序章 華嵐の約束
ワイウイ18開幕です
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序章 華嵐の約束
秋の深まった都の本屋の店頭に、ある本が平積みされて売り出されていた。
金色の長い髪を、肩甲骨のあたりで緩く三つ編みに結った、見目麗しい青年が、迷わずその本を手に取る。
彼の後ろで、2人の少女が談笑しながら通りがかった。ふと、少女の1人が足を止める。彼女は、店先に張られたポスターを指さした。そのポスターには、青年が手に取った本の表紙が印刷されている。
「読んだ?宝城十華の新刊」
「ええ?あの人、官能小説家でしょう?そういうのは、わたしちょっと……ちょっと待てば縦羽三色で出ない?それ待つわ」
「そうだけど、今回のはそういうの抜きなの!純愛よ?純愛!話題になってるんだから!」
「へえ。それで、読んだの?」
「読んだ読んだ!凄く気になる終わりだった……猛と牡丹が――」
「待って!言っちゃダメ!読むから!貸してよ」
「うん!」
少女達は、足早に去って行った。
青年が顔を上げると、目線にポスターが張られている。
ポスターには、茶色の髪に、牡丹の花の髪飾りを飾った、斜め上の空を、明るい微笑みを浮かべて見上げる女性の横顔と、黒髪で、切れ長な瞳に優しい微笑みを浮かべ、斜め下を見つめる青年の横顔が背中合わせに描かれていた。
そして、真ん中に本の題名である『華嵐の約束』と書かれ、左下の端に、作者の名、宝城十華と記されていた。
『宝城十華』は、官能小説家だ。だが、年齢指定箇所を抜いた本を書いてほしいという要望があり『縦羽三色』の別名で書き直し、副題を付けた本を別に出していたりする。
本を買った青年は、公園のベンチに腰を下ろすと、本を開いた。
落ちてくる楓の大きな葉が、季節を冬へ変えていこうとしていることを告げていた。まだ、太陽は熱を地上に届け、こうやって座っていても寒くはなかった。むしろ、少しヒンヤリとした風が気持ちいい。
青年は本を、何かを探すように読み飛ばしていたが、あるページで手を止めた。
『――牡丹は、心にもないことをぶつけていた。しかし猛は、優しさすら感じる微笑みを浮かべただけだった。
終わらせたかった。不相応な関係を終わらせて、彼がこれ以上被害に遭わないようにしたかった。猛が、静かに口を開いた。
「わかりました。あなたに関わるのはこれっきりにします。ですが、そんな最低なあなたに代わり、あなたに害なす人々のことを引き受けましょう」
「え?」
牡丹は絶句した。その人達が、猛に手を出さないように身を引こうとしたというのに、それでは本末転倒だった。
「待って!いけないわ。そんなことをしては、あなたに、傷がついてしまう!」
「構いません。あなたがそれで、生きていけるのならば」
それが、猛と牡丹の交わした、最後の会話となった』
再びページを飛ばす。
『――牡丹は知ってしまった。猛と彼の父が交わした賭けを。
「行けるわけない。行けるわけがないわ、猛」
牡丹に降りかかった脅威のすべてを、猛は取り去ってくれた。しかし、ただ守られただけの牡丹には、猛の前に姿を現す資格はなかった。猛ももう、牡丹のことなど忘れていると思っていた。しかし、そうではないのだと知ってしまった。
――父は、息子に賭けを持ちかけた。
「牡丹はおまえの前に再び姿を現す。わたしが勝ったら、今度こそ、あの娘を娶ってやれ」
「了解しました。しかしオレが勝ったら、この家を出ることを許してもらいます」
父は満足そうに笑った。彼は知っていたのだ。この賭けがどちらに転んでも、牡丹が、息子から逃れることはできないということを』
青年はそこまで読んで、顔を上げた。
「困りましたね。賭けは無期限なんですよ。オレはいつ、1ヶ月休暇をもらえるんですかね?」
青年は、独りごちると、温かく微笑んだ。そして、ベンチから腰を上げる。
「牡丹は息子から逃れることはできない。ですか。それがあなたの想いなら、答えてもいいんですよ?ペオニサ」
あなたの書いた結末は気になりますが、オレはそこまで踊る気はありません。青年はフフと楽しそうに微笑むと、本を片手に歩き始めた。