元義妹、掃除する。そして親友が押しかけてくる。
黒ずんだ汚れが小さくなっていく。鉛みたいに重くなっている二の腕を下ろして、周囲をぐるりと見渡してから使い古したボロボロの歯ブラシを置き場所にセット。
換気扇を回して戸を開けっぱなしにしてから、達成感が遅れてやってくる。排水溝のヌメリも確認して、まだ大丈夫だということを確認。念のため手入れをしておく。
れみが家に来るようになってから、半月が過ぎた。
普段から奇麗さを保つことが大切だというのはれみから教わったことだけど、最近は習慣づいていて風呂上がりにも軽く掃除することを心がけている。
空になった洗剤の容器の中身を見て残量から買い足さないといけないからメモ帳に記しておく。見違えた部屋にいると、気分が明るくなってくる。
れみに目敏く矯正されてから大学に必要な教科書、書類、用紙類は置き場所を決めて取り出しやすいようにしているし、本とかパソコンとか食器とかも使い終わったら所定の場所に戻す癖がついている。
矯正されているときはめんどうだったけど、今までどうしてできなかったかと今では不思議だ。
れみが一からやるんじゃなくて、俺自身にやらせているのが功を奏したんだろう。体を動かすことで習慣化させる。その甲斐あって最近では家に来ても改善点を言わなくなっている。まだ料理とかはれみには勝てないけど、人並みに自炊できるレベルだと自信がある。
布団も干しておかないと寝るとき違和感がするようになった。太陽の暖かさを充分に吸収していると錯覚する布団で寝ると気持ちがいい。逆にそうじゃないと落ち着かない。枕カバーも同様。
最初はどうなるかとおもっていたけど、振り返ってしまえば良いこと尽くめだ。俺にとっては。
だからこそ、もうそろそろれみに聞いてみていいかもしれない。れみが来なくてもう大丈夫なんじゃないかって。
けど、迷ってしまう。迷いの正体は明白。また俺は自分の感情を優先しようとしている。れみと会いたい、れみに来てほしい、れみと過ごしたい。最近では一人の女の子として意識しそうになるけど。
それでも俺にとっては妹。今まで会えなかった分の時間を取り戻しているように、楽しんではしゃいでいる。
それは俺の勝手な都合でしかない。れみは俺のだらしなさが許せないだけなんだ。
昔の関係性から義理立てしている気配もある。だから、俺と一緒に過ごす時間より自分のことを優先してほしい。俺のせいで嘘をついたり家族に対して隠し事をさせていちゃいけない。
もう夏休みも終わる。
俺だけじゃなくてれみも学校が再開する。
そうなるとお互い忙しくなって自然消滅、また会えなくなるのが当たり前に戻る。
終わらせるときは刻一刻と近づいている。
けじめはつけなきゃいけない。
けじめが一体どんな形なのか。俺の謝罪だ。
れみは納得してくれるか。許してくれるのか。
手持ち無沙汰になって、れみに送る連絡の文面を作ったけど送信できない。けじめの形について迷っているからじゃない。れみを優先したいのに、俺の気持ちを優先したがっている心が躊躇わせているんだ。
ポン、と小気味いい携帯音と共に先輩からの連絡が。
〈夏休み明け、抜き打ち試験あるの聞いてる?〉
初耳な内容に、ついそっちに意識をとられる。
〈知らないです〉
〈そっかぁ~。さっき教授とミーティングしているときチラッと聞いたから、どうなのかな~って〉
〈教授って、もしかして・・・・・・・・・〉
〈うん、構造力学の〉
頭が痛くなる。ただでさえ複雑で難しい分野、そして更に複雑化した試験を出すことに定評がある教授が抜き打ちなんて。
〈試験範囲ってわかります?〉
〈後期で使う教科書の最初の数ページじゃないかな。教授が休憩時ペラペラ捲ってたし〉
だとしたら、こっちのスケジュールが大幅に変わる。先輩の手伝い、課題、バイト、試験勉強。一夜漬けでどうにかできるだろうか。
〈ありがとうございました。キツいけど助かります〉
先輩からのサムズアップの絵文字とほぼ間断なく、もじもじした顔文字が連続で届く。こんな面白い顔文字を使ったりするのが小田先輩だってイメージすると先輩と顔文字がどうしても結びついて微笑ましい。
〈どうかしました?〉
〈試験勉強するでしょ? きっと皆で〉
〈ええ。オフコースっす」
〈じゃあ大学でしない? 自習室なら何人でも泊まれるし、申請しなくても使えるし〉
ありがたいアドバイスに文面を打ち返そうとするけど、ピタッととめてしまう。流れが順調すぎる。それに申請しなくても、とか何人でも泊まれるってところが引っかかる。
〈早めに確保したほうがいいとお姉ちゃんおもうなぁ~〉
その後連続で送られてくるチラ、チラ、という顔文字が不安を煽る。
それは俺が、俺たちが泊るのを期待しているように見える。
〈なにか企んでます?〉
ビクつき、驚き、最後に汗マークかの顔文字が届いて確信する。
〈実は、私の実験のデータが間違ってたの〉
やっぱり。
〈どこからですか?〉
〈夏休みに入る前にやった風洞実験と湿度の比較実験のやつ、あと計算式も最初から間違ってたから・・・・・・・・・〉
「なにやってんの!?」
つまり、研究内容全体の三分の一。まだ少ない内容だけど、それでも文面ではなく、声で突っ込んだことは褒めてほしい。
哀願、泣き顔、土下座。連続してくる顔文字から先輩も切羽詰まっているのが伝わってくる。正直、悩む。だとすると時間はない。けど先輩にはお世話になってるし。
〈わかりました。手伝いします〉
〈ありがとう、大好きっ〉
大好きに特別な意味はない。先輩は皆によく大好きと言っているのは一緒に過ごして周りと合わせて観察していればわかる。健なんかはおもっくそ勘違いしているけど。
自他共に認めているけど、この人は姉気質だしほんわかしているし、うん。つまりこういうことを常日頃自然と言いまくってしまって許されるタイプなのだ。
〈このお礼は今度体で返すね〉
ハートマークとキス顔にも、苦笑いしか出ない。健と数人の同級生にも知らせて予定を決めていく。その最中、チャイムが鳴り響く。のぞき穴からはれみ、瞬間的に開けそうになって隣にいる意外な人物に目をとられる。
「やっほ~。パイセンお久しぶりっス」
「どうしたんだ?」
れみと一緒にやってきた友達、まりあちゃんは太陽に負けない笑顔とともに手土産だとアイスを差しだす。ひんやりとしているけど、外の熱気から中身の心配をしてすぐに冷蔵庫に。
そのまま部屋に招き入れる。まりあちゃんは楽しそうだけど対照的にれみは浮かない表情。
「へぇ~。ここが男の人の一人暮らしっスか~」
物珍しいのか室内をキョロキョロと見渡している。夢中になっている合間にれみに耳打ちする。
「実はれみに勉強しようと誘われまして。けど兄さんのところに行くと答えたんですけど。その・・・・・・駄々をこねられまして」
「駄々?」
「ええ。友達よりも男を選ぶとか女同士の友情は脆いとか。あとズッ友だって約束してプリクラとったのに、とか。その流れで兄さんに勉強教えてもらったらいいんじゃないかと。断り切れなくて」
「そうか」
「断ったら2ちゃんねる? の掲示板というところと、SNSに私のコラ画像とか連絡先とか載せるって」
「女の嫉妬えげつなっっ!」
「それだけじゃなくって学校でも孤立させるとか学校に報告するとか」
「お前ら本当に友達!?」
「まぁ全部私が勝手に想像しただけですけど」
「嫌にリアリティある想像だなおい!」
「それで、どうでしょうか。兄さんがだめだと言ったら諦めるってまりあは」
「別にいいよ」
「え?」
れみは豆鉄砲喰らった鳩そのものの顔に。
「どうしてですか?」
「どうしてって、友達と過ごすのも大切だし」
「けど、兄さんに迷惑がかかるんじゃ」
「迷惑じゃないって」
「そうですか・・・・・・・」
なんだか落ち込みながら、はぁと溜息をついてとぼとぼ離れていく。なんでだ?




