最強の戦士 続
「どうした、なぜ来ない? 怯えているのはわかるが、そこまで恐る理由は何だ? まるで、何度も殺されかけたみたいじゃないか」
言葉の一つ一つで呼吸すらも辛くなってきた。
目の前の男の言葉は他の誰かが聞けば妄言の類か挑発の類にしか聞こえないだろう。けれど、彼にとっては恐怖そのものだった。
既に二桁。
それだけの回数を必殺の策を携えて挑み、全て打ち破られた。
彼のスキルは数時間程度を遡ることが可能だった。その能力を最大限に使い、人材も、備えも、秘蔵の魔具すら惜しみなく投入したのだ。
なのに、今回に至るまで全てが無駄だった。
この男に傷一つつけることができなかったのだ。
アグニル。小さな集落にいる世界最強の男を。
「なんなんだよ、お前…! おかしいだろ、なんで、そんなに平然としてんだよっ! わかってんのか、完全に包囲されてんだよ! 終わってんだよ、お前はっ!」
叫ぶ。
彼自身わかっていた。
声は上擦っているし、怯えがそのまま態度に出ている。だからこそ懸命に声を張り上げるしかないのだ。この行為自体が屈辱だった。これではまるでやられ役そのものじゃないか。
だから、
「? そうなのか? 別段、何の問題もないように思えるが」
この男の言動や態度がさらに癪に触るのだ。
本気で不思議そうな表情を浮かべ、周囲に視線を向けている。
男の前には盾役のスキルを持った者が数十人単位。魔法や射撃のスキルを持った者、近接戦闘のスキルを持った者も各々数十人単位。さらには暗殺者のスキルを持った者を複数潜ませている。
ただ一人の標的を殺すには過分すぎる戦力。けれど、彼はこの戦力であってもやりすぎではないと確信していた。
それだけこの男は強大なのだ。
それでも挑まなければならない。
なぜなら、彼こそがこの物語の主人公であるべきだからだ。絶対に勝てない存在がいたとしても、何かしらの攻略法があるはずなのである。でなければ、ここまで何度も都合よく時を遡ることが出来るはずがないじゃないか。
そう、彼のスキルには反動がない。ただし、遡る時間は一定時間が限度。ほんの数時間程度の時間逆行ではこの状況を他の誰かに押し付けることすら出来なかった。できたのは大和へ増援を要請することだけ。最初こそ最小限の労力で仕留めようと躍起になったが、今では限界まで支援を引き出して戦いを挑むのが当たり前になった。
その時点で彼の組織からの信用は失墜することは理解していたが、彼にはもうそんなことはどうでも良かった。
この男は何としても殺さねばならない。
そうすれば、彼こそが世界最強。
そして、そこからが彼の本当の異世界生活がはじまるのだ。その確信を以て、彼はこれまで組織で培った信用を投げ捨てることにした。
「馬鹿が…っ! そのまま死ねっ!」
合図。
彼が大仰に手を上げた瞬間に、アグニルの背後で魔力が立ち上った。
空間すら歪ませる膨大な魔力。
その矛先ではないのに、彼ですら全身に鳥肌が立った。
あれこそが切り札。
暗殺者にして最上の魔力を持った殲滅兵器。
名前は知らない。
けれど、彼が大和の幹部の弱みを使ってまで連れ出した必殺必中の殺し屋だ。
極上の気配遮断からの最強の一撃。
さしもの最強の男ですら意識がそちらに向いたのを彼は感じ取った。
《《それだ》》、《《その一瞬が欲しかった》》。
「ざまぁみろっ!」
時を進める。
もちろん、アグニルをではない。
最強の魔力を持った暗殺者の魔法を発動するまでの時間を限りなくゼロに。それだけではなく、周囲に陣取った魔法使いや狙撃手たちの時間も進めた。
最強で最速の一撃を叩き込んだのだ。
彼の思惑はまんまとハマり、アグニルに最速の奇襲が成功した。
全身を貫く衝撃と世界が壊れるような轟音。
彼は自身が世界最強を殺したことを確信し、喝采の声を上げようとして。
結局、何も言うことが出来なかった。
「うん。やっぱりわからないな」
視界が上下反転した。
彼にとっては初めての経験だった。
体の自由が効かない。ただただ目の前の光景だけが意識の全てに変わっていく。
その真正面に、
「それだけのスキルを持っているのにどうしてそこまで弱いんだ?」
アグニルの顔があった。
視界の隅には血が吹き出す首なしの体。アグニルがつまらなそうな表情を浮かべたと同時に、消えた。一瞬の浮遊感と落下の衝撃。首だけになってもここまで何が起きたのか理解できるのかと驚くと同時に自分の意識が消えていくのを自覚した。薄れゆく視界に同じように落ちている首が多数見えて、それが全てこの男の仕業だと理解するのは思考すら必要なかった。
時を戻す暇もない。
彼はこうして何の意味もなく、大勢の仲間を道連れにして死んだのだった。
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