第85話 予選終了
第4予選が終了した後、アルバルトはレティシア達がいる席へと戻り、狼人族であるレティシアの尻尾に癒されていた。
毎回、暑くて少し邪魔だなぁと思っていたが今は最高の癒しの存在である。
もふもふもふもふ、モフモフモフモフ。ふわふわふわり、心地良い。
「あの、アルバルトさん。人目もありますし、もうそのくらいで…」
何を言ってるんだこのモフモフは…いつもは離せと言っても巻き付かせる癖によ。それに口だけで本気で止めないじゃないか。
「モフモフなんだ。これ、モフモフなんだ。硬くない、柔らかい」
「こりゃ、重症ね。ガキンチョ、コレを彼の口の中に入れてみて」
「何コレ、葉っぱ?」
レティシアが止めようとしても一心不乱に両手でモフついているアルバルトを見てミリアは服の中から小包を取り出す。
小包の中にあった小さな葉っぱを摘んでトーマスに手渡す。トーマスは何だコレ?と思いながらもアルバルトの口の中へと突っ込んだ。
ミリアに分からせられてからトーマスは従順に言う事を聞く事にした。全身くすぐりの刑はそれ程まで恐ろしいのだ。
「モフモフも…ゴホッゴホッ!?あれ、俺は何をやって…てか、苦っげえ!?」
「目が覚めたかい、アルバルト?僕も偶に食べるけどそれ、苦いよね」
取り敢えず、口の中にあるこのクソ苦い葉っぱを飲み込む。急いでマジック袋から羊の魔物の皮で作られた水筒を取り出して水を口いっぱいに注ぎ込んで後味を洗い流した。
「…うへぇ、苦い。まだ口の中に残ってる感じがする」
「クダミノ草っていうお肌の美容に良いとされる薬草よ。あまりの苦さに気つけ薬としても使われる事があるわ」
ミリアはそう言うと先程の葉っぱを1枚、口の中へ放り込んで咀嚼する。案外平気そうなミリアの表情を見てレティシアが興味を持った。お肌に良いと聞かされて試したくなったのだろう。
「うーん、この苦さがまた良いのよね」
「ミリアさん、私にも1枚下さいませんか?」
「良いわよ?初めてだとちょっとキツイかも知れないけど」
「おい、やめとけ。絶対後悔するぞ」
止めるがレティシアはミリアから既に受け取っており、小さな舌にその葉っぱを乗せて飲み込んだ。
「うっ!?」
彼女の耳と尻尾の毛が逆立つ。普段はあまり表情を変えない彼女だったがこの時ばかりは口に手を当てて眉間に皺を寄せている。
「ほら、水だ」
「…ありがとうございます」
ごくごくと喉に流し込む彼女を横目に目の前で始まった第5予選にも目を向けた。
ユージーンとトーマスは食い入る様に自身の戦闘スタイルと似ている選手をよく観察している。学ぶ所がないか探しているのだろう。
俺も負けられないな。きっと実力差って物はこういう地道な努力があって広がるのだろう。
クダミノ草をおつまみ感覚で食べる頭のおかしいミリアとまだ水筒の中身をちびちび飲むレティシア、俺達男組は黙って観戦する。
そして時は流れ、男性の部の予選が終了した。そうなると今度は女性の部だ。
女性の部は男の半分しかブロックが無いのでレティシアの番は割とすぐに来る。
口から苦さが抜けた彼女は何というか今、舞台にいる選手の誰よりも凛々しかった。
そんなレティシアの予選がいよいよ始まる。
ここまではユージーンと俺が予選を通過出来た。トーマスは残念だったが格上相手に健闘していた。レティシアも予選を通過出来る様に頑張って欲しい。
司会のホレスの開始宣言がされた。男とは違うしなやかで軽やかな動きで各選手の戦いが始まった。
「頑張れー!姉ちゃーん!」
「レティシアさーん!そこだー!いっちゃえー!」
「後ろから来てんぞー!」
俺も彼らには負けじと応援する。
レティシアは持ち前の危機察知能力と身体の筋肉の動きからの予測、それから狼人族の高い身体能力で飛んだり、躱したり、蹴飛ばしたりとやりたい放題していた。
「凄いな、レティシアさんは…動きに無駄が無い」
「だろ?毎回毎回、手合わせでどんどん強くなっていくんだよ。最近じゃ、なかなか勝つのも難しくなってきた」
ユージーンの呟きにレティシアとの特訓を思い出す。
◆
思い出すのはあの特訓の日々。俺達は互いの身体の使い方を確認していた。
「パンチする時はこうですか?」
「そうそう、手は軽く握って当たる瞬間に力を込める感じ。そしてこうすると全身の力と体重が乗って鋭くて強いパンチが打てるぞ」
レティシアに解る様に隣でファイティングポーズを取る。
肩幅ぐらいに足を開いて片足の踵を浮かせたまま半歩下げる。下げた方の足を反時計回りに回転させ、腰に捻りを加えると握っていた拳を前に突き出す。
ここで前に出した腕ごと肩を前に突き出せば、体重も乗ってかなりの威力が生まれる筈だ。
拳で風を切る感覚がまた気持ちがいい。
イメージとしては足の回転で生まれた威力を腰に伝え、更に腰を捻る事により威力を倍増させる。その流れのまま、腕に乗せて拳に伝える。
足から腰へ、腰から腕へ。生まれた力を増幅させてぶつける感じだ。
「ふっ、ふっ、ふっ!」
「最初は難しいかも知れないが何度もやってれば自然に身につくよ」
「はい!」
交互にパンチを繰り出す彼女の横で俺も一緒になって行う。
今度はトキとの手合わせの時だ。
「行きます!」
「良いねぇ、そうさ!手だけじゃなくて足も頭も常に動かせ!ほら、まだお返しだ!」
「くっ、はぁあああ!!」
レティシアの二段蹴りからの回し蹴りをトキは腕をクロスにしてガードする。そしてお返しとばかりに腕をクロスさせたまま、レティシアへ体当たりをした。
物凄い力で吹き飛ばされるレティシアは何とか足で地面を削りながら倒れるのを耐えるとまたトキへ突撃する。
そんな2人のやり取りを腕を組んで滝に打たれながら見る俺。水が冷たくて身体が凄い寒い。
トキの指導により、確実にレベルアップを果たした俺達は互いに手合わせをした。
以前よりも身体にキレが生まれ、スキルも磨きが掛かったレティシアは本当に厄介な相手になった。素早くて並以上に力もある。こちらの行動は予測されてなかなか当たらない。
初めて出会った時からは比べ物にならないぐらいめきめきと腕を上げていた。
レティシアの回し蹴りを仰け反って避ける。身体を慌てて起こした所、回転の勢いを殺さずに下から蹴り上げた反対の足が顎へ直撃して俺はたまらずノックダウンした。
「うべえ」
「私の勝ちですね。ふふ、立てますか?」
口元と目元がふんわりと柔らかく曲がった彼女は前に垂れ下がる長い髪の毛を耳に引っ掛けて手を差し出して来る。
俺は顎から伝わった衝撃が脳まで届き、脳震盪で自分では上手く立ち上がれない。少し時間を置き、大人しくお礼を言って彼女の手を取るのだった。
◆
回想終了。
いつの間にか最後の1人を素手で倒したレティシアはペコリと頭を会場の観客に向けて何度も下げていた。
そして予選もいよいよ大詰めを迎える。このブロックで予選がついに終わりを迎えるのだ。
最後の第12予選、舞台の中央に立つのは俺達をヒガリヤ国に到着するまで面倒を見てくれた虎獣人のトキだった。
「はぁ、大会の質も落ちたもんだねえ。こんなに人がいるのにマシなのが片手で数える程なんて…」
舞台のど真ん中で1人愚痴る彼女は周りを見渡す。彼女の周りには誰一人近づかない。皆んな舞台の端の方へと移動している。
彼女から感じる強者のオーラは参加していた選手を始まる前から威圧していた。近づけばやられる。そう思わされる程の圧が選手達を遠ざける原因になっている。
最後の予選と言うこともあり、少々熱が入っていた司会のホレスから開始の合図がようやくされた。
「お前さんらには悪いが此処は一発、派手に行かせてもらおうか!」
ブンッとトキの身の丈ぐらいはある大きな斧を空へ高くぶん投げる。そしてオーラを全身に纏った。
「武器を捨てた…?」
誰かがそう呟く。始まってすぐに武器を捨てるなんてと突然の行動に選手らや観客は口を開けてポカーンとしている。
そんな中、クルクルと回転する斧をキャッチしたトキはそのまま勢いよく、斧を自分の立っている舞台に突き刺して弧を描く様に薙ぎ払った。
「ぶっ飛びな!"砂塵嵐"ッ!」
斧を舞台に叩き付けるとその瞬間、斧から尋常じゃない風圧が周りにいた選手らに襲い掛かる。
「うおっ!…目が開けられねえ!」
「きゃああああ!」
砂煙が舞い、観客席にまでその攻撃は伝わった。幸いにもトキが加減したのか観客席まで届いた風は目が開けられなく、動く事が出来ない程度だったがこの風圧を近くでモロに受けた選手らは次々に場外へ吹き飛んでいく。
「おっと、結構ヒビが入っちまったね。まあ治るだろうし、いっか。それに…随分とまあを弱くなったもんだね、ここの連中はよ」
砂嵐が晴れて再び姿を現したトキは舞台に突き刺さった斧を引っこ抜く。状況を見れば、斧はボロボロ。舞台場も大きな亀裂があって足元が危ない。
時間が経てば直るだろうが、すぐに直す必要がある大きな傷は待機している魔導師達が補修する事になるだろう。ヘトヘトになる彼らの心中をお察しする。
運び出される選手らを横目にトキはさっさと舞台を後にする。
トキが出場した時、予選を上がって来るだろうと予想していたレティシアは一人愚痴る。
「やはりトキさんですね」
「文字通り周りを寄せ付けない強さだったな。レティシア、勝てそうか?」
「……勝ちます。彼女には悪いですが私は負けません」
目を鋭くさせ、燃えているレティシアの決意を聞いていたミリアやユージーン、トーマスが彼女を鼓舞する。
俺も負けてはいられない。いつまでも弱いままじゃ、ヘリオスを止めるどころか誰も救えない。この平和な時間を守りたい。
俺はもう誰かが傷付くのは耐えられそうにない。膝の上に置いた手をいつの間にか強く握り締めていた。
「強くならなきゃなぁ…」
晴天の空を見上げ、ボソッと誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。青空に浮かぶ太陽は空を見上げるアルバルトの顔を照り付ける。まるで頑張れと励ましているみたいに。
アルバルト
レティシアの尻尾で疲れた精神を回復する事に成功。
もふもふ、モフモフもっふ。
レティシア
アルバルトの奇行に戸惑っていたが、頼られて少し嬉しかった。
尻尾のお手入れは毎日しているのでツヤツヤのスベスベである。
◆
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