地獄の二番線じ
拳を見る。
ぐちゃぐちゃになっているんじゃないかと心配したがなんともなかった。体内に渦巻く何かを打ち込んだ反動なんてのがあるのもお約束かと思ったが、そういうもんでもないらしい。
肉体の疲労感も同様にほぼない。まるで生まれた時から使いこなしていたかのようにしっくりと来た感覚。全身を包む何かとは全く別の高揚感がどんどん溢れてくる。
おれがやってきたことは何も間違っちゃいなかったのだ。
あとは気づくタイミングだけだったのだ。七年間の停滞。それが一瞬で覆ったのだ。これが嬉しくないはずがない。
「おい、トールっ!」
アスラの声。
嬉しさのあまり周囲の状況を忘れてしまった。焦りを含んだ声音に違和感を覚えたが、何も警戒することなくアスラを見た。
必死の表情。
そこで、自分がどこまでも甘いことに気づいた。
「後ろだっ!」
呼吸へ意識を集中。
一度つかんだ感覚は逃さない。
また周囲が静止した状況になった。背後。視線を向ければ、そこにあの馬鹿でかい黒猫がいた。
どうやって移動したのか。
魔力の奔流。さっきと比べても膨大なうねりが黒猫の全身を包んでいる。どうやらおれと同じように身体能力を強化したみたいだ。
けれど、こいつはおれの思考についてきていない。
なぜなら全身に纏ってはいるが内部にまで浸透していないのだ。内に作用するものと外部で作用するもの。その違いは遥かに大きい。少なくともおれの動きに対して黒猫が反応できていないのがその証拠だ。
少なくとも身体の強化という一点に対しては間違いなく魔力よりもアドバンテージがあると確信した。
確信したが、それだけで勝利は確定しない。
魔力のうねりの中で、魔法が構築される気配を感じた。同時にそれがどれだけヤバいのかも理解する。
どっちかわからない。
魔法で攻撃するのか、強化した肉体で攻めてくるのか。
常に二択になりうるのだ。
それでもまだ思考の時間差でなんとかなると確信していたが、その標的が自分に向いていないことに気づいた。
アスラ。
アスラの方も黒猫と同時に魔法を放つつもりらしい。
けれど、その優劣は明らかだった。良くて引き分け。悪くてというか、ほぼ間違いなく叩き潰される。
それを見て一撃でぶっとばそうとして、
「ごぼあっ!」
自分の声とは思えないほど低い声が出てしまった。
というか、呼吸ができない。
喉元に何かが詰まった感覚と濃厚な鉄の匂いで気が遠くなった。集中は当然途切れ、全身に漲っていた力が消えた。どころか鈍りみたいに重くなった思考と肉体に引きずられ、そのまま地面に倒れたことに気づく。
動かない。
魔法の発動を感じ、なんとかアスラに逃げるよう伝えようとして、
「そこまで。うん、努力賞ってところかな」
おれは意識を失った。
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