元義妹との過去を振り返る。そして大いに迷う。
俺の両親は幼い頃離婚している。
それで、れみと父親と俺の母親が再婚して、新しい家族になった。
れみのことは妹として大好きだった。義父のことは、良い人だってわかってるけどどうしても父親だと呼べなかったし受け入れられなかった。
家族とはわかっていても父親ではない。どうしても同居人、よくて親戚のおじさんという認識しかもてなかった。ある程度生活に慣れたけど、どこかお互い距離をとって遠慮をしていた。
母親は、俺と義父の間に入って仲を取り持とうとしていたのを覚えている。最初はそんな母親に申し訳なさがあった。
実の父親とは定期的に会っていたし、電話や手紙のやりとりはしていた。
けど、中学生になったとき、ぷっつりと会えなくなった。
母に尋ねると、仕事が忙しくなった。引っ越した。だからまた会えたりするまで時間がかかると言われた。
父と会えなくなって寂しかったし違和感があったけど、れみと一緒に過ごす時間に救われていた。
おもえば、実父と会わなくなってからだ。実母が義父との間を取り持つ頻度が多くなったのは。
徐々に、徐々に変っていった。まずは、俺の精神面。
中学生はまだ子供だけど、自分なりの価値観とか考え方が固まりつつある時期。それに加えて親に対して嫌悪感を強く抱いたり反抗したりする。ぞくにいう反抗期というものだ。
俺はその反抗期が特に激しかったのかもしれない。母が煩わしかった。義父と仲を取り持とうとする母が疎ましくなった。
『子供』に対してする親の態度や口撃が不愉快で、否定されていて、自分のやることなすことを拒絶している。母親は、あの頃の俺にとってはそんな存在だった。あからさまに仲が悪くなった。
成績、部活、友達付き合い、学校生活、なんでも把握したがったしなんでも管理したがった。複雑な家庭で俺が義父を受け入れないようになったってのもあった。
神経質で過干渉な母が嫌で、毎日口論になった。喧嘩していないときはなかった。
毎日れみを心配させて、れみを泣かせていた。れみはまだ小さかったから俺がどうして母と喧嘩しているのかわからなかっただろう。
俺なりに理由はあった。それが申し訳なくて、けどそれを発散させる場所がなくて、余計母とのやりとりが増えて強くなった。
そして、中学二年生になってすぐに真実を知った。
父が事故に遭って入院していると父方の親戚から連絡を受けてお見舞いにいった。
そのときに、父と会えなくなったのは母が嘘をついたからだったと知った。
中学に入ったのを機に、母は父と俺が関わるのをやめさせようとした。もうあの子と会うのをやめてくれ、連絡もしないでくれ、あなたと会うのがあの子は嫌になっている、新しい家族に慣れて皆親しんでいる、義父をお父さんと呼んでいる、あなたと会いたくない。
でたらめな嘘を父に連絡し続けた。
いつまでも義父と仲良くなれない俺と実父の関係を断ち切ろうとした。
許せなかった。自分の都合で、自分勝手な考えで父との関わりを終わらせた母が。
すぐに家に帰って母にぶち切れた。今までの不満、ストレス、とにかくぶちまけ続けた。母は言い訳をしていたけど、覚えていない。余計怒りが強くなっただけという記憶しかない。
れみがとめに入っていなかったら殺していたかもしれない。明確な殺意と憎悪があった。
もうここにいたくない。ここにいたらだめだ。
自分の部屋の物を手当たり次第に鞄に詰め込んで、家を出ようとした。玄関を出ようとしたとき、れみが現われた。
俺が出て行くのを察したのか。俺の動向が不安だったのか。とにかく驚いているとれみが泣きながら縋りついてきた。
『おにいちゃん、いかないで』
迷った。
母とはもう一緒にいたくはなかった。義父はどうでもよかった。
けど、れみは好きだった。あの家で唯一の家族で、大切な義妹で、俺に甘えてばっかりで俺に頼って俺がいないとなにもできない。この家では母より義父より、誰より俺の家族だった。
この子がいたから俺は救われていた。この子を置いていっていいのだろうか。この子は今後この家で俺がいなくてやっていけるのか。
『れみ、いいこになります。まいあさ、ひとりでおきれるようになります。おりょうりもします。おかあさんにもいっしょにあやまります。おかあさんがおにいちゃんにあやまるなられみもいっしょにごめんなさいします。なかよしさんになれるようにがんばります。だからいかないでください』
泣きじゃくって鼻水を垂らしまくって、必死でつなぎとめてくるれみ。誰より優しくて、良い子なれみ。俺を、自分の家族を必死で繋ぎとめようとしている。
『ごめんな』
そんなれみより俺は自分のことを優先した。れみのお願いを聞く兄ではなく、母親と一緒に住むのを肯んじない他人になることを選んだ。
最後に背中と頭を一撫でして、引き剥がした。それから全速力で走って外に出て目的地まで走り続けた。
れみは裸足で追いかけてきたけど途中で転んだのか、おにいちゃんと呼ぶ声はいつしか聞こえなくなっていた。
父の入院している病院にそのまま行って、そのまま事情を説明した。勝手だったけど、父は俺の言い分を受け入れてくれた。そのまま父の住んでいる場所に居候。それから様々な手続きとやりとりを経て、実母達と交渉をして、俺は父の扶養に入った。
名字も戻ってれみたちとの繋がりは一切が消えてしまった。
あれかられみたちがどうやって暮らしてきたのか。俺の存在があの人たちの間でどうなっているのか。今の母とれみの関係や親密性はどうなのか。気にならないといえば嘘になる。
けど、俺はまだ母を許せないでいる。きっと一生許せないだろう。もう信じられないし会いたくもない。母親の都合で、勝手で俺は実父と一生会えなくなっていたかもしれない。例えどんな理由があっても。
「変わっていないな俺は」
あのときみたいに、また自分本位で考えて優先してしまっている。結局俺はれみの義兄ぶる資格もあの子に兄さんと呼ばれる権利もない。だめなやつだ。
「お? チキンすぎる男だなぁ。じゃあ俺が代わりに挨拶行っちゃうぞ? 娘さんを俺にくださいって」
「うるせぇ。お前にはやらねぇよ」
「お前のもんじゃねぇだろうに」
れみと俺は、もう会っちゃいけない。俺のせいでれみを泣かせた。悲しませた。それで、今度は俺のせいで家族に嘘をつかせている。嘘をついていることをれみの家族が知ったら、れみがどうなるか。
俺のせいでれみが責められるんだ。それはだめだ。
れみに付き合っている人がいるとか男の家に通い妻になっている状態とか、なんらかの情報をれみの家族は知る可能性が高い。れみが俺の家に来ている時間が長ければ長いほど、危険性は高くなる。
爆弾は常にある状態なんだ。
だから、早くれみの今の状態を早く終わらせなければいけない。
考えてみれば、いいのかもしれない。れみが満足するか俺の生活態度が直れば俺たちの関係はまた終わりを迎える。
「頑張らないとな」
れみを納得させるだけの行動への熱意が今更芽生えた。
れみが嘘をついていることの負担を無くせるし、めんどくさい通い妻状態で元義兄を矯正する生活から解放してやれる。家の人達に知られた場合のデメリットを減らせる。
元々れみだって、好きで俺の元へ来ているわけじゃなかったんだから。それで、れみに納得してもらってから、れみに謝ろう。
それで、俺とれみの関係は完全に終わらせる。
けど、それでいいのか?
自問がどこからわずかに生じて、自答に困る。
れみとまた会えなくなっても、いいのか?
それは俺の個人的感傷で、わがままのはずなのに。
「ん? なんか準備してないものあったっけ?」
「お前臭ぇよ」
「いきなりなんだよ脈絡なさすぎる罵倒だろ!」
健に適当にごまかしている間に先輩がやってきて、実験をはじめる。
けど、集中できなかった。
いいのか? と何度も自問する。
自答がいつまでたってもできなかった。




