第95話 準決勝戦 カーマンvsアルバルト
両者による激突、誰しもが固唾を飲んで見守る。
舞台にパタリとうつ伏せに倒れたのは金髪の男だった。
「勝者ーーーゼニス選手っ!」
勝者と敗者が決まり、会場あちこちで拍手喝采が起きる。戦い抜いた選手達を褒め称える様に会場の空気が振動する。
「ユージ!…ガキンチョ、ちょっと行ってくるわ」
「ああ、分かってる。早く行ってきなよ!」
観客席で応援していたミリアは居ても立っても居られずに人を掻き分けてユージが運ばれただろう治療室へ走っていく。
「ユージーンの兄ちゃん大丈夫かな…?」
「ミリアさんが付いてますからきっと大丈夫ですよ。私達は私達で出来る事をしましょう。次はアルバルトさん、そして私の番です」
「そう、だよな!アイツはきっと兄ちゃんが倒してくれる。俺の出来る事は応援ぐらいだけど…声が届くぐらい頑張って応援するよ!」
トーマスが明るくなった事を確認したレティシアは席を立つ。
「その意気ですよ。…私もそろそろ控え室へ行ってきますが1人で大丈夫ですか?」
「席の場所は俺が確保しとくから大丈夫!だから頑張れ、姉ちゃん!」
「任せて下さい。狙うは優勝…それのみです」
トーマスの激励によりレティシアの足取りが一歩一歩、力強く地面を踏む。
気合いは充分。それは舞台に上がり込んだアルバルトも同じだった。
ユージーンの試合が終わり、彼が担架に乗せられている時、アルバルトはその近くにいた。
「…負けてしまった。約束を破ってしまってすまない…」
目元を腕で隠して呟くユージーンにアルバルトは声を掛ける。いつにもなく情けない声を出すユージーンを見て、アルバルトは出来るだけ明るい声で励ます。
「大丈夫だ。お前の仇は俺が取ってみせる。だから今は安静にしてろ」
「アルバルト…!」
「それにお前のお陰で奴の戦い方が分かった。力比べなら俺は強いって知ってるだろ?再戦はまた今度にしようぜ!」
「うん…うん…ありがとう…」
ユージーンの目の隙間から涙が溢れる。悔し泣きか嬉し泣きか。それを知るのは本人である彼だけだろう。
涙を拭ってしっかりとアルバルトを視界に捉えるユージーンは穏やかな表情で言葉を紡ぐ。
「僕の分まで頼んだ」
「おう、任せとけ!」
ユージーンが担架に乗って運ばれていく。アルバルトは彼に背を向けて舞台へ上がり込む。
そこに待ち構えていたのは受けたダメージを己の力として変換し、身体を巨大化する事が出来るカーマンだった。
「…悪いな、待たしちまったか?」
「男同士の友情に水を刺せる乙女なんていないわぁ〜ん。良い女は待てる女よ☆」
「ホント、男じゃなかったら惚れてたかも知れねぇな…」
アルバルトの軽口に気を良くしたのか。カーマンがクネクネと蠢いている。その姿に吐きそうになりながらも何とかアルバルトは耐えた。
「あらぁ〜、嬉しぃ。でもお生憎様。私、こう見えて捕まるより捕まえる方が好みな〜の!…だから貴方もこの試合が終わったら私の虜になってるわ!」
「いや、お前見たまんまだぞ…」
鼻息を荒くするカーマンは前屈みになっていつでも襲い掛かる準備は満タンだった。
どう見たって捕まえる側だろう。
その姿はまるで捕食者だ。獲物はアルバルトって感じだろうか?
(ゼニスと戦うのは決勝戦…此処は絶対に負けられねぇ)
対してアルバルトも足を肩口まで広げ、大剣を前に構えると大きく息を吐いて気持ちを入れ替える。
(目の前の敵に集中しろ)
「男の約束は2度は破らせねえ」
司会のホレスが両者に試合を始めていいかの意思確認をする。両者の合意が得られたことで高らかに試合開始の宣言をした。
「ハアハアハアッ!…もう我慢出来ない!行くわ、イクワヨォォオ!!」
「まずはこれだ!喰らえ…ファイアボール!」
アルバルトの突き出した手のひらから火の球が数発、撃ち放たれる。
「無駄無駄ムダァ!貴方の攻撃で私は更に強くなる!"愛の突撃"!」
魔法を全身に受けてなお、カーマンの歩みは止められない。魔法を受けたダメージでカーマンの身体は一回りも大きくなった。
アルバルトは剣を盾にして真正面から受け止める。
「うぐぉお…!まだ、まだこっからァァ!!」
まるで大型のトラックに衝突したかと錯覚する程の衝撃。鬼の力を解放したアルバルトは腕に血管が浮く程、剣に力を込めて押し返す。
押し返されると思わなかったのか、カーマンは後ろへ仰け反った。その隙をこの男は見逃さない。燃える炎の拳が彼を捉える。
「ファイヤーハンドッ!!」
「あっつうぃ!?よくもやったわね。もう許して…あげないわ!」
「これもあまり効いてなさそうだな」
アルバルトの一撃がカーマンに炸裂する。カーマンはあまりの威力に後ろへ倒れそうになるが身体が柔らかいのか持ち堪える事が出来た様だ。
(マジかよ…筋肉の塊なのに柔らか過ぎるだろ)
予想外。いや、クネクネした動きから予想は出来ていた筈だが考えたくはなかった。だってちょっと吐き気を覚えていたしな。
「なら、今度はコイツだ。エンチャント"灼熱剣"」
「また火…良いわね、貴方。熱い男は私の大好物なのぅ!"愛の突撃"」
カーマンがその膨張した巨大な身体を丸めて突進して来る。俺は燃える大剣を振り被る。
「うぉおおおお!!!」
カーマンの動きに合わせて剣を振るう。タイミングはドンピシャだった。
当たるーーそう思った瞬間、剣は対象を見失い空振りをした。
「な〜んちゃって☆」
「は?」
アルバルトが振るった剣は確かにカーマンへと迫っていった。が、その剣が当たる寸前でカーマンの驚異的な身体の柔らかさによって躱される。上半身だけを後ろに逸らして剣の軌道から外れたのだ。
完全に貰ったと思っていたアルバルトの顔は面白いぐらいに歪む。口を開けて間抜けな声を出てしまう。
「言ったでしょう?私、捕まえるのが好きだってねぇ!!」
ニタァと上半身を起こしながら笑うカーマンはアルバルトが剣を構える前に捕まえる。それはカーマンがマゼラとの戦いで使用した必殺技の下準備であった。
アレは喰らいたくないとアルバルトもボヤいていた程に凶悪な技である。
「……ぐぅぅ………ガァ…!はな、せぇ!」
バキバキボキボキとカーマンの太い腕に抱き締められているせいで背骨から嫌な音が鳴り響く。何とか逃れようと手から魔法を連続でぶつけるがそれはカーマンを更に強くする要因となった。
身体がまた一回り大きくなり、アルバルトを締め上げる。何度も何度もゼロ距離から火魔法をぶつける。
激しい爆発が彼らを襲うがカーマンは少しだけ顔を歪めはするが逃すものか!と決して離さなかった。
「クッソォォォオ!!」
「さあ、これでフィナーレ!!"抱擁愛圧殺術"」
カーマンが必殺技を仕掛ける。体重80キロ程あるアルバルトを持ち上げ、そのまま空高く飛んだ。
空中で足を捕まえられた。これで身動きを完全に封じるって訳だ。
(成る程な。地上で上半身の骨を折って、抵抗する気力を奪い、空中で身動きを固めてフィニッシュって所か。なかなか凶悪な技だ)
「だがよ、相手が俺じゃなかったら勝ってたかもなぁ!」
鬼人の力を使って全身の痛みを治療する。地面まであと僅かだが、まだ間に合う。これで終いにしてくれる。
「吠えたって無駄よ!骨を折ったんだもの。貴方が抵抗する力なんて残って無いわ!」
「決め付けは良くねえよなぁっ!!」
まだ右手に持っていた大剣から炎が燃え上がる。それを見たカーマンは驚愕している様だ。まあ、瀕死だと思っていた相手が反撃してこようとしてるんだ。無理もない。
「お返しだーー受け取れ!」
「そ、そんな馬鹿な…うっ、ガァア!!!」
炎を纏ったその剣はカーマンに向かって薙ぎ払われた。カーマンは慌てて拘束していたアルバルトの手足を離し、身体を捻って躱そうと試みるがアルバルトに腕を引っ張られて体勢を入れ替えられる。
最早、舞台まで数十センチの距離だ。アルバルトの炎の剣はカーマンの腹を焼きながら勢いよく振り下ろす。
「"灼熱剣 火柱"!」
空中に炎の柱が上がる。そしてそれをモロに受けたカーマンはドゴーンと舞台に勢いよく叩き付けられ、鈍い音を上げる。
「………っ!?!」
追撃を仕掛けるが身を転がされて惜しくもトドメとならなかった。だが、相手は息も切らしている。
「ゼェ…ハァハァ…、な、なかなか、やるわね…」
「成る程な、分かってきだぜ。お前の弱点が…!」
剣を持つ手に力が入る。炎を再び纏わせて最短距離を突っ走る。
確かにカーマンは強い。分厚い筋肉の膜とそのスキルによる耐久力が1番の脅威だ。だが、そんな奴にも弱点があった。
きっかけは俺が捕まっていた時に放っていた火魔法だ。複数回ぶつけてみて初めて奴の顔が歪んだ。そして更にさっきの一撃でダメージが入った。魔法をぶつけた所に手を置いて苦悶の表情をしている事から耐久性にも限界があると俺は考える。
「うぉおおおあおお!!!」
「くっ…!」
大剣を力任せに下から振り上げる。カーマンは太い腕で亀のように身を固めるがそれは無意味だ。仮にも鬼人族の力を使える俺の腕力と遠心力が合わさって途轍もない破壊力を生む。
ガードの上から強引に剣を払ってこじ開ける。痛みに顔を歪ませたカーマンが腕の隙間から見えた。目と目が交差する。
「そこだァ!ファイヤーハンド!!」
(これで終わりだ、カーマン。いい試合だったぜ)
体重の乗った渾身の一撃がカーマンに炸裂する。爆発と同時に奴の身体が吹き飛んで舞台へと倒れた。
自分が受けられるダメージ以上を喰らったカーマンは白目を剥いて気絶した。その姿は誰が見てもこれ以上は続行不可能だと確信できる。
「俺の…勝ちだ!」
ボロボロになってしまった大剣を空へ掲げれば、周りから大きな歓声が湧き上がった。
(何とかなって良かった…これまた受付の人に怒られるかね)
本日2回目の貸出の剣をボロボロにした俺は少しナーバスな気持ちに陥る。ふと俺達が座っていた観客席を見てみるとトーマスとミリアが手を大きく振っていた。
その彼女の横には回復したユージーンが笑みを浮かべて小さく拍手している。
「照れ臭さいな…」
フッと口元を緩ませていると担架が俺の目の前に置かれた。きっと後ろに倒れているカーマンでも運んでいくのだろうと思ったが担架は2台ある。何故?と思っていると担架を運んで来た医療スタッフに話し掛けられた。
「すみませんが、アルバルト選手。此方にお乗り下さい」
「いや、俺はこの通り大丈夫だ。それよりあいつの方を先に運んで上げたらどうだ?」
明らかに白目を剥いて気絶しているカーマンの方が重症だろう。そう提案するが目の前の医療スタッフは首を横に振る。
「カーマン選手は身体が大きいので今、運べるだけの人を呼んでいる所です。貴方の方も外傷は目立ちませんが身体の内側は見てみなければ分かりません。次の決勝戦の為にも、一度は診察を受けて下さい」
そう言われれば次は決勝だ。傷等は自前で治したが診察を受けなければ、怪しまれるかも知れない。何がキッカケで鬼人族ってバレるか分からんしな。
「…分かった。これに寝れば良いんだよな」
「助かります」
担架に横になる。せっせと舞台から控え室に続く廊下を突っ切る。見覚えのある茶色の髪が視界に入る。
次の戦いを控えているレティシアだ。彼女は尻尾と耳をピンと立てて気合いを入れている様子が見て取れる。
「次、頑張れよ」
「お任せを」
すれ違い様に言葉を交わす。彼女は俺に一目くれるまでもなく、ただひたすらに舞台へと続く道を見つめていた。
次はトキとの決勝戦だが果たしてレティシアは勝てるだろうか。トキには稽古も付けてもらったが、2人がかりでも歯が立たなかった。
いや大丈夫、俺達も強くなった。それに信じて待とう。
俺は担架で揺られながらも必死で祈る。
それが彼女にとって大きな力を与えてくれるそう信じて祈り続けた。
アルバルト
持ち前の力で何とか勝ちをもぎ取ったが、2度と相手にしたくないと思うほどの強敵だった。次の試合で戦うレティシアにエールを送る。
カーマン
熱い男が大好きなオカマ。店では自制が効いているが、戦いとなると自分も熱くなり過ぎてしまうので戦いが終わったら反省している。
現在は白目を剥いて意識が飛んでいる。
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