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四章 君の 幸せを願う

 インファは、応接間のソファーで読書していた。

午後の日だまりで、昼寝にはもってこいだ。一緒に本を読んでいたインジュは早々にリタイヤしてリャリスの膝に頭を乗っけて寝ていた。

「自分がモデルの本を読むというのは、どんな気分だ?」

ソファーの1人席にいたラスが、ノインの問いかけに顔を上げた。

「ペオニサの目からは、こんなふうに見えてるんだって、なんだかこそばゆいかな?インファはどう?」

よほど集中していたのか、インファが顔を上げるのに少し間があった。

「そうですね……オレは、ここまで格好良くないと思いますよ?」

「あはは。この本に関しては、オレも同感かな?」

そう言って控えめに笑うラスが読んでいるのは『ハヤブサの恋』だ。

リティルを除く四天王が開店休業となった午後、おもむろに読書を始めたインファに習って、皆は読書を始めたのだが、ラスがその本を手に取った時、皆にやめておけと止められた。ラスは、この本のことはペオニサに確認されているため、主人公がどういう境遇なのか知っていた。気分が悪くなったら読むのをやめる条件で、今、読んでいるのだった。

「大丈夫か?思い出したのだが、その著作には、おまえの古傷を抉る描写があったと思うが」

ラスを気遣うノインが読んでいるのは、精霊の誰もモデルではない本だ。『スランバー』と表紙に題名が書かれ、棺桶の中で花に埋もれて眠る男性の正面の顔が半分だけ描かれていた。それをノインが選んだのは、あらかた読んでしまっていたからだ。

皆が手にしたのは、宝城十華の著作だった。

「大丈夫だよ。その部分もなんていうか、飛ばしては読めない感じなんだ。この、丹治なんだけど、ペオニサだと思う?」

「そうだと思いますよぉ?隼人の幸せを願いながら、自制がまったく効かないところがポイですよねぇ」

答えたのはインジュだった。眠そうに欠伸をしながら、リャリスの膝から体を起こしていた。

「あら、読みましたの?」

「読書しないボクの耳にも入るくらい、人気だったんで。同性愛って初めて読みましたぁ。お父さん、その本の結末、どうなってますぅ?」

「気が早いですね。さすがにまだ読み切れませんよ」

「前半は、猛と牡丹のイチャイチャじゃないですかぁ。問題なのは、賭け以降ですよぉ?」

「インジュ、オレはペオニサの決断を知りたいわけではありませんよ?」

インファが手にしているのは、1ヶ月前グロウタースで発売された、宝城十華の新刊『華嵐の約束』だ。インファは、発売初日には間に合わなかったものの、1週間後には現地で調達してきた。だが、今まで、最終章を読んではいなかったのだった。

「そんなこと言って、1ヶ月も前に買った本を、お父さんが未だに読み切ってないなんてあり得ないじゃないですかぁ。それを今読んでるのって、結末を知りたいからじゃないんです?」

「そういうあなたは読んだんですか?この本が城にあることを、知っていましたよね?」

「読んでません」

インジュは清々しいほどキッパリと言い切った。

「だって、お父さん差し置いて読めないですよぉ!ペオニサ、ホントに頑張ってたんですよぉ?契約破棄!破棄できたの、本の発売後ですよぉ?本と同じ行動なのか気になるじゃないですかぁ!で、どうなんです?」

「牡丹は、猛の前に姿を現さないと思いますよ」

インファは、半分ほど読み進めた本を閉じた。栞を挟まなかった。本を置いてしまったインファの姿に、インジュは突きすぎたと失敗を感じた。

ペオニサは、傷を癒やされ太陽の城に戻った後、契約破棄に向けて即動き出した。それに付き合ったのは、インジュとラス、そしてリャリスだった。その期間は約1年にも及んだが、現在ペオニサは見事契約破棄している。インジュは「これで、気兼ねなくインファに会えるね!」と言って晴れ晴れと笑ったペオニサが、いなくなるとは思わなかった。

そんな素振りはなかったと確信しているだけに、彼の想いが未だにわからない。その答えが、この『華嵐の約束』の中にあるのではないか。と、思っている。

この本が発売されたのは、契約破棄の1ヶ月前だ。ペオニサは、契約破棄したその後の行動をすでに決めていたと考えるのが普通だ。そして、この本を、インファがすでに読んでいると思っていることだろう。

「この本には、本当に丁寧に牡丹の心境が綴られています。宝城十華にしては、少々感情的に感じるほどです。ここまで読んだ感想を言えば、牡丹は、本当に猛を想っています。軽薄で阿婆擦れな発言を繰り返し、猛を牽制しながら、募っていく想いに抗う姿がとてもいじらしいですね」

インファは本の背表紙を撫でた。背表紙に描かれていたのは、男女の手だった。

互いに差し伸べられているのに、触れ合わない指先。繋ぐ前のその瞬間なのか、互いに触れることを躊躇ったのか、あるいは離れた瞬間なのか、どうとでもとれる手だった。

「牡丹の想いは一貫しています。彼女は、猛の幸せだけを願っているんです。牡丹から、「あなたの幸せを願っている」というような決定的な言葉はありませんが、それを端々に感じます。これが、ペオニサの想いなのだとすれば、彼はオレのそばにいることが、オレの幸せではないと、そう思っているということです。彼はまだ、何かを隠しているんですか?」

「経験なし以外です?うーん……心当たりありますぅ?」

インジュはラスに助けを求めたが、ラスは首を横に振った。

「インファ、そこまで読み込んでいるなら、最後まで読むべきじゃないのか?ペオニサは、姿をくらましてから出版してもいいのに、契約破棄ができていない間に本を出版した。読んでほしかったんじゃないのか?隠している事というか、ペオニサに伝えてないことがあるのは、インファの方だと思うんだけど?」

ラスはジッと、インファの瞳を見つめた。しかしインファは、心当たりがなさそうだった。

「あなたの悪いところは、その自己完結で終わってしまうところだ。ペオニサは、書きかけの原稿を読まれて、今度こそ嫌われたと思っているよ?女性経験のないことを知られていることすら知らない。ここまで内面を書ける人だ。インファの性格を見誤るとは思えない」

『ああ、楽しい。この想いは麻薬だ。受け入れられてはいけないのに、もう少し、もう少しだけと近づく足が止められない。猛にさせている誤解だけが、この関係の最後の砦だ。そんなところまで来ているというのに、引き返せない。彼等の目に、猛が映ってしまうことだけは阻止したいのに、この、猛といられる時間を手放せない――』

本の中の牡丹の心境を綴った一節が、インファの脳裏に蘇った。

「オレが動くべきだと言うんですか?」

「ペオニサは壊したくないんだ。あんたと友達だった思い出を終わらせたくないんだ。ここにいたとき、続きが書けないと言ってた。それはたぶん、幸せな結末を思い描けなかったからじゃないのか?宝城十華は、常にハッピーエンドなんだろう?幸せの形を見いだしたから、書ききったんなら知るべきじゃないのか?どうするかは、その後決めたらいいよ」

読み切らないインファも怖いのかと、ラスは見抜いていた。だが、この本で自身の思いを告げてしまったとするなら、もうこれ以上ペオニサは動けない。彼がしている誤解を、ラスやインジュが解くのも違う気がする。

契約のせいで会うことができなかったペオニサからのメッセージを、インファは受け取るべきだと思う。

 インファは小さくため息を付いた。

「わかりました。しかし、なかなか苦行なんですよ?この小説は男女の恋愛です。額面通り受け取ると、妙な気分になってきてしまうんですよ。純愛なのが救いですかね」

「端から見ていても、ペオニサは際どい男だったからな。あれで下心が皆無だというのだからな」

本から顔を上げたノインが苦笑した。

「あれをそばに置きたいのか?インファ」

ズバリ問うノインに、インファは苦笑した。

「そうですね。向き合う度、口説かれている気分になりましたね。互いに誤解の解けたその後、彼の言動に付き合うのは厳しいですね」

誰も擁護できなかった。困ったように苦笑するインファは、膝に置いた本に手を置いた。そして、視線をその本へ落とした。

「しかし、ペオニサの繰り返す「綺麗だね」という言葉に、救われていました。オレは、自分の容姿が好きではありません。それを褒められる度、複雑ではあったんです。それがいつしか、癒しになっていました。彼には、オレが、歯の浮くようなセリフを吐くのは不自然だと言われましたが、オレもまた、恋愛歌の作詞をします。まったく違う人種でもないんです」

「ああ、知らないかもですねぇ。インサーフローの作詞作曲してたの、お父さんだってこと。書いたのボクだと思ってるかもです」

近づかないようにしていたペオニサは、実はインファの事を殆ど知らないのだ。

「どこに、行ったんですかねぇ」

ペオニサがフラリとどこかに行くことなど、実はしょっちゅうだ。グロウタースへも頻繁に出入りしている。今回もそれだと思いたいが、契約破棄した直後だったために、インファから逃げたと皆が思ってしまっていたのだった。


 イリヨナは、ケルゥに付き添われて太陽の城のサロンに来ていた。

ラスが一緒に行こうか?と言ってくれたのだが、ラスはこれまでイリヨナを巡ってレイシとぶつかっている。これ以上、ラスに迷惑はかけたくなかった。太陽の城のサロンは、籐の1人掛けと2人掛けの椅子が、たくさんあるテーブルの周りに所狭しと置かれた、グロウタースのカフェを思わせるような部屋だった。

「おめぇよぉ、眩しくないんかぁ?」

「は、はい?……いいえ、真っ白なのは見慣れないけれど、眩しくはありませんのよ」

緊張していたイリヨナは、ケルゥの問いかけに一瞬返答に詰まってしまった。

ケルゥとは殆ど面識がない。姉のカルシエーナの夫ということ以外、彼のことはまるでしらなかった。再生の力を司る、白銀髪の大男。凶悪なその人相とは裏腹に、気遣う言葉しかこれまでかけられていなかった。

ケルディアスと本名を呼んだら、ケルゥでいいと愛称で呼べと言ってくれた。ラスがよろしくとイリヨナを託したということは、イリヨナにとって害のない相手だということだが、内心複雑だろうなと恐縮してしまう。

「根性あるよなぁ」

「はい?」

「だってよぉ、そうだろう?おめぇに剣を向けた相手に、会いに来るだなんてよぉ。怖くないんかぁ?」

剣を向けた相手……憎しみに染まったレイシの瞳が忘れられない。イリヨナは、俯いた。

「怖いですの。でも、伝えなければならないことがあるのですの。伝えなければ私、先へは進めないのですの!」

「やっぱ、根性あるなぁ。リティルの娘だなぁ」

「そ、そうですか?そう見えるとしたら、嬉しいですの!」

イリヨナは心のままにコロコロと笑った。その笑顔に、ケルゥも笑った。凶悪に。

「兄ちゃんがなぁ、ああ、兄ちゃんってのはインファなぁ。そのインファがなぁ、おめぇのこと可愛い可愛いってなぁ、言ってやがったんだよなぁ。理解したぜぇ?」

「え?インファ兄様が?」

「ついでになぁ、ラスも虐めるヤツは殺すって言ってやがったなぁ」

「ええ?ラスが!ですの!?」

「正確にはなぁ、ジャックのヤツだなぁ。あの殺人鬼を味方につけるたぁ、とんでもねぇ悪女だなぁってなぁ、思ってたんだけどよぉ、理解したぜぇ?」

ケルゥは、楽しそうに凶悪な顔で笑っていた。

「そういやぁ、おめぇ、ペオニサのヤツと仲よかったよなぁ?どこ行ったか、知らねぇかぁ?」

「ペオニサ?いないのですの?そういえば、最近見ていませんの。少し前に、契約破棄できたと、気持ち悪いくらいはしゃいでいましたのに。兄様に会いに行きませんでしたの?」

そういえば、あれから来ていない。インファと仲直りしたのなら、また気持ち悪いくらいはしゃいで訪ねてきそうなものなのに。

「来てねぇってよぉ。兄ちゃんが落ち込んでるんだよなぁ」

「えっ!…………まさか、賭けが原因なのでは……?」

「ああん?賭けぇ?」

「父様と兄様がした賭けですの!ペオニサが契約破棄して兄様に会いに来るかどうか賭けたのですの!」

イリヨナは興奮気味に、ケルゥに賭けの内容を話していた。リティルの言い出した事を聞いたとき、ケルゥは複雑そうな顔をした。

「あいつ、言動はイカレてやがったが、まともだったんだなぁ。今会いに行ったら、兄ちゃんからキスされるってんで逃げやがったのかぁ?」

「そうとしか考えられませんの!ペオニサは、本当に兄様に何も求めてなかったんですもの」

そうとしか考えられない。あの時のペオニサは、すぐにでも風の城に行きそうな勢いだったのだから。

「どう見ても、口説いてやがったけどなぁ……」

「挨拶ですの!」

「綺麗だねがよぉ、挨拶かぁ?」

「そうですの!年齢指定臭はしかたないのですの!」

「ああ、官能小説家だったなぁ。ラスの事もよぉ、落としやがるしよぉ、風の精霊ってヤツはよぉ、病んでるなぁ」

「ペオニサのあれは、兄様限定ですの。ラスやインジュにはまともですの!でも、いないのですの……」

いったい、どこへ?とイリヨナがペオニサの身を案じ始めた頃、サロンの出入り口である、磨りガラスのはまった扉が開かれた。

「やあ、待たせてすまないな。翳りの女帝」

姿を現したのは、花の王・ジュールだった。

「ジュール、あの、ペオニサがいないというのは本当ですの?」

ガタンッと立ち上がってしまったイリヨナの様子と言葉に、ジュールは一瞬笑いを収めたが、すぐに苦笑した。

「ああ、あのバカは今城にはおらんな」

「何か、あったのですの?」

「気にするな。あいつを変えることは、誰にもできん。ただ少し、時期が悪かったようだな。イリヨナ、わたしに用事ではないだろう?」

そう言ってジュールは、体をずらした。彼の後ろに立っていたのは、ふてくされたように俯いたレイシだった。

 ズキッと胸が痛んで、イリヨナの心臓はドキドキと鼓動を打ち始めた。それでも、イリヨナはギュッと唇を引き結ぶと、レイシを真っ直ぐに見つめて、数歩歩みを進めた。

「お久しぶりですの。レイシ兄様」

レイシは答えなかった。ジュールは聞こえるように大きなため息を付いた。

顔すら見てくれない兄の態度に怯みそうになって、イリヨナは心の中でペオニサの言葉を反芻していた。

――嫌われたままでもいい覚悟。好きだって意思表示した上で、自分からは関わらないんだ。嫌われてる相手に、こっちからは何も求めちゃいけないからね

ペオニサの明るい笑顔の下に隠れた苦悩。逃げ足は速いとのたまう彼は、決して逃げない人だ。そして、とても優しい。

アシュデルがいなくなってしまって、落ち込んでいるじゃないかと様子を見に来てくれた。自分も、何も告げられずに去られたのに、感情に蓋をして慰めてくれた。

逃げない。

ペオニサに、これからも構ってもらえる自分でいるために!

「私、レイシ兄様が好きですの!今日はそれを伝えにきましたの」

レイシが、ゆっくりと顔を上げた。そして、視線が交わった。

「嫌いになど、なれませんの。だから私、金輪際レイシ兄様には関わりません!」

言い切ったイリヨナは、言い切った!とフウと息を吐いた。そして、沈黙と視線のすべてを独占していることに気がついて途端にアタフタしだした。

「と、ととということですの。ご、ごごごごきげんよう!」

レイシが声をかける間もなく、イリヨナは魔導具・ナーガニアの鏡でゲートを開き、鏡をすぐさまケルゥに託すと逃げて行ってしまった。

「……フフ。ペオニサの入れ知恵か。レイシ、おまえの嫌いな2人に、救われたな」

呆気にとられていたジュールは我に返り、意表を突かれたと笑った。

「はあ……ペオニサかぁ。あいつにちょっかいかけたら、兄ちゃんに怒られっかなぁ」

「なんだ、ケルゥ、あのバカに興味があるのか?」

「そりゃぁよぉ。こんだけ風の城に影響及ぼしてんだぜぇ?仲間によぉ、引き込みたくなるぜぇ?セリアも居候候補だってよぉ、言ってやがったしよぉ」

ケルゥの言葉にも、レイシは何も言わなかった。

「魔物狩りでは役立たずだが、ほしいならくれてやるぞ?」

「役に立つよ」

呟くような声だった。ジュールとケルゥの視線を感じ、レイシは睨むように顔を上げた。

「役に立つよ!あいつ、オレより強いじゃないか」

「そう思っているのなら、まだまだだな。あいつは実践には向かん。もっとも、城の住人にしたとして、ペオニサが望んだとしても、リティルとインファが魔物を狩らせはせん。愛を歌う吟遊詩人にでもしておくさ。あいつの居候先は闇の城を候補に挙げていたのだが、インファが望むなら風の城でもいい」

「なんで、あいつを追い出すの?」

レイシの問いにジュールは答えた。

「追い出すのではない。ここから解き放った方が、ペオニサのためになる。この際だ。おまえとペオニサ、トレードするか?」

意地悪だなぁ。ケルゥは魔王の様な有無を言わせない笑顔を浮かべるジュールの様子にそう思ったが、それもありだなと思った。リティルは本当に寛大だ。これからも、敵対した者を救うために城に住まわせるだろう。そのたびに、感情を従わせられないなら、風の城にいる資格はない。冷静に意見することと、感情任せにモノをいうことはまったく違う。

「そんときゃ、オレ様とカルシエーナも頼むぜぇ?」

「いいのか?カルシエーナはわたしを心底恐れているぞ?」

フフフと、ジュールは不穏な笑みを浮かべた。風の王の力を失っても、賢魔王の異名は未だ健在だ。インファの決定を無視して風の城に戻ろうとしたカルシエーナを、ジュールは容赦なく蹂躙してしまった。ペオニサに被害が及びそうだったことにも原因はあるのだろうが、それはそれは鮮やかだった。

「それくらいがいいのよぉ。おめぇが引き受けてくれねぇなら、ラスがカルシエーナを手懐けるしかなくなっちまうんだぁ。あいつは影に紛れる小者でいてぇのよぉ」

「執事とは、従業員の頭だろう?職務怠慢ではないのか?ん?」

「あいつに引き金は引かせたくねぇ。なあ、本当にペオニサくれるんかぁ?」

「わたしに二言はない。あいつがこれ以上傷つかない場所へ、連れていってやりたいのだ」

「あんたもよぉ、父親なんだなぁ?」

ケルゥの言葉に、ジュールは自嘲気味に微笑んだ。

「リフラクとペオニサは、実験体だ。一方は壊れ、一方は生き残ったな」

「実験体?なんだって?」

衝撃的な言葉だ。リフラクもペオニサも、ジュールの血を分けた子供なのだから。

「わたしは花の王の証を奪い取った時、力を失った。リティルを助ける為、インファの眼鏡にかなう子を産み出そうとしたのだ。リフラクは順調だった。だが、ペオニサは……基準を満たさず候補から早々に外した」

「魔王だなぁ……おめぇの危機感はわかるけどよぉ、リティルは望まないぜぇ?」

「わかっているさ。これでも子供達は可愛いのだ。説得力はないがな!」

ジュールが子供達に愛情を傾けているのは知っている。だが、リフラクとペオニサがそんな運命の星の下産み出された子供だったとは、気がつかなかった。さすがに、リティルもインファも気がつかないだろう。

「あいつはそれ、知ってんの?」

問うたのはレイシだった。

「このわたしが、知られるようなマネをすると思うのか?もっとも、知ったところでペオニサは気にしないだろう。あいつの頭の中は小説のことばかりだからな」

「ジュールよぉ、決定権はペオニサにあるんだろうなぁ?」

「もちろんだ。あいつがここを住処と定めるなら、それでいい」

ジュールでも、子供同士が殺し合ったことは想定外だったようだ。生き残ったペオニサの、平穏を願うジュールが、ケルゥには儚く見えた。

 後日、ジュールがレイシと破壊と再生の3人とペオニサをトレードしようとしていることを聞きつけたラスが、太陽の城に妻のエーリュを伴って乗り込んできた。

「ジュール、レイシと破壊と再生は、風の城の主力だ。それを戦えないペオニサとトレードするなんて了承できないよ」

「けどよぉ、ラス」

苦言を呈そうとしたケルゥを遮ってラスは言った。

「オレを侮ってるって聞いた。じゃあ、ここでオレに倒されてもらう」

「できると思ってるの?」

閉じ込められ、風の城に帰れないことで鬱憤の溜まっていたカルシエーナは、ケルゥの制止も聞かずにラスに対してしまった。レイシはラスと争う気はなかったが、やらざるを得ない羽目になってしまい、ケルゥに「すまねぇ」と謝られた。

「ラスとわたしは一心同体よ。この人に手を出すならわたしも黙ってられないわ」

歌の精霊・エーリュ。彼女の殺戮形態であるファントム・オブ・オペラは、彼女自身攻撃も防御もできなくなる代わりに、その歌声の聞こえる範囲にいる者すべてから力を奪い取る。

夫のラスの危機に限定で変身できる彼女は、カルシエーナの殺気に惜しげもなく変身してみせた。それからは一方的だった。赤いドレスの歌姫を守るラスは、どこにそんな力を隠し持っていたのかわからないくらい鉄壁に、破壊故に傷を負わない最上級精霊のカルシエーナと戦闘能力に申し分のないレイシからエーリュを守り切り、霊力を極限まで奪って勝敗は決したのだった。

ラスは、歩くこともままならないレイシとカルシエーナを風の城へ連れ帰りながら、振り向いた。

「ジュール、ペオニサは自由な人だ。縛っちゃいけないよ?」

「縛るつもりはない。あのバカが望むならくれてやると言っただけだ」

「そうか。安心した。それで、ペオニサはいつ帰ってくるんだ?」

「さあな。あいつは自由な蝶だ。そのうちヒョッコリ帰ってくるだろうさ」

ジュールの言葉に、ラスはジッと前髪に隠れていない右目で見つめてきた。

「隠してはいないぞ?あいつの居場所か。それならば、心当たりがないこともない」

ジュールはある場所の名を、口にした。


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