試練 八
イナンナさんの言葉に嘘はなかった。
森の入り口から迷宮へ至る道中、そこかしこに気を失った戦士候補生の姿があったのだ。不思議だったのは誰一人目を覚さないこと。万が一を考えジーナ姉の魔法を使って拘束しようと提案したが、
「…大丈夫。あと一週間は目を覚さない」
とか怖いことを言われた。
いや、一週間寝たきりだと魔獣どころか普通の獣から襲われるかもしれないんじゃないだろうか。そんな心配をしたが、よくよく考えてみれば大人達も動員されているんだから大丈夫かと自分を納得させる。
結局、迷宮の入り口までまたもやすんなりとくることができた。
「魔獣の一匹いませんでしたね」
「そうね。イナンナ、あなたがやったの?」
「…ううん。私は戦士候補生だけ狙ったから。そもそも、魔獣の気配自体なかった」
魔獣の気配がない?
その事実に驚愕すると同時に大人達の偉大さを思い知る。どうやら、今日のために魔獣の間引きをしたようだ。
いつの間にと思ったが、父親の理不尽な強さや長老の存在を抜きにしてもこの村の大人達は大分やばい方の存在であることは間違いない。魔力の練り方、魔法の使い方、そして体捌き。どれをとっても今の自分では勝ち目はないことをわからされるくらいなんだから。アスラと協力して、ようやく大人達に立ち向かえるかのレベルなのである。
ここ数週間の修行を経て、実力差がある程度わかるようになった。
「とにかく、迷宮に入りましょうか。確か、迷宮に入る前に戦士の人がいるという話だったんだけれど、いないわね」
そんなこと聞いてないんだけれど、と改めて自分たちの情報収集力のなさを思い知る。というか、戦士候補生だけ優遇されすぎじゃないだろうか。長老もルール説明くらいしてくれればいいのに。もしかすると戦士候補生たちは迷宮内部の魔獣や罠も知っているのかもしれない。いや、というか、伊藤咲奈と一緒に実習をしていたのだから知っていて当然か。
改めて、姉二人とミァハさん、イナンナさんと同行できてよかったと思った。
「ここだ」
周辺に視線を向けていると一人の女性が現れた。
…いや、本当に突然現れたのである。
瞬きの間にいなかったはずの場所にいたというか、あれか、姿を見せない魔法か空間を移動する魔法だろうか。どちらにせよ、目の前に現れたということは試練について説明してくれるスタッフに違いない。
おそらく初対面。
我ながら近所付き合いの悪さを自覚しつつ、挨拶をした。
「はじめまして、トールです」
「知っている。それ以上近づくな」
いきなりの拒絶。
それが大人の言うことかとも思ったが、試練の最中だ。何か決まり事で極力関わりを持ってはいけないのかもしれない。そう思い、一定の距離を置いて立ち止まったが、そうではないことに気づいた。
視線に敵意が混ざっている。魔力のうねりも明らかに好戦的だ。
「ごめんなさい。ちょっと世間知らずな子なの」
おれを押し除けるようにミァハさんが前に出た。そのまま、誰かに背後から抱きしめられる。柔らかくてでかい。それだけで、イナンナさんだとわかった。
「ふん、構わない。子供が嫌いなだけなんでな」
「あら。うちの村じゃ珍しい。…というか、はじめまして、ですよね? 私、ミァハと言います」
ミァハさんが大人の対応を見せている。握手を求めるわけでもなく、かと言って礼を失することのない挨拶。柔和な笑みも見ているこちらが思わず微笑み返しそうな暖かさに満ちている。
そんな笑みを向けられながら、女性の戦士は悪意のこもった笑みを浮かべた。
「ラウラだ。最近長老の犬になったばかりでね、よろしく頼む」
ああ、と納得した。
本当に世間はおれの知らないことばかりなんだなと頭を抱えたくなった。
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