先輩、変貌する
「あ~~~~~・・・・・・。つまんねぇ・・・・・・・・・」
夕方頃になるまで徹底的に部屋中を探索していたまりあは、やっと諦めて飲み物を飲んで一息ついている。
けど、拍子抜けというか期待外れだといわんばかりの憮然さを隠そうとしない。念が入りすぎていた気配は、先輩への個人的な感情とれみへの友情だけじゃない、なにかを感じた。
なにはともあれだ。
「これでれみには安心して報告できるだろ」
「個人的にはがっかりっス」
「もっかい聞くけどなに期待してたんだよ・・・・・・・・・」
「そりゃあ男と女が一緒に暮らすんスから、ねぇ?」
ゲスイおっさんみたいないやらしいことを想像しているだらしのない表情、親指と人差し指でわっかを作りそこに指を出し入れしだす。
「そういうことするのやめなさい。はしたない」
「ないんスか? そういうことちっとも?」
「ないよ」
「トイレに入ろうとしたら相手がいて慌てて転んで股間に突っ込んだり着替え中に出くわして胸とか触っちゃったり際どいポーズになったりも?」
「どこのダークネスだ! ねぇよ! きっと変なこと想像してたんだろうけど、強いていうなら俺の乳首がおだぶつになりかけたくらいだ!」
「なにやってんスか・・・・・・・・・充分変じゃないスか。あ~~~、でもよかった~~~」
なにがよかったんだろう。心の底から安堵してるみたいだけど。れみを気遣ってるのか?
「れみから聞いたときは驚いたっスけど。なにやってんだあんたのお兄さんはまた・・・・・・って」
また?
「けど、ここまで来たらあんたが心配になってきたっス。普通あんな美人さんと一緒にいたら普通手出すんじゃないスか? あんた性欲って概念あります?」
「君は自重心って概念ある?」
「れみが怒ったりやきもきしてる理由の一端がわかった気がしたっスよ」
ぴょん、とベッドから下りて、そのまま俺の隣にピッタリと添うように。いきなりだったから目の前にまりあが瞬間移動したかのようだった。距離感の無さにはこの子らしさがあるけど、さっきより汗をかいているからか余計着崩された制服から見える肌と匂いにドキッとする。
「女心をわかってないっス。だって男の性欲って理性を凌駕するときあるんしょ? 雑誌で見たっす。しかも童貞で今まで彼女なしだったら余計・・・・・・・・・ねぇ?」
「ひ、一つ。そんな雑誌読むのやめなさい。二つ。彼女なしで童貞って決めつけるのやめなさい」
「いまどきのJKなんてこんなもんスよ。今はファッション誌にだってそういう男の事情がアドバイス的なかんじで乗ってるんスから」
なるほど。つまりこの子は恋愛とか同棲とか、そういう大人っぽいことに興味を惹かれてたってわけだ。れみのためじゃなく、小田先輩に対して腹をたてているだけでもなく、一番は雑誌でしか知らないあれやこれをその目で目撃できるとおもっていたと。
本当女の子って、そういうの好きな。甘い物と芸能人のイケメンと同じくらい好きな。
「でも、あんな綺麗な人と一緒だったら好きになったりしちゃいません?」
「ないよ。下心―――友愛と恋愛感情は別だ」
「へぇ~~~。じゃあつまり先輩に対して恋愛感情はないってことっスか?」
「そうそう」
「でも胸も大きいし大人っぽいスからドキッともしないんスか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ねー、ねー、どうなんスか?」
「あるわけねぇだろ・・・・・・・・・」
本当、なに聞いてんだこの子。つい目が泳いじゃったよ。
「危険性はあり、と」
「待てなにをメモってる!?」
それ後でれみに教えるんじゃないだろうな?!
「時間の経過が肝っと」
「消せ!」
「もう送信したっス」
「このお馬鹿!!」
「だってあんたわかりやすいし。目がシンクロナイズドスイミングかってくらい泳ぎまくってたし」
「俺のせいだったああああ!! 俺のお馬鹿! 瞼閉じてればよかった!」
「どっちにしてもわかりやすいっス。女の勘にビビッときたんスよ」
「だからってこんなことしたら―――」
携帯が震えた。
【今夜行きます】
「いやあああああああああああああああああああああああああ!!」
「なぁ~にを焦ってるんスか。まぁこうなった以上は仕方がないっス。覚悟決めちゃいましょって」
慰めているのかぽん、と肩に手を置かれるけどにやにやとしている。
「うう・・・・・・・・・この悪魔め・・・・・・・・・」
「よく言うんでしょ? 男は度胸って。どっしりかまえてたらいいんスって」
「人ごとだとおもって、この・・・・・・・・・」
「じゃあ話題変えて楽しくするっス。どんな人が好みっスか?」
「なんでこの流れで恋バナ!?」
「いいじゃないスか~~。あたしも後で教えるんで~~~」
「それ良くあるやつ! それで相手を信用させて結局自分は言わないパターンだ!」
「え、もしかしているんスか!?」
よほどテンションが上がっているのか、まりあは肩と肩がくっつくほど近づいてきてしまった。にやにやしているが、さっきからころころ表情が変わりすぎてて追いつけない。
「ねぇいいじゃないスか~~。教えてくださいよぉ~~~」
「う・・・・・・・・・」
しかもツンツンと指先で突いてきたり、肩を優しげにぶつけてくる。先輩ともれみとも違う人懐っこい距離感の無さがこそばゆい。
前まで悪感情ばりばりだったけど、最初出会った頃みたいなフランクさが新鮮だ。
「言わないとれみが来たとき嘘八百教えるっスよ?」
「脅迫じゃねぇか! やめろそれに近いことしでかして大変なことになったの忘れたのか!?」
「あたし、過去は振り返らないんで」
「たち悪! わかったよ! え~~っとえ~~~っと、優しい人だ!」
「うっわ、ありがち・・・・・・つまんな・・・・・・・・・」
聞いといてこの反応。ドン引きしたみたいな顔やめろ。素直すぎるぞ。
「只の優しさじゃない。バファリンと同じくらいだ」
「半分以上優しさで構成されてる!? 尋常な優しさじゃダメってことっスか!?」
「そのとおり。もう四分の一はイタリア人みたいに情熱的、もう四分の一は大和撫子みたいなお淑やかさだ」
「矛盾してんじゃないスか!」
「人間には色々な一面があるだろ?」
「そんな人いたら魅力を通り越して性格破綻を疑うっス。んだよちくしょー、真面目に聞いて損したわ」
途端に悪感情に満ちたまりあは、どっかりと胡座をかいて開いた膝をばたつかせる。無意識なのか、非常に目線と心臓に悪い。
ちぇ、というまりあの態度に、気が抜けてしまった。場にそぐわない馬鹿なやりとりをしてからか、なるようにしかないっておもって諦めの境地に至った。
「まぁ、でもれみとも元通りなのか?」
「は? 今ここで聞くっスか?」
「だって今の今まで聞けなかったしな。れみもあんまり語らないし」
「・・・・・・・・・まぁ普通っスかね。以前と同じくらいっス」
「そうか・・・・・・・・・敦(仮称)と里見は?」
「なにもないっスよ。平穏平穏。強いて挙げるなら文化祭のことでバタバタしてるくらいっス」
「よかった。なんとなく心配してたからさ」
「本当、れみが好きなんスね」
「いや、れみじゃなくてまりあだよ」
「は? あたし? なんで?」
「なんでって、そりゃあ心配するだろ」
「あ~~~・・・・・・・・・」
こてん、と横に倒れて、背中をこちらに見せながら小さく足をばたつかせた。
「そういうの、やめたほうがいいっスよ?」
「あ?」
「あたしはまぁ? あんたの性格とか人の良さとか。だらしなさとかわかってるっスけど。他の人にしたら勘違いするっス」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
「身近な人を心配したり気遣うのは普通じゃないか? なにを勘違いするんだよ」
「あああああ~~~~~~~~・・・・・・・・・・・・あんたのそういうところがああ・・・・・・ああ~~~~~~~・・・・・・・・・」
俯せになって組んだ腕の中に、顔をすっぽりと埋める。ちらりと片目だけ僅かに出してこちらを覗うように見つめきた。
「だから女心を学べって・・・・・・・・・だかられみを怒らせたりこういう事態を引き起こしてるんスよ? じゃああたしが小田先輩みたいに困ったときは泊めてくれるんスか?」
「事情とタイミング次第なら・・・・・・・・・・・・?」
「そっスか。そっスか・・・・・・・・・」
揺れている足が、小刻みに、軽快なものへと。リズムをとっているみたいだ。なんとなく照れくささと気まずさをお互い醸しだしてしまって、なんともいえない空気になってしまっている。
なんだろう。この気まずいかんじは。甘酸っぱさとも違う、好意があるお互いを意識してる感の強い変なムードは。
「じゃあ今晩泊まるっス」
「なんで!?」
意味がわからない。
「小田先輩は泊まれてあたしはダメだって言うんスか?」
「俺の酒が飲めないのかみたいなかんじやめて!」
「小田先輩とあたしとどっちが大切なんスか?」
「めんどくさい彼女!? 選べるわけないだろ!」
「セカンド・リトル・シスターが困ってるんスよ?」
「やめろ! 若干黒歴史なんだぞ!」
「あ、成程。こうしなきゃいけなかったんスね。ちっ。お兄ちゃ~~~ん、泊めてえ~~~?」
「どいつもこいつも! 俺をなんだとおもってるんだ!」
絶対泊めねぇ。めんどくさいことになるし。
「第一これ以上人泊まったらガチで俺が寝れるスペース無くなるんだよ!」
「は? あんたどこで寝てるんスか?」
「風呂場だよ! 寝袋敷いてなんとかなるけど!」
「じゃああたしもそこでいいっス」
「もう玄関しか残ってないんだぞ?!」
「なんなんスか? 泊めたくないんスか?」
「そういうわけじゃねぇよ!」
「じゃあ泊まってほしいんしょ?」
「なんかさっきとまるで意味が違ってるじゃねぇか!」
「じゃあどう言えばいいか、わかるっスよね?」
「わかってたまるかぁ!」
ぎゃあぎゃあと騒いでいると、いきなり居間の扉が開いた。玄関のドアが開かなかったのも気づかなかったらしい。
「もう五月蠅いなぁ。なに騒いでいるの? 上下左右の入居者達が壁ドンしそうなくらいじゃない」
「あ! 先輩! お帰りなさ・・・・・・・・・」
「ち、邪魔者・・・・・・・・・」
声で咄嗟に先輩だとおもったけど、声を失った。まりあも同様。
「「え?」」
「あら、まりあちゃんじゃない。久しぶり。来てたのね?」
「ちょ、え、え?」
「どうかしら?」
固まったまま動けずにいる。
ガン黒の顔面に長くカールした睫、アイシャドー、口紅。目に痛いまっきんきんの金髪はソフトクリームみたいな盛られている。
奇抜すぎる服装にド派手な化粧は山姥みたい。
簡潔にいうならギャルだ。一昔前に流行ったコギャルがよくやっていた。
俺の知り合いにはこんな人いない。というか関わりすらなかった。
予期せぬ謎のギャルはもう何度も来ている、というかもう住んでいるという我が物顔で部屋を闊歩している。
「ちょ、え、誰でしょうか?」
「ええ~~~? ちょ、マジウケるんだけど~~。お姉ちゃんのこと忘れたの~~~?」
お姉ちゃん? なに言ってるんだろう。俺には妹はいるけど、姉はいない。姉になってほしい、姉みたいだ、という人はいるけど。
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え?
「もしかして・・・・・・・・・小田先輩っスか?」
「そだよ~~~? つぅか他に誰がいるんだっつぅの~~~。マジなまらウケる~~~~」
え?
「瞬くん、いえ。しゅんしゅん」
「しゅ、しゅんしゅん?」
「まりあっち」
「・・・・・・・・・っち?」
「あげぽよ~~~~~~~~~♪☆」
この人一体なにしてるんだろう。




