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幼年期の終わり 破


「結局、最後まで当たらねえとはな」


 顔面がぐちゃぐちゃにひしゃげているのに、随分と流暢に喋るもんだ。すかした態度が気にくないと思っていた男だったがこうなると無惨なもんである。

 伊藤咲奈の空中殺法と上空からの落下の衝撃。

 隕石が落ちたみたいな落下跡の中心で動かない男を見下ろしながら、おれはただ事の成り行きを見守るしかなかった。


「狙いは正確ですが、悲しいかな、魂がこもっていません。昔のあなたの矢の方がずっと怖いですよ」


「クソガキが。一丁前な事言いやがる」


 まるで末期の会話だ。

 穏やかな対話にも見える場面だが、明らかに雰囲気が重い。伊藤咲奈は殺気を一切緩めていないし、動けないはずの男からはまるで猛獣が威嚇するような凄みがあった。


 おれたちの誰もがその間に入れない。

 決着はこの二人でつけるしかないのだ。


「一つ、聞きます」


「なんだ?」



「主犯はシブサワですか?」



 シブサワ?

 突然出てきた誰かに全員の意識が集中した。男は黙っている。否定も肯定もしない沈黙は伊藤咲奈の問いが正しいことを証明している気がした。

 しかし、随分と日本人らしい名前だ。大和の人間だろうが、これだけのことを仕掛けてくるようなやつだ。多分中心メンバーの一人なんだろう。

 実際、この男はシブサワではないようだし、この場にいない黒幕的な行動も大物さを醸し出している気がした。


「そこまで自分以外の人間が怖いんですかね?」


「知らんな。おれは、ただ命令されただけだ」


「らしくないですよ。あなたはそういうことは絶対に言わないし、絶対にさせない人でしょう?」


「七年も会わなければ人は変わるさ。…七年か。あの時、あのクズを殺しとくべきだった。心底そう思うよ」


「…脅されたんですか?」


「もっとひどい。あのクズに全てを奪われたんだ。本当に、どうしてこうなったんだろうな」


「それが金の魔力でしょうね」


「だからこそってことだろうな。あいつがあそこまで荒れ狂うのは久しぶりに見た。昔は慰めてやってたんだがなぁ。はは、ざまあみろとしか思わなかったぜ」

 

「それでも、あなたはシブサワのために殺したんでしょう?」


「違うね、金のためだ。…ああ、ほんと、金なんて借りなきゃよかった」

 

 重い。

 多分、この場でこの重さを知っているのはおれだけだ。


 金なんて借りなきゃよかった。

 

 この一言を、おれは前世で何度も聞いたことがある。

 ある事業を営む社長だったり、居酒屋や飲食店のオーナー、老舗旅館を営む大旦那もいた。誰もが借金を悔いる。けれど、誰もが夢を見て金を借りたのだ。

 だから、今回の騒動に金銭が絡んでいるという事実が無性に腹が立った。金を貸すことはある種の優越性を得るのは間違いない。そりゃ、借金の返済の取り立てが辛ければ頭がおかしくなるもんだ。

 

 けれど、それを理由に行動を強制するのは絶対に間違っている。ビジネスに関して口を出すことはもちろんあった。けれど、それはあくまで助言の類だけなのだ。それを強制するなんて真似だけは絶対にやっちゃいけないことだ。


 だって、おれたちが金を貸すのはあくまで借金をする前の人物に対してだ。

 金は人を変える。

 貸した方も借りた方も。

 だから、貸した方は粛々と回収するだけでいい。

 それ以上を求めるのはクズかゴミかカスか、生きる価値のない何かだ。

 

 金貸の最低限の尊厳すらなくしたカスの名前を、おれはただ脳裏に刻んだ。


「それが、最後の言葉ですか?」


 ぞっとした。

 表情が見えない。

 はじめて伊藤咲奈に感情の火が灯ったように思えた。

 全てを焼き尽くさんと燃え盛る炎。

 そんなイメージを直接叩き込まれたかのような場の雰囲気の重さに思わず息を呑む。

 ひりつくような感覚はこの場にいる誰しもが感じているはずだ。

 現におれは冷や汗が吹き出したと同時に一歩も動けなくなってしまった。

 結末は決まったのだ。

 あとは、伊藤咲奈がいつそれを実行するか。

 張り詰めた空気の中、


「嫁と娘を頼む。あれで、純粋なんだ」

 

 そんな誰かを心底心配する言葉が虚しく響いた。

  

 


 

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