地獄の一丁目
夢を見た。
前世の世界で営業していた時の夢だ。
顧客訪問を繰り返し、どうでもいい話から大事な話、面白い話と色々なことを聞いていた。そこから数字になるような話に繋げていく、あるいは切り出すタイミングを図るといった一連の行動。全てが顧客と自分だけのタイマンである。訪問前に準備を済ませ、その中で切れるカードを切っていく。出し惜しみをするやり方もあるんだろうが、おれは一撃必殺のノーガードを好んでいた。
ようは支店や本社から最上の条件を勝ち取り、それを初手から叩きつけるのだ。
もちろん、相手の課題を共有するのを忘れない。その課題を解決するのに資金面の条件さえ合えばいいと理解させればしめたものである。
そういうやり方をずっとしてきたし、多分、あのまま前世に残ってもそうやって取り組んでいたことだろう。もちろん、このやり方が正しいとは決して思わない。収益面でのことはもちろん、提示した条件を却下されれば全てが後破産なのだから。
後がないなんてのは仕事を行う上でリスクヘッジもできないバカがやることだ。
けれど、どうしてもそういうやり方が好きだった。
つまらない仕事の中でも唯一の楽しみと言ってもいい。
まぁ、そんなことばっかりしていたからろくすっぽ数字を上げることが出来なかったんだろうけど…。
「きろっ! 起きろっ、トールっ!」
「あえっ?」
うすらぼんやりとした頭が現実を認識した、と言えばいいのか。
耳の奥がきんと鳴るほどの大声に一気に思考が加速した。何が起きたのか、誰の声なのか、ここはどこなのかと視線を飛ばしても見慣れない光景に思考が止まってしまった。
一面の緑。
しかも青々とした心地いいものでもなんでもなく、日差しを遮るように生い茂っているせいで薄暗くて不気味な雰囲気を醸し出している。
おかしい。
たしか、昨夜は父親と風呂に入って気分よく布団に潜ったはずだ。寝る前まではなにも異変がなかったし、自分の体調から見て十分に熟睡できたはずである。
なのに、どうして森の中にいるんだ?
「起きたか? 起きたよな、どうなってんだよ一体っ?」
悲鳴のような声に驚くと同時に胸ぐらを掴まれた。
強い力で引き寄せられる。
アスラだ。
泣きそうなのを堪えながら、懸命に何が起きたのかと訴えている。
「いや、おれにもなにがなんだか…」
「起きたらお前と俺だけなんだぞっ! 一体何がどうしてこんなとこに…っ!」
「わかった。わったってば。とりあえず落ち着けって…」
最早半泣きになっているアスラを宥めながら、もう一度周囲を確認する。
森だ。
自分の語彙の少なさに驚いたが、そうとしか言えない。ただし、普段遊んでいる場所よりもずっと奥深い場所ではないだろうかと思う。
空を見上げても背の高い木々のせいで日差しが遮られ、正確な時間まではわからない。多分、まだ朝方のはずだ。はずだが、どうにも確信がもてない。
「いや、なんだってこんなとこにいるんだ?」
「だから、それを教えろって言ってんだよっ!」
「おれもわかんねぇって」
アスラの焦りっぷりのおかげで冷静になれている。
いや、冷静になっていたとしても何をすればいいのかわからないのだからなんの意味もないのだが。
ただ、思考の方向性が間違っているような気がした。
何が起こったのかの原因を考える前に、この状況ですべき事を先にやるべきなんじゃないだろうか。
例えば、水の確保。食料についても目星をつけなくちゃならない。と言っても、おれにはサバイバルの知識なんてないし、アスラにそれを期待するのも無理な話だろう。
あれ、詰んでね?
いやいや、とにかくまずは安全な場所を探す方が先決だ、と思った時だった。
猛烈な殺意に全身を貫かれた。
「トール!」
「アスラっ!」
瞬間、お互いの名前を呼び合って臨戦体制に入る。長老の家での訓練が生きた。武器も何もなかったが、おれにはスキルがある。そして、アスラはこの年で魔法が使えるのだ。殺気が迸った場所から距離を取り、何がいるのかを見定める。
背の高い茂みの向こう。
殺気自体は一瞬だったが、おそらく魔獣が潜んでいるはずだ。
魔獣。
大丈夫だ。おれたちは子供ながらもっと小さい時に魔獣と遭遇し倒している。その経験は絶対に生きるはずだ。
緊張で汗が頬を伝う。
随分と時間が経ったように感じたが、実際は数分程度しか経っていないはずだ。
何も起きないことに違和感を覚えたと同時に、茂みから猪のような獣の顔が出てきた。
「でか…っ!」
反射的に言葉が漏れた。
それだけデカかったのだ。顔だけでも前世でのクマやライオンなんて比じゃならないにでかいのがわかる。下手をすれば象くらいの大きさはあるんじゃなかろうか。
どう考えても、おれ一人では対抗することもできない。アスラはすでに魔法を発動し、攻撃の準備を整えている。
あいつの魔法は電撃。痺れさせることはできても一発で仕留めることはできないはずだ。
プランが決まった。
まずは電撃で足止めをし、その後におれのスキルで仕留める。
なりふり構ってる場合じゃない。おれの考えが伝わったわけではないだろうがアスラは間髪入れず電撃を放とうとして、
「なんだ、起きたのか。朝飯だぞ」
ひょっこりと顔を出したおれの父親を見て、ずっこけた。
ああ、とおれは項垂れる。
そう言えば、昨日の晩に修行の約束をしたんだったと思い出した。
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