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鬼人の旅路 これは君を探す物語  作者: 直江真
第一章 旅立ち
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第9話 残酷な誕生日3

 鬼ヶ島の村の村長であるキドウは焦っていた。娘のリサーナとよく遊んでいる子供達が大声で喚いていたからだ。


 聞けば、森の奥へ彼らが入って行ったという。すぐさま手の空いている大人の鬼人族に声を掛け、全力で森へ向かっていく。


 ここから森へはそう遠くない。だが広さが問題だ。


「お前は左から行け、そっちは右だ。ワシはこのまま真っ直ぐ探す」


「了解」


「見つけたら合図を送ります」


 3方向へ分散するとキドウは1人、真っ直ぐ突き進む。本気の彼の聴力、視力等の身体能力は他の鬼と比べて何倍もの力が備わっている。探す範囲が3分の1程度なら1人でも索敵が可能だ。


「リサーナァァァア!キビトォォォオ!アルバルトォォオオ!居たら返事をしろー!!!」


 大声で叫ぶ。空気が振動し、それに合わせる様に地面も揺れる。木に止まっていた鳥の魔物は驚いて一斉にバタバタと飛び立った。


 走り続けて数分、小さな音だがピチャピチャと水の跳ねる音が聞こえた。


「そっちにいるのかっ!」


 進行方向を変えて目の前の塞がる木を薙ぎ倒しながら進むとそこは森の中なのに視界が開ける広場だった。


 センカの実を付けている大木とそこへ横たわる熊の魔物がいた。


「コイツは…タイラントグリズリーか。なぜこの魔物がこの地にいる?」


 Bランク相当の魔物は鬼ヶ島ではここ数百年姿を見せてはいなかった。この鬼ヶ島が出来た当時では子供達に危険だと言うことで大規模な殲滅措置が取られたからだ。


 何故ここにと考えるがそれよりも大事な子供達を探す為に辺りを見渡した。そしてすぐに先程の音の正体が分かった。巨大なタイラントグリズリーの身体の影に隠れていた。


「おい、アルバルト!しっかりしろ!」


 そこには五体満足だが身体を血に染めたアルバルトがグリズリーの腹へ何度も何度も拳を突き刺している。ポスポス、ペチャペチャと繰り返し殴り続ける姿にコレはおかしいと感じた。


 後ろから脇に腕を通してグリズリーから離すとキドウはゆっくり地面にアルバルトを下ろす。


 顔を俯かせて地面を見つめているアルバルトの前に移動すると彼の肩を掴んで他の子供達は何処か聞き出そうとした。


「アルバルト、無事で本当に良かった。リサーナとキビトは何処だ。ワシに教えてくれ」


「………」


 キドウが聞いても何の反応も示さないアルバルト。その姿に少しだけイラッと来たがもう一度、同じ事を聞いた。


「アルバルト、お願いだ。…それとも分からないのか?」


 その時だった。上空にバフッと大きな音が炸裂する。仲間達が他の子供達を見つけたという合図だ。


「そっちに居たのか…アルバルトも分からない訳だ。…すまん、アルバルト。皆が待っている。早く此処から離れるぞ……ッ!」


 そう言って手を差し出したキドウは思わず手を引っ込めた。俯いていた頭が少しだけ上がっており、髪の隙間から目が紅くなっているのが見えたからだ。


 そして次の瞬間、アルバルトは突如として笑い出す。その様子は誰かを嘲笑うかの様に口元を歪めていた。


「アーハッハッハッハッ!」


 笑った時間はほんの数秒だろう。声が枯れるぐらい叫んだ後、彼の身体は地面に倒れて動かなくなった。


 慌ててキドウが身体を起こすとすぅすぅと心地良い寝息を吐き出している姿にほっと胸を撫で下ろす。


「まさか…いや、今は帰ろう。……みんなが待ってる」


 眠ってしまったアルバルトを背負って森を抜けるキドウは今の光景がずっと頭から離れない。先程の彼の笑い声が頭の中を駆け巡っていた。


 ◆


 村へ帰る途中に意識を取り戻したアルバルトとボロボロの状態のリサーナとキビトは治療を受けた後、キドウの家、つまり村長の家でしこたま怒られていた。


「あー、頭がまだキンキンする」


「私もだ。お父様もあそこまで怒鳴るなんて何時以来だろうか…」


「めっちゃ怖かったよな…」


 正に赤鬼という言葉が相応しいほど顔を真っ赤に激昂する姿は恐怖で身体がずっと震えていた。思い出すだけでまだ震えが…2度と見たくない。


「てか、アイツ何処行ったんだ?さっきまで居たのに」


「ああ、キビトなら両親が迎えに来て帰って行ったよ。彼らの顔が凄い事になっていたから恐らく家でも搾られると思う」


「…俺もそうなりそう、家に帰りたくねぇ」


 キドウさんの説教が終わった後、俺の両親も俺を迎えに来ていたが何やら話があるとの事で部屋の奥へ行ってしまった。俺とリサーナは外に出て適当にぶらついて時間を潰している。


 母さんの方は般若の顔だったからきっと家に帰ったらマジギレと鉄拳制裁が待っているに違いない。


 そう思っていたら震えが…流石兄妹、恐ろしいとこまで似ているやがる。


 俺の顔色を見たのだろう。リサーナが心配そうにしている。


「ごめんなさい。私が森の奥へ入ってしまったばかりに…アルまで巻き込んでしまった。本当にすまなかった」


 彼女はガバっと腰を折って頭を下げる。髪の隙間から見えた目には涙が滲んでいた。


 しゃあないなぁという気持ちで言葉を紡ぐ。


「…はぁ、まずは頭を上げて俺を見ろ」


 ゆっくりと頭を上げて俺を見つめるその姿は何時も自信満々な彼女とは違い、弱々しい。


 いつまでもそんな顔してんじゃねえとデコピンをしてやる。


「…痛っ!」


「今回はこれで勘弁してやる。…次からはもっと気をつけろ。あんま親を泣かせんなよな」


 自分にもブーメランだと思いながらもリサーナに注意した。


 デコピンをされた所に手を当てて少し涙目のリサーナは分かったと返事をした。


 全く、こんなの痛くも無いだろうにオーバーな奴だ。


「…なぁ君、ちょっと力が強くなってないか?気の所為なら悪いんだが…」


「うーん、そうか?まあリサがそういうなら…あれで試してみるか」


 家の外には切り株と薪を割る斧、胴回りが太い木やその枝が置いてある。割った木を乾燥させる為のちょっとした薪小屋なんかも設置してあるのだ。


 大きな木の切り株には頑丈な斧が突き刺さっている。その斧は子供からしたら身体の半分程度の大きさがあるので、持つのにも一苦労だ。


 俺の思いとは裏腹に鬼人族であるリサーナは斧に手を伸ばして軽々しく取る。そして持ち手の部分を俺に差し出して来たので両手で掴んで受け取った。


「軽い…前は全然持てなかったのに…」


 以前、持とうとした時は斧があまりに重くて中腰になりながら必死に持っていた。今は棒切れを振り回す感覚で軽々しく持てる。


 少し試してみたくなり、まだ割っていない薪を土台である切り株の上に乗せる。斧を軽く振り落とし、薪に突き刺したらそのままもう一度、今度は勢いをつけて振り落とした。


 パカーンと気持ちの良い音が辺りに響く。


「ふぅ、確かに今日の朝よりも力が強くなってる。後、薪割りめっちゃ楽しい」


「交代でやろう!私もやりたい!」


 アルバルトを見守っていたリサーナも彼の楽しそうな様子に薪割りに興味を持った。子供達の楽しそうな声は家にいたキドウ達にも聴こえており、皆口元が緩んだ。


 ◆


 彼らが外で遊んでいる頃、キドウの家には家の主人であるキドウとその妻、ランヌ。それからアルバルトの親であるミナトとツナが顔を合わせて座っていた。


 キドウは鬼ヶ島の中でも体格が大きい鬼だ。その横には糸目でいつもニコニコと笑顔を浮かべて愛想がいいと評判のランヌがいる。


 そんな彼らと対面するのはアルバルトの親であるミナトとツナだ。ピリピリとした空気が流れている。


 ミナトはピンと背中を伸ばして正座している。ツナも初めは正座しようとはしたが足が痺れる為、途中から片足を立てており、姿勢は悪い。


 彼らは自分の息子が怪我を負い、運び込まれたという知らせを受けて家事や鍛錬を放り出してすっ飛んで来た。


 そしてキドウの家に着いた彼らは元気なアルバルトを見てホッと胸を撫で下ろしたが話があるといつにも増して険しい顔のキドウに連れられた。


 息子の身に何かあったのか、それともリサーナと揉めたのか。考えたが分からない。


 だが、今も険しい表情のキドウと普段おっとりとしているランヌが落ち込んでいる様子から只事では無いと肌で感じていた。


 そしてその静寂を破ったのはキドウだった。


「……此処まで足を運んでもらって悪いな。どうしてもあの子らに聞かせる訳にはいかねえからな」


「一応、念の為…フーア!」


 風の魔法を応用して部屋全体を覆う。声が外へ漏れないように薄い膜が部屋全体を張り巡らし、防壁を貼った。


「これで良いだろう。待たせたな」


 キドウにさあ早く本題を言えとミナトが迫る。


「まずはこの騒動から説明しなきゃな。…子供達が村の言いつけを破って森の奥へ足を踏み入れちまった。どうやらワシの娘が言い出した事らしいがアルバルトを巻き込んじまった。…すまねぇ」


 胡座を掻いて座るキドウの額が畳に着く。妻であるランヌもまた正座をしながらも頭を下げる。


「兄貴…頭を上げろ。アタシはリサーナが悪いなんて思っちゃいねえ。リサーナは賢くて物分かりも良い子だ。そんな子がうちの馬鹿の為に身体張ってんだ。感謝はするが恨む事なんざないね」


「キドウ、お前が迅速な対応をしてくれたお陰でアルバルトが軽い怪我だけで済んだんだ。此方が礼を言いたいぐらいだ」


「すまん、恩に切る。後は…いや」


 キドウは言い淀んだが意を決して伝える。


「まだ続きがある。ワシがアルバルトを保護した時の話だが…もしかしたら奴が復活するかも知れねえ」


 キドウの最後の言葉にツナが目を見開いて反応する。


「……!?悪い冗談はやめろって兄貴」


「ワシがアルバルトを見つけた時には戦闘が終わっていた。そしてあの子は倒れているタイラントグリズリーの側にいた」


 お茶が入った湯呑みを手に取り、一口だけ軽く口に含んで続ける。


「アルバルトがタイラントグリズリーとの戦いの中で鬼人族の力に目覚めたのは間違いねぇ。だがそれだけじゃ、あの魔物には勝てるわけがねえ…それにアルバルトを見つけた時、あいつは笑っていた。…その笑い声が恐ろしい程、奴に似てるんだ」


「…ッ、テメェ!!似ているからなんだってんだ!それだけでアタシの子を化け物扱いにするつもりか!!兄貴でも言っちゃいけねぇ事があんだろがッ!!」


 兄の襟元を掴み掛かったツナは恐ろしい形相で睨み付ける。額には血管が浮き出ており、その瞳は怒りで真っ赤に染まっていた。


 ツナが怒りを露わにする中、静かに落ち着きを見せていたミナトが口を開く。


「ランヌさん、アルバルトを治療してくれたのは君だろ。教えてくれ、貴方ならそれが分かるはずだ」


 ミナトに言われて注目が集まった彼女の額に汗がびっしりと張り付いている。


 いつものポワポワとした感じではない。明らかな動揺と焦りが態度から滲み出ている。


 視線を下に向けていたランヌは数秒したのち、震える声で語り始めた。


「私は、これが夢だったらどんなに良かったか…アルちゃんの中に私達が命懸けで封印した魂が、います」


「チッ!」


 口に出すのも辛いと感じる程、ランヌの震える声に少しは冷静を取り戻したツナはキドウを乱暴に離す。


 そのまま苛立ちをぶつける様に胡座をかいて腰を下ろす。憤ってる彼女を一目見て視線を前に戻したミナトはバクバクと弾け飛びそうな心臓を押さえつけて冷静を装いながら問う。


「アイツは後もってどれくらいなんだ」


「……ランヌが言うには兆候がすでに出始めている。恐らく成人するまで持たないだろうな」


「……ごめんなさい」


 キドウの現実を告げる残酷な一言にランヌは耐えきれなくなり、手で顔を覆って部屋を出て行った。


 ミナトも我慢の限界が超えたのか目尻に涙を溜めて畳に固く握り込んだ拳を振り落とす。


「…クソクソクソッ、何でだ…!奴は何時まで俺達を苦しめる?呪いは俺達が背負った!息子は…アルバルトは関係ないじゃないか!」


「ミナト……ワシは今から残酷な事を言う。このままだと奴は必ず復活する。だが、彼奴の魂がアルバルトに乗り移っている今なら奴を確実に滅ぼせる。ならワシは……」


 その一言で今度はミナトがキドウの首筋を両手で掴んで締め上げる。キドウは立ち上がりながらその手首を掴んで何とか呼吸を確保した。


「キドウッ!!それ以上言うならお前でも容赦しないぞ!」


「ワシだって辛いさ!!だがな、誰かがやらなきゃいけねぇってのは分かってんだろうが!このまま放置すれば、いずれ誰かが死ぬ!違うな、沢山の命が失われるってのはお前が1番よく知ってんだろうがよ!」


 感情と感情がぶつかり合う。納得出来ない、言わせないとするミナトと恨まれても良いと自ら悪役を買って出るキドウが互いを睨みつけ合う。


「優しいお前らは出来やしねぇ…まして自分の子供だ。……ならワシがやるしかねぇだろ、ワシがこの中じゃ、適任だ」


 眉間にシワを寄せ、歯を食い縛る表情は怒りとは別の悲しみが込められた大男には似合わない情けない面だった。


「…待ちな」


 男達の間に割り込んで来たツナは続けざまに吐き捨てる。


「アタシが全部片付ける。誰にも殺させねえし、誰にもやらせねぇ。アタシがあの子を生かす方法を必ず見つける……だから兄貴、頼む」


 プライドの高いツナは滅多に人に頼む事などしない。なまじ自分で何でも出来てしまうので頼るなんて考えが生まれない。人に頼むなら自分でやろうと考えるからだ。だが愛する子の命が掛かってるとなれば別だっだ。


「お前が頭を下げるなんてな…分かった。それならそうしろ。だが、条件がある。後、3年だ。それ以上掛かるようであれば…ワシに全て任せて貰うぞ」


 その後も彼らの話し合いは続いたが話し始めてから1時間が経つ頃には日も暮れて来ており、一度、お開きという形で解散することになった。


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