第97話 女性の部、決勝戦 レティシアvsトキ・ダルタニアン
アルバルトがマリア達と密会している時、レティシアは既に戦う舞台に足を踏み入れ、柔軟をしていた。
手や足、腕や膝裏の筋をよく伸ばして自身のパフォーマンスを高める。
「アルバルトさん…私は勝ってみせます。もっと強くなって貴方の隣に立ちたいから」
勝ちたい。あの日みたく、彼の足手纏いにだけはなりたくない。
私は知っている。お父さんが倒れる夢を見てうなされている私の頭を落ち着くまで撫でてくれる優しい人を…そんな彼の隣に立つのは大変で置いていかれない様に振る舞うには強さがいる。
(こんな事…彼と出会う前の私では考えもしなかった)
チビやガリ、お荷物、クソガキ、今まで冒険者をやっていた中で言われた悪口だ。それ以上に応えたのが何を考えているか分からないという言葉だった。
お母さんを奪われて、お父さんは病気で寝込む事が多かった。楽しかった思い出はいつの日か黒ずんでいき、毎日生きる事や復讐の事ばかりで感情を素直に表へ出す事が出来なくなっていた。
アルバルトさんに助けて貰ってから執着したのだって今思えば、全ては復讐から始まった事。黒髪で顔立ちも少しだけ似ている気がしたからだ。手掛かりを見つけたと思った。だから、有無を言わせず、強引にパーティを組ませて彼の優しさに甘えきっていた。
ーーでも、違った。
彼も私と同じく被害者だった。そう気付いてから私の気持ちにも変化が現れる。憎しみは共感に変わり、いつしか愛に変わった。
「私も変わりましたね…こんな気持ち、去年の私が知ったらどう思っていたのでしょうか」
感情を殺した私が今の私を見たらと思うと笑みが溢れる。相変わらず、顔には出づらいが小さな変化を友人達は汲み取ってくれる。それだけで私は幸せだ。
(だからこそ、強くならなければいけない。弱い私はもう要らない)
彼女の目からは絶対に負けないという意志が汲み取れる。無表情で分かりづらいが心の中は熱く燃え上がっていた。
レティシアの柔軟が終わった頃、やっと対戦相手であるトキが姿を見せる。
「いやいや、待たせて悪いねぇ。酒が無くなっちまってよ。ほら、こうして補充して来たからもう大丈夫」
笑顔で酒の入った瓢箪を掲げるトキにレティシアは少しキツめに言い放つ。
「私との試合でお酒ですか。随分と余裕がありますね」
「そんな怒んなさんな、お前さん。私が酒を飲むのは気分が良いからだ。弟子が師匠に挑んでくるなんざ、嬉しくてしょうがないんだよ」
カカカッ!と豪快に笑ったトキに毒気を抜かれたレティシアはため息を吐いた。何ともトキらしいと呆れてしまった。
「はぁ…トキさんらしいですね…」
「カカカッ!分かってるじゃないか!ーーー安心しな、少し本気を出してやるからさ」
「……ふぅ」
まだ酒の入った瓢箪の紐を肩から下げたトキは身の丈程ありそうな斧を片手で軽々しく持つとニヤリと微笑む。
レティシアも意識を切り替えて前傾姿勢で構えを取った。
周りも始まる瞬間を見逃さない様に固唾を飲んで見守っている。
「ええ…チェックチェック。アーアー、よし、双方準備は宜しいですね!ではこれより女性の部、決勝戦となります。此処まで激戦を勝ち抜いて来た選手を改めてご紹介致しましょう!」
魔導具の音漏れがないかをチェックしたホレスが選手の情報が書かれた紙を持って紹介に入る。
「まずは、この人!キュートな見てくれからは想像出来ない巧みなステップと鋭い牙を持つ、黒い牙所属。レティシア選手ゥ!!!」
司会のホレスがレティシアを紹介すると会場の視線が一気に彼女へ降り注ぐが、レティシアは構えを解かず、注意をずっとトキへ向けていた。
「ほぅ、成長したねぇ」
静かに集中を高めている。それに関心したトキが一言だけ呟いたが、すぐにホレスの大声で掻き消された。
「続きましては〜、これまで負傷すらせずに勝ち上がって来た強すぎる斧使い!トキ……えっ、まさかこの人、様は…えー、コホン。失礼しました。ヒガリヤ王からの追加情報によるとですね…誰もが知るあの生きる伝説!勇者ミナト率いる勇者パーティーのメンバー、七英雄、トキ〜、ダルタニアン選手ゥウウ!!」
ホレスの放った言葉で辺りは静まり返る。そして静寂の後、割れんばかりの拍手喝采が鳴り響く。興奮のあまり、席から立ち上がる人もいる中、トキは手に持つ斧で舞台を全力でぶっ叩いた。
舞台は割れ、その行動は興奮している人達を落ち着かせるのには充分だった。
「全く、どいつもコイツも…まだ勝負は着いてねえ!盛り上がんのはその後にしろ!…悪いねぇ、これだから名乗りたくは無かったんだ。こんな歳だけ食ってる奴の何が良いのかねぇ」
「…お強い人だとは思っていましたが、なら相手にとって不足はありません。俄然やる気が出て来ましたよ」
「カカカッ!あの喧嘩屋と性格瓜二つじゃねぇの。愉快、愉快!さぁ、そろそろ遊ぼうか…!」
トキは斧を舞台から引っこ抜いて肩に担ぐ。ホレスが焦りながらも自分の仕事をする。
「では気を取り直しまして…剣舞祭女性の部、決勝戦……始めぇっ!!」
「行きますっ!"疾風"ッ!」
ホレスの合図と共にレティシアが駆け出す。
足に風を纏わせたレティシアはトキが瞬きをする間に彼女の元へと到達した。
「ハァッ…!!」
「おぉ、前よりもまた速くなってるね。弟子の成長は本当に嬉しいや」
「……くっ!?」
(やはり強い。私の最高速をこうも易々と対処されるとは…)
トキはレティシアの攻撃をどこ吹く風で難なく避けるとレティシアの腹に目掛け、右足で蹴り飛ばす。
「そんな工夫の一つもない攻撃なんざ、興味ないね。もっと私を楽しませてみろ"闘気"」
今度はトキが動いた。金色のオーラを全身に纏い、斧を振り回す。レティシアも対抗する為に魔眼を使って紙一重で避けていく。
「そこ…!!」
レティシアは避ける中で何とか隙を見つけ、ナイフを振るうがトキにあっさりと防御される。
「此処まで私の攻撃が通らないなんて…」
「体幹をズラしてフェイント入れた所は良かったさ。だけど、視線が正直過ぎる。それは治すべきだねぇ」
距離を取って一息入れた後、両手を前に突き出して魔法を放つ。
「ご忠告痛み入ります。ではこれはどうですか!風よ、ウィンドブレス!」
「そんな初級魔法なんてあたいには効くか!"魔断烈"」
トキの振り下ろした斧はレティシアの放つ風を断ち切った。だが、風を断ち切れば一本の短剣が目の前に姿を見せる。
トキは冷静に短剣の軌道を読むと斧の持ち手の部分で弾き返したが、目の前には先程いた筈のレティシアの姿がない。
「チッ、成る程…考えたねぇ。本命は…上か…!」
「"旋風脚"ッ!!!」
トキが顔を上げれば、風を纏った足で踵落としを繰り出しているレティシアが目に止まる。体重が乗った重い一撃だが、トキは腕をクロスさせて頭に直撃するのを防いだ。
(防がれた。なら、コレは…!)
防がれた右足を軸として空中で身体を後ろへ回転する。左足がトキの顎にねじ込み、弾き飛ばす。吹き飛ばされるのを見越した上でトキもレティシアの背中を蹴り飛ばした。
「ガァッ……!今のは、効いた」
「…っ、とてもそうは見えませんがね」
まさか反撃されるとは思わず、口の中を噛んで切ってしまったレティシアは血を腕で拭う。息が乱れながらも翡翠の瞳はトキを睨み付けていた。
レティシアに蹴られた顎を触って痛そうにしているが顔には笑みを浮かべている。とても楽しそうに口を歪めていた。
「あたい相手に此処まで粘ったのは褒めてやろう。なら、もう少し本気を出そうか…!」
「なんて、迫力っ…!?」
トキのオーラが金から赤に変わる。眼光も鋭く、獲物を狩る瞳はレティシアを捉えて離さない。
まずい、このままでは負けてしまう。直感でそう感じてしまう程の威圧を感じる。
肌にヒリヒリと刺さる様なこの痛みに、この震えは身体が危険だと警告しているみたいだ。
レティシアの身体に流れる狼人族の血が全力でトキを迎え撃つ為に身体の隅々までドクドクと早く蠢いていく。
「どうした…?来ないのか?」
「トキさん、私は貴方相手にも負けないと誓いました。なら私は全力を持って貴方を迎え撃ちましょう!」
魔力を全て使い果たす勢いで瞳に注ぎ込む。あの最悪の日に使える様になった忌まわしいこの瞳はトキ相手に対抗できる唯一の手段だとレティシアは考える。
「"黄金の瞳"!!」
その一言で翡翠の瞳が黄金へと変化する。目の周りには血管が浮かび上がっている。
(魔力は後もって数秒、それでこの戦いに決着を付けます!)
「さぁ、決着をつけましょう……"疾風"」
「カカカッ!楽しくなってキタァー!!」
レティシアがトキに向かって走る。トキの周りをジグザグに旋回し、強襲を仕掛ける。
彼女の死角からの攻撃にトキは反応して斧を振るうがそこにレティシアはいない。斧を振る手を止めれば、また別の方向から襲い掛かってくる。魔眼のお陰で何処に攻撃が来るか、1秒先の未来が見える彼女には届かない。
「当たらないか…流石は喧嘩屋の娘、狼人族には速さで一歩先を行かれる」
そういうトキだが、レティシアの素早い連撃に対して大きな斧を巧みに操って攻撃を受け止めたり、身体をその斧へ隠して攻撃を防いでいる。
故に自分の切り札を使ってもなお、攻撃が届かないトキにレティシアは焦りを感じずにはいられなかった。
「ハァハァ、くっ…ここまでですか…」
「その様だね、誇ると良い。七英雄と言われたこのトキ・ダルタニアンを此処まで楽しませた褒美だ。受け取れ!"天地両断斬"!」
トキが高く後ろへ飛び上がり、手に持つ斧を舞台の真ん中へと放る。斧を中心に土が盛り上がり、土や舞台の割れたブロックが彼女に降り注ぐ。
「まだ…まだ私は諦めない!全てまとめて、ぶん投げる!」
風魔法で降って来た細かな土や埃、破片を一掃し、大きなブロックを風で纏めると手で掴む様にトキがいた方向へぶん投げた。
「カカカッ!いいね、最高だ、最高にイカれてる!」
赤いオーラを纏っているトキは大きな障害は拳で殴り付けて壊していき、細かな物は身体が傷付こうとも無視を決め込んだ。
そして暴風を前に斧を一閃、魔法を斬られた事に動揺したレティシアが少し反応が遅れる。それが不味かった。
「楽しかったよ、お前さん」
「…っ、ガッ……!」
トキの渾身の右ストレートがレティシアの身体に突き刺さる。くの字に身体を曲げて吹き飛んだ彼女は舞台の隅まで転がってうつ伏せに倒れた。
「…けほっ、ゲホ…」
(…強い、身体に力が入らない。まだ、場外へは落ちていない。大丈夫、私なら立てる。立て、わたし!)
腕を伸ばし、上半身を起こす彼女の姿は誰が見てもボロボロで限界だと分かるほどだ。
「嬢ちゃんー!頑張れぇぇ!」
「レティシアちゃーん!ファイトー!」
「頑張れー!!!」
だが、その諦めない姿勢は観客の心を掴んだ。身体に残る全ての力を出し尽くしてなお、立ち上がろうともがき続けるレティシアを見て、会場全体から声援が飛び交う。
「やれやれ、凄い人気じゃないか…なぁ、レティシア?」
「…ハァハァ、嬉しい限りです。この応援する声が此処まで力をくれるなんて初めて知りました」
「そう言うが、お前さんはそうやって立っているのがやっとだろう。そろそろ降参したらどうだい?」
「生憎と、狙った獲物は仕留める質でして、勝負と恋だけは誰にも負けるつもりはありませんね」
「カカカッ!あくまでも私とやり合う事を選ぶとは…その粋、気に入った!あやつもこんな良い女に惚れられたものよな」
向かい合う両者、勝負を楽しむトキと強くあろうと己の限界を超えようとするレティシア。
一陣の風が2人の髪を撫でる様に通り過ぎると同時に彼女達は動き出す。
「参ります!」
「カカカッ!…来いッ!」
全身から来る痛みを歯を食い縛って耐える。手に持った短剣に最後の一撃を込めて振り被る。
「これが、私の全力だァアアアア!!!」
短剣を振るう先にはトキさんがいる。斧で私の攻撃を受け止めるつもりなのだろう。こんな無鉄砲でただの振りかぶりなんて避けられてそれで終わり。だけど、彼女は最後まで私に付き合ってくれるみたいだ。
(トキさん…此処まで付き合ってくれてありがとうございます。私のこの一撃は何が何でも届かせる…!それが恩師への…恩返しだから!)
後一歩、前へ前へと地面に縫い付けられているみたいになかなか動かない足を無理に動かす。
「動けぇええ!"疾風"ッ!!!」
足の筋肉がブチブチと嫌な音を立てる。だか、それでも足に力を込めて更にレティシアは飛んだ。
「ハァァァァァッ!!!」
「カーカカカッ!楽しいなぁ、レティシアァ!!」
ぶつかり合う両者の獲物。鉄で作られた斧と短剣がぶつかり、火花が舞い散る。
レティシアの劣勢かと思われたその時、トキが持つ斧からミシミシ音が鳴り始め、これまで行使し続けた斧はあっという間に壊れた。
武器が壊れて無防備だというのに笑うトキ。その彼女の表情は同性のレティシアから見ても惚れ惚れするぐらい綺麗な物だ。
「…フッ、お見事」
トキの腹へレティシアの拳が突き刺さる。吹き飛んでいくトキとその場で倒れるレティシアに会場にいる全ての人は固唾を飲んで見守っている。
(早く立たなくては…あの程度で勝てる程、あの人はそう甘くない)
身体に力が全く入らなかった。限界以上の力を全て出し切ったレティシアは最早立つ事さえ困難だった。
「試合終了ー!女性の部決勝戦を見事勝ち抜いたのは…レティシア選手ゥ!!」
「…は?」
焦る彼女を余所にホレスが試合終了と宣告する。何がどうしてと分からないレティシアは首だけ動かすと舞台の外で瓢箪の酒を飲んでいるトキが目に入る。
視線を向けられたトキはレティシアの方へ近づくとこう言い放った。
「おめでとさん。この勝負、お前さんの勝ちだ。まさかあたいが負けるなんてねぇ…いやぁ、参った参った!」
「私が…勝った?」
「そうさ、最後のアレであたいは場外。弟子の成長は早いもんだねぇ〜、カカカッ!」
「なんか納得いきませんね…」
うつ伏せに倒れているレティシアと立ち上がって酒を煽り、元気よく大笑いするトキ。
勝者と敗者が構図がまるで逆だが、ルール上勝ったのはレティシアである。彼女本人は何処か納得行かずに口を尖らせ、頬を膨らませていた。
「さてと…あたいはちょっと急ぎの用が出来たから行くが、弟子達の試合がどうだったか後で教えておくれ」
手をひらひらとさせて去っていくトキを眺めて呆れた様にため息を吐いたレティシアは担架に揺られながら呟いた。
「もっと強くなりたいな…」
まさかの番狂せに会場の熱は冷める事がない。離れてもなお、聞こえてくる歓声にレティシアは目を閉じて微笑んだ。
剣舞祭、女性の部。
優勝は黒い牙所属、レティシア。
レティシア
奥の手を使ってもなお、最強格の存在に手が届かなかった事を身に染みてもっと強くありたいと心に刻み込んだ。
トキ・ダルタニアン
弟子3号がまさか短期間でここまでやれるとは思わなかった。流石は喧嘩屋の血を引いていると嬉しくなって酒が進んで仕方ない。
ある気配を察知して会場を抜け出すが…。
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