伊藤咲奈 二十⚫︎歳 続
「んー、んー、んー。今日はいい天気ですねー。それに雲もなく、日差しはぽかぽか。風も穏やかで空気が澄んでます。いやはや、絶好の《《戦争日和》》ですねぇ」
少女は笑う。
周囲には無数の死体。
ちぎれた魔獣と血に塗れた鬼の戦士が転がっている。
七年。
少女にとってはそれなりに長い期間共に生きた存在たちは物言わぬ屍となっている。見慣れた光景の一つだったが、それでも七年と言う時間は長かった。
少女はとても高揚している。
こんなふざけた真似をしでかしてくれた存在を何があっても殺してやりたい。
どんな手段を以てしても、この報いを受けさせなければならない。
そんなことを考えること自体が、彼女にとってはとても大切なことだったのだ。
「何の真似だ」
目の前に対峙する男は言葉とは裏腹に、至極つまらなそうなものを見るような目で少女を見ていた。
大きな男だった。黒髪と黒い瞳。顔の作りや肌の色は少女と同じ人種であることを明確に示している。ただ違うのは肉体の作りだ。明らかに発達した筋肉が服の上からも見てとれる。
腕を組んで立つ姿に隙はなく、少女の目から見ても明らかな力量差を感じていた。
然に非ず。
この男は少女の属する組織においても上位にいる存在なのだ。
「それはこちらの台詞ですよ。ここは私の管轄です。今更出張ってくるなんてらしくないんじゃないですか?」
「お上の命令だよ。たまには様子を見てこいって言われてなな。お前、あの小僧を随分と買っているみたいじゃないか」
「ああ、相変わらず覗き見してたんですね。そういうところだと思いますよ?」
「しょうがねえだろ。そういうスキルなんだからよ」
少女の言葉に男は律儀に答えている。
本来ならば対話をするような男ではなかった。少女の言葉を聞く前に殴りかかってきて、そのまま暴れ回っているはずである。
そうしないのはなぜだろう。
少女はそんな疑問を抱いたが、それを聞いたところでこの男は答えないはずだ。あるいは、はぐらかすだろうか。
ああ、とそこで気づいた。
時間稼ぎのつもりなんだな、と。
「百目鬼さん、何人で来たんですか?」
「さてな。聞かれたからって答える義務はねえだろ? ただまぁ」
風切り音。
背後で生じた違和感に、少女は咄嗟に一歩飛び退いた。
「おれはお前さんを侮るつもりはねえんだ。ここで死んどけよ、お姫様」
衝撃。
少女のすぐ傍で巨大な槌が大地をうがった。
木製のそれは少女も過去に見た覚えがあり、おそらくは十年ぶりの再会であることを理解した。
「あれま、相変わらず勘の良さはかわらねえなぁ」
「又木さんは詰めが甘いんですよ」
「かかか。そこがおれのいいとこなんじゃねえか」
陽気な中年男。
少女が出会った頃から変わらない優男そのものの雰囲気を漂わせながら、巨大な槌を自在に振り回す。黒髪、黒目。こちらの男も当然よく知っている。
組織においても上位。
そんな存在がこの場に二人いる時点で少女は思った以上に追い詰められていることを知った。
と、同時に。
「おっと、危ない」
もう一人。
この場にはいないが自分の命を狙う存在がいることを確信した。
体勢をわずかに逸らすことで迫り来る悪意を交わした。
超長距離射撃。
無音の魔弾が大地を穿つ。手のひらで塞げそうなほど小さな円形の穴。それが遥か地下深くまで続いていることを少女は知っていた。
「鷹村さんもいるんですね。相変わらず容赦のない人」
「ちっ、なんでわかんだよ」
「二回目ですから、これ」
「ん? 訓練の時のことを言ってんのか? なら、実戦とは違うぜ」
少女は構えた。
油断も慢心もできるはずがない。ここから先は闘争に命を賭さねば少女とて無惨に殺される。
いやはや、柄にもなく村を守ろうかと思ったがどうにも思い通りにいかないらしいと少女は悟る。
この三人で手一杯。
けれど、おそらくは他にも大和の人間がこちらにきているはずだ。
「ま、おれら三人でもお前さんには返り討ちに遭っちまうのはわかってるが」
「それ以上の人たちが来ているんでしょ? 集落の方へ向かったんですか?」
「…まぁな。なんだよ、本当に察しが良すぎねえか? それともおれたちが捨て駒になるようなやつだって思ってたか?」
「いいえ。みなさんは強いですよ? 別に徒党を組む必要もないくらい」
でもね、と少女は言葉を続けた。
「これは二回目なんです。だから、大丈夫なんですよ」
そう言って、少女は──伊藤咲奈は前回とは違う一歩を踏み出した。
今度こそ、無傷で彼らを突破するために。
そうでなければ、前回と同様に全滅してしまうから。
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