第83話 第3予選 ユージーン
トーマスが善戦した第1予選が終わり、第2予選が始まった。隣にいたユージーンはどうやら第3予選に出るらしく、もう行くよと言い残して会場の控え室に向かっていった。
それと同時に治療を終えたトーマスが入れ替わりでユージーンの空いた席へ来た。
「ごめんよ、俺負けちゃった…」
「お疲れさん、よく頑張ったな!ほれ、ほれほれ」
「わっ!だから止めろって!!」
ガシガシと乱暴に頭を触るアルバルトを恨めしそうに見るが動こうとしない。軽く手で退け様とすれば彼も止めるがそれをしないという事はお察しで有る。
つまり、恥ずかしいけど構ってくれるのが嬉しいのだ。
その可愛い反応にアルバルトは笑みを深めて更に撫でるスピードを上げた。
「負けたからって下向くのは勿体ない。言っただろう?負けを気にしているなら相手の戦い方や自分の動きをよく見て成長すれば良いんだよ」
「……そうだよな。そこ座っていい?ちゃんと兄ちゃんと姉ちゃんを応援したい」
ここだとユージーンが座っていた場所へ座らせる。すると横からトーマスに魔の手が降りかかった。
ミリアがトーマスの首に手を回して抱きつく。大きい彼女の胸が当たって顔を真っ赤にしているトーマスはジタバタと手足を振り回して抜け出そうとしていた。
正直言って羨ましい…代われるなら俺が代わりたいと思う。
隣でじとーっと見てくるレティシアは知らない。だって俺が何を考えているかなんて俺しか分からない筈…そうだよな?
「ねぇ、この子ってさっきの子よね?本当に知り合いだったんだ。ちんちくりんで可愛いわね〜」
「誰だ、このおば…」
「誰がおばさんじゃ!」
「ミ、ミリアさん落ち着いて」
興奮したミリアはトーマスを逃がさない様にしがみ付くと脇やお腹をくすぐる。絶対に逃してなるものかという意志が見てとれる。
ミリアの身体全体にすっぽりと収まった彼は抜け出そうともがくが、両肩に腕を回されてガッチリとホールドしているのでなかなか抜け出せない。
「このクソガキ、絶対に分からせてやるんだから!うりうりうりうりうり〜」
「あひゃっ!あっはははひふふ!やめっ、やめて!俺が悪かったから!」
「……ふぅ、このくらいで勘弁してあげる。私の事はミリア姉さんと呼びなさい。また今度、おばさんって言おうとしたら……こんなもんじゃ済まないわよ」
ミリアの拘束から解かれたトーマスは息も絶え絶えで項垂れていた。
お前、なんて羨ましい。ミリアのお山に触ったんだぞ?後でこっそりと感想を教えてくれないかなぁ。息を乱していたトーマスが落ち着いた事を見計らい、声を掛けて聞いてみる。
「おい、大丈夫かトーマス!…ちなみにどんな感じだった?」
「なんか凄かった…」
「アルバルトさん、そろそろ始まりますよ」
「グェ…」
隣からグイッと襟元を引っ張られて潰れたカエルみたいな声が出る。
無表情のレティシアがアルバルトの腕を自分の胸元へと抱き抱える。ついでとばかりに彼女の尻尾がぺちんと彼の背中を叩いた。
(これは何を考えていたのかバレてら。腕からは彼女の体温とほんの少し柔らかい感触だけだ。まあ、なんというか温かい壁?が当たってる感じ…)
今度はべちんと先程よりも背中を強く叩かれる。
(何で考えている事分かんだよ…さっさと試合に集中しなきゃな)
決して隣にいる彼女の顔が更に無機質になって、抱えられている腕がメキメキと悲鳴を上げている…なんて事はない。
そう、これが終わったら次は控え室に移動しなければいけないし、何よりライバルになるであろう選手を分析するのは戦う上で有利に働く。
だからさっきから背中を叩いてくる尻尾と使えなくなりそうな腕を離して下さい。このままだと腕が使い物にならなくなってしまうぅぅ!?
あっ……ゴキュリ。(何かが外れた音)
俺の心の叫びが聞こえたのか。彼女は試合が開始されたら離してくれた。くっきりと腕には跡がついていたのでどれだけ強く握り締め上げていたのか分かる。
ミリアにも考えが見抜かれていたのか呆れた目で見られ、回復したトーマスは何で?と首を傾げていた。うん、俺も何でバレたのか分かんない。
少しの間、こうしてふざけ合い?をしていると第2予選の始まりを告げるホレスの声に意識をそちらに向けて集中する。
野太い男どもの雄叫びが会場に響き渡る。まるで蜘蛛の子を散らすみたいにあちこちに散らばり戦闘を開始した。逃げる奴もいればそれを追う奴もいる。力と力のぶつかり合いはこの観客席に来るほどの熱意を感じる。
戦っている選手の間に強引に割り込み、相手の首を素手で掴む。そのままグルグルとぶん回して近くにいた選手諸共、豪快に吹き飛ばす男がいた。
その男の服は肉厚な筋肉によってピチピチに伸びており、服の意味を成してないんじゃないかと思われる。その巨体で次々と相手に襲い掛かり、薙ぎ払っていく様は怒りで暴れ回るゴリラを連想させる程の激しい戦いだ。
ギロリと獲物を狙う目と手をワキワキと動かして仁王立ちする彼を見た選手は避け始める。
そんなのは許さんとばかりに自ら突っ込んでいく様子は完全にこの試合を楽しんでいた。
豪快な戦い方はまるでお袋を再現しているみたいだ。あの人も楽しそうに戦う人だった。俺、あの選手とちょっと戦いたいかも知れない。
そして第二予選を勝ち抜いたのはその選手であった。名をカーマンというらしい。
「はぁ〜い!私の可愛い所見てくれたかしら〜ん。私の事が気になる人は〜お店に顔を出してねぇ〜ん。天使の泉っていう所だから宜しく☆」
否、カマである。オカマであった。目ぼしい男性を見つけてはウィンクしている。
そうか…戦いに飢えた目ではなく、きっと品定めしていただけに違いない。想像すると鳥肌が立って来た。
「俺の…俺の感動を返せよ…!」
あっ、やべ、目が合った。
「んー、チュッ!」
オロロロロッ…まさかの投げキッスである。
パッツパツのTシャツにパツパツのズボン。顔はゴツゴツと逞しいがまつ毛は無駄に長い。
それでいて身体をクネクネと動かしているのでなんだか汚い物を見てしまった感覚だ。
何で俺、戦いたいなどと思ったんだろう。
気の迷いとは恐ろしいものである。
今は隣にいるレティシアを見て中和しよう。
「…?どうしました?」
「…いや、ちょっとな」
チラッとだけ彼女を盗み見れば目が合った。こてんと頭を横に倒してあぁ、汚された目が浄化されていく…。
「チッ、女持ちかよ。その気にさせやがって」
そのオカマはボソリと誰にも聞こえない声で呟くとアルバルトから視線を逸らして別の獲物を探し出そうとする。だが時間が押している為、大会のスタッフに連れられて退場した。
第2予選が終わったので俺も今から控え室へ向かう事にする。腕を捕まえている彼女を何とか引き離した。
彼女達から頑張れと声援を貰ったので「おう!」と肘を曲げて力こぶを叩きながら返事をしてその場を後にする。
ちなみにぷらんぷらんになった腕はハメ治した。
控え室に向かう途中、受付へ寄って装備している大剣をカウンターの上に置く。そして自分に合った武器を選ぶ。勿論、危なく無い様に刃引きされている。
聞いた所、この国の見習いが作った武器である為、上質な武器から粗悪品まであるらしい。
それを選び取るのも実力が試されているとか。壊しても在庫が山の様にある為、再度貸し出しをしている。つまり、幾ら壊しても大丈夫という事だ。
前の受付で配られた番号が書かれた紙を俺の渡した武器に登録する。この登録した武器とこの紙の番号が合えば再度申請した時に返却してくれるとの事だ。
では、お預かりしますねと大剣をスタッフ2人がかりで奥へと運んでいくのを見届けてから目的の場所へと向かう。
控え室に着くと周りにはボチボチと人が集まっていた。誰も会話をしない。だが壁に寄りかかって瞑想してたり、身体を動かしていたりと人それぞれだ。
俺も壁に寄りかかって腕を組むと控え室に取り付けられた映像を映す魔導具を見つめる。テレビを思い出させる魔導具だ。すでに始まっている第3予選の試合を見る。
映像にはユージーンが槍を振り回して戦っている。槍のリーチを生かす為に相手との距離を常に一定に保ちつつ応戦していた。
「ハァ!!」
剣を持って突撃して来る相手を槍で持ち手の辺りを的確に突いて弾くと槍を回転させ、矛の先の反対、つまり石突で相手を場外へと吹き飛ばす。
その間に後ろから襲い掛かって来た選手の攻撃を股を開脚して足全体を地面に付けて避ける。そのままの体勢で石突の部分を相手の腹へ減り込ませて倒した。
「……危なかった。この乱戦だと何処から攻撃が来るか分からないから気を張り巡らせないと、ね!」
ふっと息を短く吐いて槍を握る手を強く握り直す。周囲から聞こえる音を頼りに自分の周りに近づく足音を拾う。
「…そこだ!」
迅雷の如き早業で槍を自身の後ろへと突き出す。その対応に遅れた選手がまた1人脱落した。乱戦となるこの舞台は一瞬の油断が命取りとなる。ユージーンは舞台の中央へと陣取ると槍を床に突き刺した。
「さあ、ここら辺で一気にカタをつけよう。雷よ、大地を砕け!"電雷"」
ユージーンのスキルは自分の身体に電気を溜め込む事が出来る。それを利用して槍を下に突き刺した後、電気を一気に放出した。
槍を通して流れる電気は彼を中心として全方向へ稲妻を落としながら流れる。遠くにいる人ほどそのダメージは少ないが彼が立っている舞台の中心近くにいた人達は足から身体全体に電気が駆け巡り、白目を剥いて気絶する。
一気に選手が脱落するとその原因であるユージーンに各方向から視線が送られる。そして残りの選手達は大量に脱落者を出した彼に狙いを定めて一斉に駆け出す。
「ふぅ、やれやれ。人気者は辛いなぁ。だけどこんな所で負けられないんでね」
ユージーンは1番近くに走り寄ってくる相手を見据え、槍を構えて足を強く蹴って前へと踏み出した。
「はぁあああああ!!!」
そして時間は流れ、第3予選が終わりを告げる。大きな声のホレスに発表されたのはユージーンであった。顔やらに打撃の後はあるがあれぐらいならポーションでも治るだろうという程度の怪我だ。
しきりに顔ばかりに攻撃する相手ばかりだったが気持ちは分かる。だって会場から女性の甲高い声がめっちゃ聞こえるもの。
「きゃー!素敵ー!」
「マジカッコ良くない!?マジヤバッ、ヤババババなんですけどっ!」
「あ〜ん、カーマン惚れちゃった。んっちゅ!」
「応援ありがとう!レディー達!ありがとう!」
イケメン滅びるべし!きゃーきゃー言われやがって。レティシア達のいる席は控え室からだと見えないがきっと鬼の形相をしているだろうミリアを想像する。
「デレデレとしちゃってさ!帰ってきたらしばいてやるわ!」
「ん、んんん〜!!首絞まってるから!苦しいって!」
「ミリアさん!気持ちは分かりますが落ち着いて!トーマスさんはこっちに避難しましょう」
近くにいたトーマスの首に腕を回して怒りのまま締め上げるミリアにもがくトーマス、レティシアがそれを見て何とか避難されるという光景が簡単に目に浮かんだ。
すまん、トーマス。頑張って生き延びろ。
発表が終わり、此方に歩いて来るユージーンはサラサラな金髪にシミ一つない白い肌、高身長な上、強い。モテ要素のてんこ盛りだ。俺が女だったらきっと惚れる…かもしれん?
後、あのオカマに目を付けられたのはご愁傷様です。
「やぁ、僕はちゃんと勝ってきたよ。次は君の番だ」
「まあ見てろ、何とかするさ。それよりお疲れさん。次は本戦で」
「ああ、そうだね。次は本戦で」
握った拳と拳を合わせる。笑いながら横を通り抜けていく彼から視線を外す。
ここからは俺1人の戦いだ。周りにいる選手が全てライバル。身軽で暗殺者みたいな風貌の男や全身筋肉の鎧で出来たゴリラみたいな奴もいる。きっと強いのだろう。最初から全力で行かないとすぐにやられそうだ。
左手に持っているいつもよりは少し小ぶりな剣を鞘から少し出して見つめる。鏡の様に反射するその剣身には自分の顔が写っている。緊張で顔がこわばっており、鋭い目元も相まって怖い顔をしていた。
鞘に剣を戻して一呼吸。色々な考えを纏めて息を吐き出す。
「よし、頑張ろう」
第4予選の準備が出来たというアナウンスが流れる。その声に導かれるまま舞台に続く道へ足を踏み出した。
ユージーン
ド派手な技で会場にいる女の子達を魅了したヤベェ奴
カーマン
ユージーンのかっこいい姿に目がロックオン。
スーハースーハーと息を大きく吸って吐いてを繰り返す事で興奮を抑えているヤベェ奴。
◆
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