猫のことをノインは思い浮かべていた。

「ルキルースは時間の概念がない。ペオニサ、気がついているか?おまえがいなくなって1ヶ月経っている。おまえは立派な失踪扱いだ」

「えっ!せいぜい1週間くらいかと思ってた!ああ、通りで小説1本書けちゃうわけだね。あれ?みんな勢揃いで、仕事中だった?」

ソファーに沢山人がいることに気がついて、ペオニサはノインに問うた。どこにも異常は……なさそうだなと、ノインはさりげなくペオニサの霊力を探っていた。

「いや。開店休業中だ。とはいえ、そろそろ魔物の活発期だ。今後の方針を話し合っていた」

「邪魔、しちゃったね……って、そうじゃない!インファ!インファ無事?」

ガバッと立ち上がったペオニサは、すらっと背の高いノインよりも背が高い。

「インファ?彼ならあそこだ」

ノインが顎でソファーを指すと、やっとインファがソファーから飛び立つのが同時だった。舞い降りてきたインファに、ペオニサはなぜか焦っているようだった。

「インファ!大怪我したって聞いたけど、大丈夫……そうだよね……?」

「はい?最近はかすり傷もありませんよ?どこでそんなデマを掴まされたんですか?」

「えっと、ルキ様が……」

「ルキですか。どうやら誰か、繋がっていたようですね」

インファは、ソファーをジロリと一瞥した。が、皆の反応を確かめずにペオニサに視線を戻した。

「ご、ごめん……ルキ様が、インファが生きてるうちに会った方がいいって言うから、てっきりヤバいんだと思って。オ、オレ帰るよ!」

仕事の邪魔だとペオニサは思っただけだったのだが、途端にインファの雰囲気が恐ろしく変わった。ノインがそそくさと逃げる。

え?あれ、なんで!?怒らせたと咄嗟に感じたが、ペオニサはなぜなのかまったくわからなかった。

「帰る?このまま帰すと思っていたんですか?あなたには聞きたいことがたくさんありますよ。なぜ、誰にも何も言わずにルキルースになど行ったんですか!」

インファに至近距離で怒鳴られて、声を荒げるインファに初めて遭遇したペオニサはビクッと肩をすくめた。しかし、口を閉ざすことはなかった。

「ごめんて!1週間くらいなら城を空けることざらだし、1ヶ月も経ってると思ってなかったんだって!契約破棄できたからさ、行ってみたくて――」

「ここへ来るよりも、優先される事だったんですか?」

ペオニサの言い訳は、地を這うようなインファの低い声に被されていた。

「や!あの賭け生きてるでしょ!?行けないよ!それにインファ……オレのこと、嫌い……でしょ?」

はい?一瞬でインファの頭は真っ白にされていた。

嫌い?オレがペオニサを?なぜ、そんな正反対のことを思われているのか、控えめに伺ってくる自分よりも背の高い、戦えないくせにがたいのいい男性をマジマジと見つめてしまった。

「嫌いな相手を、毎日想うほど、オレは、暇ではありません」

驚きすぎて、棒読みのようになってしまった。

「は?え?毎日?いやいやいや!だってさ、インファ、あの原稿読んだよね?オレが女誑しの放蕩者だって知ってるよね!?あんたが1番嫌がること、オレしたんだよ?生理的嫌悪ってどうしようもないよね!?」

インファはハアと息を吐いた。

「――牡丹は、数々の男性に囲まれてはいますが、貞操観念はしっかりしていてキチンと一線を引いて付き合っています。猛は、そのことに牡丹を手放してから知り、大いに後悔しました。すべての脅威が去り、牡丹は自由の身となりますが、賭けのこと、そして猛の為に設けていた尻軽の阿婆擦れという砦を崩されたことを知り、会いには行けなくなります。その間待ち続けた猛の心境は綴られていませんが、教えてあげましょうか?」

「え?え?え?あ、あああああれ、読んだの!?」

「言っていませんでしたか?あなたの作品は一通り読んでいますよ?今回の『華嵐の約束』も例外ではありません」

「まさかの読者だった!や、あれは物語上、猛が知らなきゃ詰むでしょ!だからああしただけで、インファが知ってるなんて……知ってるの?それとも、牡丹がああだからオレもってそう思った?違う!違うって!牡丹はオレがモデルだけど、オレじゃないって!」

「そうですか。そうまでしてオレから離れたいんですか。わかりました。それがあなたの出した答えなら、そのようにしますよ!」

「ちょっ!インファ!そういうのなしなし!あんた今どんな顔してるか知ってる!?」

インファが至近距離から放ってきた風を、ペオニサは咄嗟に大地の障壁で完全に防いでいた。手を出そうとしていたノインが、やるじゃないかという顔をしていたことを、ペオニサは知らない。

 素早い身のこなしでインファから距離を取ったペオニサは、大いに動揺していた。

思ってたのと違う!それに尽きる。インファが読者だったことも衝撃だったが、猛と同じように、女誑しの噂が噂にすぎないことを知られていたことも驚きだった。

そして、インファが、ペオニサの言動に腹を立てて、果ては拗ねているなんて、まだまだこの人のことを知らなかったと、ペオニサは悟った。

「オレさ、ダメだと思ったんだ!あんたのそばにいるには、資格がいると思ってたんだ!気の毒だなとは思うよ?でもさ、あんた強すぎるし、目だちすぎるんだよ。なんでも許されちゃうような、リティル様ほどのカリスマもないしさ。リフラクを抜きにしたって、オレみたいなのは……」

「だから諦めると言っているんです!それでいいではありませんか。あなたはオレに、住む世界が違うと言ったんです!」

「諦めんなよ!らしくないだろ!ああもお!オレ何言ってんの?あのさ、インファ、オレってまだ友達?ヒドいこと言った自覚あるし、謝りたかったけど、あんただって隠し事ばっかりじゃないか!どこまでオレのこと知ってんの?オレはあんたのこと、何も知らない。知りたくても知れないよ。オレはずっと、嫌われてると思ってた!」

「知っていると言えるほど、知りません。貞操観念のしっかりした官能小説家という認識しかありません。オレには、それで十分です」

「そうだね。それで十分だよ。でもさ、オレには不十分なんだよ。あんたとオレは、対等じゃないからさ」

「対等ですよ」

「対等じゃないよ。守られてる時点で、違うだろ!ねえ、あんたはオレをどうしたいの?契約破棄の条件、戦闘能力と霊力って、オレに戦う力があったらいいの?」

「違います!あの条件は、あなたがもっとも苦手としていることを組み込んだだけです。あなたは命の危険に晒されていました。すぐに破棄できるような条件では、後悔したあなたが何も考えずに破棄してしまうと思ったからです」

「あっはは。わかってるね、オレのこと。じゃああれは?あの賭け。破棄して会いに行ったらキスってヤツ。わかってて行けないし、知らずに行ってそれされたらオレ、もう風の城の敷居またげないよ?」

「時間が必要だったのは、オレの方だったからです。受けた拒絶と、未完の『華嵐の約束』の内容はさすがに受け入れがたかったんです。あの時はまだ、女誑しだと思っていましたから」

「ごめん。それは謝る。引け目しかないんだ。あんたに対して。だからさ、インファ、もっと話さない?どんな物語が好きかとか、歌のこととか、そういうこと。仕事のことはわからないし、オレじゃ力になれない。でもさ、あんたと笑うことくらいは、オレにもできるよ」

ペオニサは、笑った。一瞬で場を支配した、優しい花の香りのする風。風の城に吹いたことのない風だった。

「オレをどうしたいんですか?ペオニサ、オレこそが問いたいですよ」

「ええ?そうだなぁ。いつもキツそうな顔してるインファと、笑い合いたい。かな?だってさ、美人の笑顔はそれだけで見る価値あるって!……うわっ!インファ、オレヤバいこと言った?」

インファの瞳から、涙が零れて頬を伝っていた。慌ててペオニサが駆け寄ってきた。

「いいえ。気にしないでください。オレにも、よくわかりません」

「あんたって、ホント不器用。オレも人のこと言えないけどさ。あっはは。泣き顔も綺麗って、すげぇ。インファ、めっちゃ好き!」

インファは涙を拭った。そして言った。

「オレも、好きですよ。ペオニサ」

うぐっ!と笑っていたペオニサの喉から妙な音がした。

「ぎゃあああああ!デレた!インファがデレた!ヤバイ!オレ悶え死ぬ!アッハハハハハ!もお、あんたってさ最高だよね!」

演出ではないんですが。インファは腑に落ちなかったが、ペオニサが楽しそうなのでいいかと、思ったのだった。


 花の姫・シェラは、意を決してその扉をノックした。

中から、すぐさま返事があり、シェラは木の扉を押し開け、中に入った。入ってすぐ目に飛び込んで来たのは、大きな釜を掻き混ぜている、リャリスの姿だ。彼女の趣味は魔法薬作りなのだ。

「どうなさったの?おば様」

リャリスは手が放せないと詫びながら、釜を棒で掻き混ぜながらシェラに言葉を投げた。シェラは、釜の隣に備え付けられているコンロと、水の出る蛇口のついた小さなキッチンへ向かった。お茶を淹れるためだ。

「あなたに、確かめたいことがあるの」

リャリスは、棒を引き抜くと、立てかけて中を確かめてから、シェラからマグカップを受け取って、2脚の椅子が置かれているテーブルへ向かった。

「ペオニサは、インファの為に作られた精霊よね?」

リャリスはカップを倒しそうになった。前置きなく不意打ちだった為に、取り繕えなかった。シェラの顔を見てしまったリャリスは、彼女が強ばった笑みを浮かべるのを見てしまった。

「ペオニサは何も知りませんわ!お父様も伝える気はないのですの。あの子の心は、あの子のものですわ!本当に、ただ……お兄様が好きなだけなのですのよ!なんの思惑もありはしないのですの。ペオニサは、お兄様を知るずっと以前に、お兄様を補佐する駒としての役目から外されているのですのよ」

「ペオニサが、インファを騙しているとは思っていないわ。ジュールの思惑なら、害ではなく得となるはずだから。役目から外されているというのは、どういうことかしら?」

「お父様の設定した基準を、上回れなかったのですわ。基準を満たしたのは、同じように産み出されたリフラクの方でしたの。お父様は早々にペオニサを外し、他の花の兄妹達と同じ扱いとしたのですのよ。しかし、リフラクは壊れ、あの子も知らなかったはずなのに、ペオニサを、存在を脅かす敵だと認知してしまったのですわ。お父様にも、想定外だったのですのよ。兄弟で……殺し合うなどと……」

リャリスは顔を覆った。

「ペオニサは、あんな性格ですわ。傷ついていたとしても、それをおくびにも出しはしませんの。契約破棄の際も、一切辛い顔は見せず……。アシュデルが、いなくなったときだって。あの子が心から笑った顔を見せるのは、インジュとラス、そしてお兄様の前でだけですのよ?」

リャリスは顔を上げた。彼女の糸のような切れ長な瞳から、涙が流れていた。

「お兄様に言った、笑い合いたいという言葉。あれは……あの子自身の望みですわ。叶えてあげたい……」

「叶うわ。インファとペオニサよ?お互いにお互いを暴き合うわ。もう、遠慮はいらないでしょう?この城を選ぶかどうか、ペオニサは自分で決められるわ。あの子はあれで、しっかりしているのだから。リャリス、話してくれてありがとう。もう、1人で背負わなくていいのよ?」

「おば様……」

そっと肩を抱いてくれたシェラに、リャリスは縋って泣いた。


 あの、牡丹の精霊・ペオニサと雷帝・インファの告白劇のあと、ペオニサはフラフラ風の城を訪れるようになっていた。

リティルに「こっちでも小説書けるように、部屋作ってやるぜ?」と言われたが、だったらと、風の城に監禁されていたころ応接間に置いてもらっていた机を、再び出してもらったのだった。

「どうかな?」

緊張気味に、ペオニサは今日はソファーに座るインファの隣にいた。インファは渡された原稿に目を通していた。

「悪くはありませんが、少々濡れ場が過激ではありませんか?」

「そうかなぁ?ウィドはこれくらいやりそうだけどなぁ……じゃあさあ、こういうのは?」

ペオニサは万年筆を取ると、サラサラと即座に綴る。それを読んだインファは頷いた。

「いいですね。これならファフィーの痴態も生きます。しかし、よくここまで取材しましたね。もう何百年も前の事ですよ?」

インファが感心したように、再び原稿に目を落とした。これは、セリアに聞いた、インファとの馴れ初めを題材にした小説だった。インファに話すと快諾してくれたものの、レイシの過去とも結びついてしまうため、関わらせてほしいと言われ、度々伺いを立てているのだった。

「あっはは。歴史調査っていうの?こういうのは得意なんだ。過去になればなるほど燃えるんだよね。こっちの戦争部分なんだけど、こんな感じで大丈夫かな?事実と似通ってるとマズいんだけど」

「こちらはまったく問題ありませんよ。しかしファンタジーですか。『華嵐の約束』に続いて冒険しましたね」

「水鏡の泉をさ、そのまま描写したかったんだ。すげぇ綺麗だった。ルキルースって初めて行ったけど、他にもあんな場所あんの?」

「ルキルースは、あんな場所だらけですよ。行ってみますか?」

「え?いいの?あ、でも親父に怒られるかなぁ……。ルキルースに行くにはリティル様の許可がいるなんて知らなくて、あのあとめっちゃ怒られたんだよね」

「副官のオレが一緒ですよ?」

「ええ?デートしてくれんの?風の国の王子様が?」

「エスコートしますよ?ペオニサ王子」

「あ、オレも王子だった……。知ってた?親父、風の城の近くに城建てようとしてたこともあったんだよ?シェラ様が鏡を繋げてくれて、だから太陽の城の居候のままなんだ」

「ジュールは父さんの命の行方を、過剰に心配していますからね。オレも恩恵に与っています」

「あのさ、インファ、オレが実は、インファに取り入るように作られた精霊だって言ったら、どうする?」

インファは原稿を丁寧に机の上に置いてから、ペオニサを見た。

「構いませんよ?オレには拒否権があります。あなたと友人になろうとしたのは、オレの意志ですからね。それにペオニサ、あなたはオレに何回背を向けました?『華嵐の約束』の中でさえ、逃げたではありませんか。取り入るように作られたというなら、逃げる行動はあり得ませんよ」

何を言っているんですか?インファはまったく気にした様子なくフフと笑った。

「それにしても、あの終わりはありませんよ。あれでは父と息子、どちらが賭けに勝ったのかわかりません」

インファは不服そうにペオニサを見やった。

「あの小説が契約破棄より先に出版されたもので、すでにあなたの心は決まっていると思っていました。そう思って、ずっと読まなかったというのに、裏切られた気分でしたよ」

『華嵐の約束』の最後の場面は、旅行鞄を持った猛に、牡丹が駆け寄るシーンで終わっている。だが、賭けの結末については触れられていないのだ。

「2人が再会するということには変わりありませんが、父と息子、どちらが賭けに勝ったかで意味合いが違ってきます。牡丹は賭けの内容を知っていましたからね。父が勝った場合、牡丹は結婚を受け入れたということになりますが、猛が勝った場合、再会はするが結婚は嫌だという意思表示ととれます。牡丹の選択は、どちらなんですか?」

「読んだとおりだよ。決めかねて、どっちでも取れるように書いたんだ」

「今はどちらなんですか?」

「ええ?うーん……牡丹の性格なら、会うつもりがあるなら結婚するんじゃないかなぁ?両思いだし、障害もないわけで、猛が迎えにくるの待ってるような女の子じゃないしね」

「そうですか」

ペオニサは、隣のインファの気配が動いたのに反応したものの、避ける事はできるはずもなく、頭を捕らえられていた。

「――確かに、ウィドは過激かもしれませんね」

鼻が触れ合いそうなほど近くに、挑発するような瞳で笑うインファの顔があった。見開いたペオニサの額には、唇で触れられた感触が確かに残っていた。

「わああああ!?な、なんでえええええ!?」

2拍、3拍ほどおいて、叫んだペオニサをインファはアッサリ解放した。ペオニサはソファーの端まで逃げていた。

「賭けはオレの負けです。同性でも問題ありませんよね?額へのキスは、友愛です。それに、風の祝福といって、オレの加護がありますよ?」

「だ、だからって……オ、オレだよ?」

「ええ、オレの唯一の同性の友人のペオニサですね。ペオニサ、自然か不自然かは問題ではありませんよ。オレは、あなたと笑っていたいと思いました。それでいいではありませんか?それとも、嘘だったんですか?」

「嘘じゃないよ!そんなしょうもない嘘、つかないって!」

「フフ。では、なんの問題もありませんよ」

笑うインファを凝視したペオニサは呟いていた。

「何これ?めっちゃ幸せ。はっ!ゆ、夢!?」

ペオニサが「夢」と口にした瞬間、笑っていたインファの瞳が鋭くなった。そして、逃げる間もなく距離を詰められ、顎の下からツウッと指を這わされ、軽く顎を持ち上げられていた。

インファの射貫くような鋭く甘い瞳に見つめられ、ペオニサは金縛りにあったかのように動くことができなくなっていた。

「……夢だと思いますか?現実だとわかるように、もっと脳内に焼き付けてほしいんですか?」

もう焼き付きました。喰われそうな瞳で笑うインファに、心の中は全面降伏状態だった。

ここで反応できるだけ、ペオニサはインファに耐性がついたと言えるだろう。金縛りを自ら解いて、ペオニサはインファを押しやった。

「や、ごめんごめん!あんたも際どすぎだって!いい顔しすぎ!ふ、アッハハハハハ!イ、インファ拗ねるとか!なんでそんな可愛いの!?アッハハハハハ!すげぇ高度な切り返しいいい!またオレ騙されたあああ!」

素でしたが、何か?迫られて笑い出したペオニサにつられて、インファも声を上げて笑っていた。

「あなたも、いい顔をしていましたよ?フフフ、ハハハハ!」

2人涙を流すほど笑って、ペオニサは息を上げながら、同じような状態になっているインファを見た。

「インファ、オレ、この城に住みたいよ!どっか行っても、ここにただいまー!って帰ってきたい」

インファは、未だ大笑いの余韻の残る笑顔で頷いた。

「そうですか。歓迎しますよ?ペオニサ」

インファの答えに、ペオニサはホッとした様な顔で、心底嬉しそうに笑ったのだった。


ねえ、ペオニサ、あなたはどうしてまだここにいるの?インファに選ばれたのでしょう?だったら、風の城に、インファのそばにいなければダメでしょう?

あなたはね、お父様が、インファの補佐をする駒として作り出した、特別な精霊よ。

リフラクも同じだった。

リフラクが、あなたを執拗に殺そうとしたのは、あなたに、インファを取られそうになったからよ。可哀想なリフラク。選ばれたあなたが、さっさとインファのモノにならないから、あの人は壊れてしまったのよ!

勝ったのはオレだと、さっさと勝利宣言してくれれば、リフラクは壊れずにすんだのに!

 姉の、コスモスの精霊・チェリリにそうぶつけられて、ペオニサは悟った。

だから、インファにあんなに異常なまでに惹きつけられたんだ。と。

だから、リフラクが、恐ろしかったんだ。と。

やっと、インファと、本当に友達になれたと思った。遠慮して近づけなかった彼に、もう、遠慮なく近づいて笑ってもいいんだと許されたのに、すべては幻想だった。

幻想だったのだ!

……それを知っても、風の城に、インファの前に立つことを止められなかった。

「おはようございます、ペオニサ。続きは書けましたか?」

インファとセリアの馴れ初めを書いた物語『宝月戦記』。完成させるまでは、この心が偽物でも通わなければと思った。

今ここで行方をくらませば、不自然さにインファが草の根分けても捜してしまう。

今はまだダメだ。ダメだ――

「ペオニサ、インサーフローの作詞作曲はオレの担当でした」

唐突な告白だった。

あるグロウタースの大陸で、人間に身をやつして歌手をしていたインファとインジュ。ヴォーカルのインジュの明るく軽やかな声に似合う、恋愛大好きな彼にピッタリな恋愛歌。

そのすべてを、女嫌いのインファが書いただなんて、思わなかった。てっきり、ハッピーエンド大好きなインジュだと思い込んでいた。

「ですので、あながちオレとあなたは、正反対でもないんですよ?」

どうして急にそんなこと?と問うと彼は、困ったように笑った。

「オレのことを、知りたいんですよね?自分のことなど、自分から話したことなどないので、伝え方がわからないんですよ。あとは、なんですかね?未だに新曲を書いていますということですかね?」

あの幸せな歌の歌詞をインファが?インジュと知り合う前から、インサーフローの歌詞が好きだった。

歌を聴く、女の子達の恋する瞳が好きだった。あれを書き、霊力もなしに多くを魅了するインジュを、縁結びの力もないのに凄いなと思っていた。

小説を書き始めたのは、友達になったインジュがよく歌っていたからだ。オレにも、恋する瞳を、誰かにさせられるんじゃないか?させてみたいと思ったからだ。

インサーフローの歌詞が、目的のなかったペオニサに目的をくれたのだ。

ペオニサに生きる力をくれたのは、インサーフローの歌詞だったのだ。


どこまで、オレを魅了すれば気が済むの?離れらんないじゃないか!手放しがたいじゃないか!


もっと、インファと話がしたい。もっと一緒に、笑いたい。この想いすら、偽物なんだろうか?

 原稿を読むインファが、突然言った。

「ペオニサの文章、好きなんです。特に、口説く言葉が好きなんですよ。これは落ちますねと思うのが、気持ちいいんですよ」

小説だけは、インファと関係がない小説だけは偽りじゃないはずだ。賭けたいと思った。賭けさせてと思った。その場ではぶつけられずに飲み込んだ問いを、やっと言えたのは2日後だった。

「あのさ、インファ、オレが実は、インファに取り入るように作られた精霊だって言ったら、どうする?」

冗談か?と笑われる可能性もあった。そう言われて、冗談じゃない本当の事だと言う勇気はなかった。

しかしインファは、真面目に受け止めてくれた。

「構いませんよ?オレには拒否権があります。あなたと友人になろうとしたのは、オレの意志ですからね」

あなたの事情など関係ない。インファらしいわかりやすい回答だった。

それだけで十分だった。だがインファは、らしくない口づけまでくれて、あなたはオレの選んだ友人だと示してくれた。


ねえインファ、オレ、手放さなくてもいい?偽りだったとしても、あんたの友人ってこと、想い続けていいかなぁ?


「歓迎しますよ?ペオニサ」

ペオニサのホッとした笑みを見ながら、インファはヤレヤレと心の中でため息を付いていた。

オレはそんなに信用ないんですか?あなたと同じだというリフラクのことは、拒否させてもらいましたよ?インファが知ったのは、偶然だった。偶然、シェラとリャリスが話しているのを聞いたのだ。

そしてすぐに、裏を取るためにジュールを問いただしに行った。ペオニサは知らないと聞いていたのに、彼は知っていて、悩まなくていいのに、気に病んでしまった。

誰が、ペオニサを傷つけたんですか?報復してやろうかとも思ったが、ペオニサが「風の城に住みたい」と言い出して、ペオニサが、この、足を踏み入れたら決して出られない、絡め取るような執着をみせる風の王・リティルの城に自ら落ちてくるなら、まあいいかと、思った。一家になってしまえば、ペオニサはもう、逃げられないのだから。

彼を変態だと皆言うが、インファも、自分がまともだとはあまり思っていない。

家族を、仲間を傷つけられれば、すぐにこのイヌワシのかぎ爪にモノを言わせてしまうくらいには歪んでいる。

ペオニサの、インファの容姿が好きすぎて際どい言動を繰り返すことなど、可愛いモノだと思う。

「しかし、あなたは、後悔するかもしれませんね。オレはただ、綺麗なだけの男ではありませんよ?この城に住むということは、そんなオレを目の当たりにするということです」

狂っているのはオレだ。そう言ってみたが、ペオニサはキョトンとした。

「ええ?何それ格好いい。影の組織のボスみたい!ハードボイルド……ハードボイルドなインファ!すげぇ!見れんの?」

……なんですかこの反応?こんな面白い人、友人止めたくないのはオレの方ですよ

「見ても逃げないでくださいよ?逃げられたら凹みますから」

「逃げない逃げない!うっわ、すげぇ楽しみ!」

ウキウキワクワクしているペオニサを、インファは苦笑とともにホッとして見つめていたのだった。


 風の城唯一の、非戦闘員。牡丹の精霊・ペオニサ。

彼は、一家の誰が血まみれで担ぎ込まれても「おかえりー大丈夫ー?」と顔色1つ変えない男だ。

そして名物は、あの泣く子も黙る雷帝・インファの美貌を褒めちぎり、彼からもの凄い破壊力の笑顔を引き出すことだった。そんな夫の姿を見て、雷帝妃・セリアはウットリしているのだから、ペオニサを止める者は誰もいない。

彼がいると場が華やかに和み、風の城はますます精霊達にとって、相談しやすい開かれた城となったのだった。

ワイウイ18これにて閉幕です

楽しんでいただけたなら幸いです

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