試練:過酷編
「だめだっ! 血が止まらねえっ!」
叫ぶ。
懸命に声を張り上げて必死で助けを求めた。薄暗闇中、傷口を抑えた手から赤い液体がどくどく溢れ出て止まらない。
何が起きたのか。
パニックになる思考を懸命に押さえつけ、周囲にいるはずの仲間にまた声を張り上げる。
「頼む! おれじゃ治せねえっ! 誰か、治療できるやつはいねえのかっ! このままじゃ」
「ミァハさんが死んじまうっ!」
叫んでいる間も傷口から血が止まらない。
薄暗闇の中だったため、ミァハさんの顔色はよくわからなかったが生気がどんどん薄れているのだけはわかった。意識はとうの昔に失っている。せめて目を覚ますよう呼びかけていたが、それも無駄だと悟ったのだ。このままでは、絶対にミァハさんは目を覚さない。
何が起きたのか。
ほんの一瞬の出来事だった。
おれたち全員が迷宮に入った瞬間に床が抜けたのである。
まるでコメディだ。
一瞬の暗転の後、気が付けば周囲には無数の魔獣がいた。薄暗闇の中、相手の影も形もよくわからないうちに襲われ、全力で抵抗したのである。結果は散々だった。
負傷したミァハさんが奮闘し、一箇所に集まることに成功はしたがそのままミァハさんは意識を失った。
周囲では魔獣の断末魔が響き、発動した魔法の騒音が轟いてる。
それでも、魔獣の数が多過ぎる。全員が全員、自分自身で手一杯で助けに入ることもできやしない。
結果、こうしておれがミァハさんの治療にあたることになってしまったのだ。
「…ダメっ! 数が多すぎるっ! 少しでも減らさないとっ!」
悲鳴のような叫びはイナンナさんだ。
暗くてよく見えないが無事なのはわかる。それでも無数の魔獣に襲われているのか、時折、鉄と鉄がぶつかるような甲高い音が聞こえる。
姉二人とアスラは無事だろうか。
感覚を研ぎ澄まし、安否を確認する。
全員無事だ。
融資スキルの応用である。
債務者の現況に関しては意識すればすぐにでも把握できるのだ。
「愚弟っ! とにかく身を隠せ!」
ジーナ姉の声。
三、いや、五匹の魔獣を相手取っている。魔力の残量自体にはまだ余裕はあったが、周囲の状況から極度の緊張状態に陥っているのがわかる。イーナ姉もアスラも同じだ。驚異的なのは全員が複数の魔獣を相手取っていても負傷もなく、魔力の残量も十分に残していることだろう。
これなら、彼女たちはまだまだ余裕がある。むしろ、危ないのはおれとミァハさんだ。こうしている間も、ミァハさんの出血は止まることがなかった。
「くそっ! ちくしょうっ!」
魔法が使えないことが恨めしい。ジンキで肉体の強化はしていても、この状況ではなんの役にも立たない。せいぜい遅いくる魔獣を追い払うか、壁になるかだ。それはあくまで最終手段であり、今すべきことはミァハさんの血をどうにか止めること。それだけを自分に言い聞かせ、冷静な思考を取り戻すことだけを考える。
だめだ、どうしたっておれにはミァハさんを救う事は出来ない。
その結論だけが自分の頭の中で何度も突きつけられた。
「…あ」
「! しっかりしてくださいっ!」
わずかに、瞼が開いた。
ミァハさんは掠れるような声を発したかと思うと、何度も咳き込んだ。その咳には当然血が混じっている。至近距離にいたおれには吹きかかったが、そんなことを怯んでいる場合じゃなかった。
「意識を保って! 大丈夫っ! 近くの魔獣を掃討したらすぐに治療しますからっ!」
「…げて」
掠れた声で聞こえなかった。
傷口に当てている布をもう一枚足して押し付ける。苦しげに眉根を寄せたが、死なれるよりは何倍もマシだ。そう思っていたが、
「に、げて。…わたしは、置いて、行きなさい」
そんな言葉を吐かれる方が何倍も辛いと思い知る。
できるわけがない。
七歳児になんてことを言うんだ、この大人は。
頭の中でミァハさんを否定する言葉が無数に現れたが口から出すことができなかった。
なぜなら、それが最善だとはわかっていたからだ。
これは試練だ。
生き残ればいいだけの試練。
そのためにはやらなければならないことは無数にあるのである。
目の前の選択だって、その一つでしかない。
「ふざけんなっ! わけわかんねーっつーのっ!」
頭の中に浮かんだ言葉を打ち消すために、叫んだ。けれど、目の前で弱っていくミァハさんを見て、おれは決断しなければならないと現実を突きつけられている。
本当に、何がどうなっているのかがわからなった。
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