地獄の一丁目 続
「さて、焼けたぞ」
じゅうじゅうと油が焦げる音と滴る肉汁。雑に包まれた香草が食欲をそそる。
いや、子供ってのは素晴らしい。
朝からこんな脂っこい肉でもまだ食欲をそそるのだから。昨日の晩に食べた肉と同じかそれ以上にジューシーなタンパク質に成長期の身体が歓喜の声を上げている。現に、アスラはさっきまでの動揺が嘘のように巨大な肉塊に目を輝かせている。
相変わらず父の手際は見事だ。
象みたいに馬鹿でかい猛獣をあっさりと捌いて見せるんだから。
「こいつは食えるとこが少ないんだ。その分希少性が高い。性格も獰猛だから、戦士しか食う機会がない肉だ。噛み締めて食うんだぞ」
木片を削って板状にしただけの皿に肉を切り分けていく。同時に溢れた肉汁と濃厚な香りにアスラは我慢できなくなったようだ。そのまま素手でむしゃぶりついている。その姿があまりに野生的すぎて、思わず一歩引いてしまった。
そのおかげで、また冷静な思考ができるようになった。
「? 食わないのか?」
「食う。いや、今はそれよりも聞かなきゃいけないことがあるって言うか」
「食事より大事なことがあるのか?」
「あるよ! ていうか、なんでおれたちこんなとこにいんのっ!」
「ん? 修行だと言ったろ?」
いや、まぁ、なんとなくそんな気がしてたけど。何を当たり前のことをみたいな空気を出すなよ…。
普段は母よりも常識人だが、なぜか、時折おかしくなるのだ。今回もそのパターンで、父はおれのことなどお構いなしに肉を食べ始めた。
これ以上聞いても似たような反応しか返ってこないだろうなと諦める。何より、父がこう言う行動をする時は見習わないと後悔するのだ。
意外なことに、父は合理的な男でもある。
食事だって必要だからするだけで、暴食はしない。今肉を貪るように食っているのも必要だからなんだろう。もちろん、修行のためである。
ここで腹ごしらえをしておかなければ当分食えないか、あるいは、食わなければもたないほど過酷な修行なのか。
とにかく、おれも負けじと一口頬張った。
「うまっ」
肉と香草の香りが口いっぱいに広がった。熱い肉汁には旨みが詰まっていて、肉そのものが溶けたのかと錯覚するほど柔らかかった。
この世界の肉は明らかに前世の肉とは違う。
一口食べたら元気になるし、腹一杯食べたら全身に活力がみなぎってくる。
さっきまで過酷な修行を想像してうんざりした気分になっていたが、それが一瞬で吹き飛んだ。
今ならなんでもできそうな気がする。
気がするが、
「うん。食ったな」
うん、食いすぎた。
父の言葉通り馬鹿でかい肉が全てなくなっていた。
いや、本当に驚いた。
まさか、象みたいにでかい動物が骨だけになるなんて思いもしなかったのだ。さすがにおれとアスラは大の字で横になっていたが父は平然とした様子でおれたちを観察している。
「いや、でもまさか全部食っちまうなんて…」
「これ、くらい、どってこと、ねえ」
アスラはおれの倍以上食っていた。息も絶え絶えな上、腹の膨らみ方までおかしかった。すごいな、人体。いや、こいつ人間じゃなかったわ。
「うん。おれも驚いた。お前たちを子供だと思ってなめてたみたいだ。すごいじゃないか」
手放しの褒め言葉に苦笑いを返す。この状況を見たら皮肉にしか聞こえなかったが、父は本気で感心しているようだった。そういうところは裏表のない男なのである。
「うん。これなら次もいけそうだな」
「次? いや、でもこれからすぐに修行ってのは」
「ん? 修行じゃないぞ? もう一匹仕留めてくる。そいつを食うのが次にやることだ」
なんて、意味のわからないことを父は言った。
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