第77話 アルバルトvsレティシア
ギルドの地下の訓練場へ来た俺達が最初にやった事と言えば、筋トレだ。
腕立て、腹筋、背筋、スクワットなどそれぞれ百回を目安にしていく。
腕立ては重さが無いと落ち着かないのでレティシアに背中を座って貰い、腕立てを懸命にやっているトーマスの横で始めた。
決してレティシアが重いと言っている訳じゃない。重さが欲しいだけだから…。
ちらほらと訓練場にいる冒険者達にうわぁという目で見られていたが、そういう趣味はない。公開SMプレイなんて俺にはハードルが高すぎる。
俺の腕立てが終わると今度はレティシアが始める。
長い髪が邪魔な様で後ろで一括りに縛っている。ちらほら覗く白い頸がとても艶かしかった。
トーマスはまだ半分くらいしか終えていない。丁度、ごじゅー!と声に出してやっている。いきなり百回は連続は厳しそうなので半分に分けて五十回、2セットのローテーションでやってもらう事にした。
腕がプルプルしているトーマスに声を掛けて腹筋する様に促す。自分も余った時間は同じ様に筋トレを開始する事にした。
準備運動の段階だが、それが終わる頃にはトーマスはすっかりバテてしまっていた。
「にぃ、ねえちゃん、からだが、動かない」
「まだ始めたばかりなんですが仕方ないですね。一旦、休憩を取りましょうか」
レティシアの救いの声にトーマスは地面へ大の字に倒れた。
俺はこんな事もあろうかと魔法袋から水筒と綺麗な布を取り出した。
「ほれ、水とタオル。今度から自分で持って来いよ」
「あり、がどう…」
筋トレぐらいで大袈裟な奴だ。まあ、10そこらの子供にいきなりやらせる内容では無いか。
休憩がてら俺は以前から考えていた魔法を試す為にレティシアに話し掛ける。
「なぁ、レティシア。思い付きなんだけどさ。明日、魔法の練習に付き合ってくれるか?」
「思い付きですか…?私でいいなら喜んで」
水分を摂っていたレティシアは口を水筒から離すと了解した。
「レティシアの魔法は風だろう?だから…」
俺はトーマスが起き上がって来るまでレティシアに自分の考えを話した。
面白い考えですねと彼女も賛成したので明日早速、外で試してみる事にしよう。俺の考えだと此処じゃ危ないからだ。
休憩も終わり、今度は実践形式で手合わせする。総当たり戦の武器なし、スキルや魔法抜きの組み手だ。
武器ありでも良いがそれだとリーチの短く幼いトーマスが不利すぎる。ちなみに彼は何でも使って良いルールになっている。
自分の改善する所を見つけたり相手の良い動きを盗んだりする為にこうして度々、彼女と手合わせする。
リサはパワータイプでレティシアはスピードタイプだから戦い方が違っていて手合わせするとなかなか面白い。
「じゃあまずは、俺とレティシアがやるからトーマスは見学な。戦い方はレティシアの方が参考にしやすいだろう」
「分かった!…姉ちゃんも小柄だしね」
「では始めましょうか。今日は勝たせて貰いますよ?」
「ははは、お手柔らかに…」
少し間を空けて向かい合う。レティシアは体勢を低く構えて今か今かと待っている。準備が出来ていて何よりだ。
「トーマス……合図を頼む」
俺も腰を少しだけ落とし、左手の拳を握り締めて前に突き出し、身構える。
「任せて!………じゃあ、始めっ!!」
トーマスの合図でレティシアが勢いよく飛び出してくる。左右に身体を振ってどっちから仕掛けてくるのか判断が難しい。
どっしりと構えて攻撃に備える。狙いは彼女が攻撃したと同時に反撃する。つまり後の先を狙うって事だ。
「ーーシッ!」
「そこだっ…!!」
足の指に力を入れて左腕を彼女に向かって突き出す。
(クソッ、外した!)
反対の右に飛んでレティシアは襲い掛かって来る。
俺は右足を軸に左足で地面を蹴り、腰を捻りながら身体を素早く回転させる。遠心力と身体全体の力が加わった左の拳をレティシアに突き出した。
両者の拳が相手に迫る。いち早く拳が相手に届いたのはレティシアだ。
彼女が放ったストレートがアルバルトの顔面に刺さる。
「………っ!?」
「クッ…!」
顔面に硬く握った拳をモロに受けたアルバルトは僅かに拳の軌道がズレるが何とかレティシアの側面を叩く事に成功した。
レティシアも右腕で顔をガードしてアルバルトの左を耐えるが、彼の力は強く吹き飛ばされてしまう。
「なかなか効いたぞ、前よりも速くて重い。スキルを使わないでここまで速いとか、まるでチートだよな。ホント、嫌になっちまう」
「チート…?という物はよく分かりませんが、褒めて頂いたって事でしょうか?それを言うならアルバルトさんも反応速度が早くて私からしたら脅威でしか無いですよ」
速度では勝っているレティシアだが力の差はアルバルトに軍配が上がる。レティシアから見れば反応速度が早く、力の塊であるアルバルトの攻撃は酷く恐ろしい。
いつも力強っ!と言って女性に負けている彼は戦闘になれば容赦がない。
これはリサーナの特訓の影響でもある。マリアの件はまた別だが、普段の彼はレティシアと取っ組み合いになる際、無意識の内に力を抜いている。
リサーナと手合わせで長年勝てなかった所為でもあるが、自分の大切な人と喧嘩するのは遠慮したいという想いが秘められているのが強く出ているからだ。
拳を構え、再び向かい合う彼らをいつの間にか周りにいた冒険者達も手を止めて見ていた。
剣舞祭では争うかもしれない相手だ。相手の動きを見て対策を立てたり、参考にしてみたりするのも冒険者にとっては必須である能力である。
「おい、あいつら見てみろよ。すっげえ動きしてるぞ!」
「黒髪の男に狼獣人の女って…魔族を倒したっていう噂の2人組じゃねぇか!?」
周りにいる冒険者の声を盗み聞きしたトーマスは思った。
「兄ちゃんと姉ちゃんってそんなに有名な冒険者だったのかよ…」
驚愕の事実に戦慄したトーマスは改めて目の前で戦う彼らに視線を送る。
そして俺運いいじゃんと思いながらも集中してレティシアの動きを観察する。小柄な彼に真似出来そうなのはレティシアぐらいだからだ。
「地味に恐怖って言われると傷付くんだけど…俺からしたらすばしっこいレティシアの動きを見逃せば、どこに居るか分からなくなるから大変なんだ」
「それはすみません。なら、これからはずっと私だけを見続けて下さい。私これでも結構アルバルトさんの事、見ているんですよ」
「……なかなか重い発言でビックリだわ!ずっととはいかないけど、出来るだけ努力はしてみる。今度はこっちから行くぞっ!」
「出来るだけなんて、それはしない人がよく言うセリフです、よっ!!」
今度は俺が助走をして空中へ飛び上がり、レティシア目掛けて蹴りを放つ。
猛烈な勢いで迫るアルバルトの蹴りをレティシアは高く飛んで躱すと同時に膝を折り曲げ、アルバルトの腹へ蹴りのカウンターを放つ。
「うっ…!?」
地面へ叩き落とされたアルバルトは負けじと両手でレティシアを捕まえようとするが、するりと避けられて距離を取られる。
いつまでも地面に寝ていられないと足を折り畳んで身体を一旦、上半身の方へ傾けると腕で思いっきり地面を叩いて折り曲げていた足を前に向かって伸ばす。反動でくるっと身体が回転して立ち上がると小言で愚痴る。
「よいこらせっと、やっぱりこっちから仕掛けても力を使わないと速さでレティシアに上を行かれるか…」
此方から仕掛けても恐らくまた躱されて反撃を受けるだろう。ヒットアンドアウェイをして来るから厄介だ。
ならば待つとしよう。彼女が攻撃した時を狙う。今はこれが彼女に対抗する唯一の手段だと思う。
ふーと息を長く吐いて構える。レティシアも俺の意図が分かっている為、なかなか仕掛けて来ない。
一歩、また一歩と距離を詰める。するとようやく此方に向かって走ってきた。
「はああああ!!」
手や足を織り交ぜながらの攻撃に避けれるものは避けて、危ないと思った攻撃は腕で弾きながら此方も迎え撃つ。
彼女の1番恐ろしい所はその観察力だ。目線や身体の僅かな動きから行動を予測して迎え撃ってくる。
ならばと敢えて視線をレティシアから外す。それに釣られて彼女も一瞬目線を横にやった。隙が出来た彼女に向かってリーチが長い蹴りをお見舞いする。
「うぐっ!?」
あの僅かな瞬間、彼女は手を身体の間に差し込んで俺の蹴りのダメージを緩和した。流石だ。此処まで苦戦するのはリサーナとの手合わせ以来だ。
吹き飛ばされたレティシアを追って追撃を仕掛ける。パンチや蹴りを織り交ぜながら繰り出していく。
腕や足を使って受け流すレティシアには多少ダメージを与えられた様で、俺の渾身のパンチをガードの上から叩き込んで吹き飛ばした。
「…自分から後ろに飛んで衝撃を逃したか」
「ふぅ、アルバルトさんはやっぱりお強いですね。しかし、次で決めさせて頂きます!」
俺の前で拳を突き出したと思い、反撃しようと右手を伸ばすが空を切る。
これがレティシアの狙いか。フェイントを混ぜて俺に手を出させてから仕掛ける気だったのか…!
(だが、まだ甘い…!)
側面から来たレティシアを横目で確認した。
恐らく回り込んで死角から攻撃して来るつもりだろうが、そうはいかない。
左足を軸に、身体を回転させて回し蹴りを放つ。
懐へ飛び込んだ彼女が予想通り俺に仕掛けて来た。薙ぎ払う様に突き出した右足はタイミングがドンピシャ、これは避けられないだろう!
「そう来ると分かってました…!」
「何っ!?」
俺の足を片手で叩いてレティシアは飛び上がる。彼女は空中で股を開いて俺の胸元へと突撃した。上半身を足で挟み込まれて腕が抜けない。
足を踏み台代わりにされ、バランスを崩した俺に追い打ちを掛けてきたレティシア。
俺の胸へと降り掛かって来た彼女の体重を支えきれなかった。
「…私の勝ちですね」
アルバルトを地面へ押し倒す事に成功したレティシアは荒い呼吸を落ち着かせ、今の自分の状況を見返した。
彼が動けないこの状況。このまま時が止まれば良いのにと心の中で思ってしまう。
彼から香る身体全身から溢れる汗とその匂いにクラクラとしてしまう。まだ周りには他の冒険者の目がある。軽率な行動は慎むべきだと頭では分かっていた。
(だけど…アルバルトさんから目が離せない自分がいる。……一言でいうなら、今のアルバルトさんは最高のご馳走ですね)
肌と肌が面している所から伝わる身体の熱量や潤んだ瞳でコチラを見上げている様子にレティシアはかつてない程の感覚を覚えてしまっていた。
今なら私だけを見てくれる。あんなに強かったアルバルトさんが此処まで弱っている所を見ると何だか無性にもっと見たくなってしまう。
途轍もない情動に理性が本能に持ってかれたレティシアは頬を赤らめて浅い呼吸を繰り返す。
その一方で地面へ倒されたアルバルトは何とか逃れようと、もがいていたが抜け出せないと分かると諦めて身体の力を抜いた。
そんなアルバルトの頬をふわりとレティシアの両手が触る。
「……降参だ。まさかあのタイミングで蹴りを避けられるなんて思わなかったぜ」
「アルバルトさんの考えは私には全部お見通し、なんですからね」
「ははっ、それは怖い怖い。………なぁ、そろそろ退いてくれないか?他の人の目が気になるんだが……」
問い掛けに対してもレティシアは無表情のままだ。
いや、大体いつもの通りだったわ。
「このまま私が離さなければ……アルバルトさんはずっと私しか見れませんよね?」
ヤッバーイ……。
レティシアの瞳からどんどん光が失っていく。ハイライトの無い瞳に反射するのは顔が引き攣っている俺だ。
彼女の行動が最近おかしいとは思っていた。俺が意識を失う前と目覚めた後では態度が全然違っていた。
いや、兆候はあったけども。行動がやけに積極的になったなぁとかそんな感じだったと思ってたのに…!
要するに病んでいやがります。しかも、相当根深くて暗い。
ふと彼女から逃げられなくなる未来が目に浮かぶ。
レティシアに身の回りをお世話して貰い、食っちゃ寝生活のダメ人間になる。そんな未来が見えた気がする。
「あの、みんな見ているからな?ト、トーマス…!俺を助けてくれ!?」
ジタバタと動いて俺と同じく顔が引き攣っているトーマスに声を掛ける。いつの間にか周りで手を止めて見ていた冒険者達にも目線を送るが目を逸らされた。
馬鹿野郎、そんな憐れみの目で見るんじゃねぇ!
「ね、姉ちゃん!?兄ちゃんが苦しんでるぞ!」
2人の元へ飛んでいったトーマスはアルバルトに跨っているレティシアに声を掛けた。
感情が見えないレティシアはトーマスを一度見てアルバルトを見下ろした後、名残惜しそうに彼からゆっくりと足を退かす。
「……………今、退きますね」
「ふぅ、流石に危なかったわ。助けてくれてありがとな、トーマス!……というわけで、お前にはこのレティシアの動きを参考にして貰う」
「え、え?兄ちゃん切り替え早すぎない!?俺、まだびっくりしてんだけど!」
「もう慣れた。たまにこういう事があるとは思うがお前も慣れてくれ。ほら、レティシアも俯いてないでトーマスに教えてあげなさい」
俺はトーマスに笑いかけ、レティシアの頭に手を乗せる。下から見上げる彼女の目にはハイライトが戻って来ている。どうやら理性が戻って来たみたいだ。
「頼むよ、お姉さん」
「…分かりました。トーマスさんもすみませんでしたね。お見苦しい所を見せました」
「い、いいって姉ちゃん!つまりまあ、アレだろ?愛の形は人それぞれって母ちゃん言ってたし!うん……その、頑張れ」
少し頭を下げて謝るレティシアにトーマスは手を大袈裟に振って制止した。それを見たアルバルトは両手を叩き、音を出して注目を集める。
「よし…!じゃあ、トーマス。今度はレティシアと戦ってくれ。その次は俺とだ。レティシアは基本予測して攻撃を躱したり、一撃与えたら距離を取る戦闘スタイルだからよく考えて行動しないと前みたいにあっという間にやられちまうから気を付けてな」
「それぐらい見てれば分かるよ。俺、頑張るよ!」
「その息だ!じゃあ、さっさと始めよう!」
トーマスに喝を入れたアルバルトは時間は有限だとばかりに指示をする。そんなアルバルトをじっと見つめるのはレティシアだ。彼女は小さな声で呟く。
「…私の気持ち分かってるのに酷い人。目を離せばすぐに女の子と仲良くなるんですからこれからも私が見張っていなきゃいけませんね」
レティシアは澱んだ目でアルバルトを見つめると数秒、目を閉じる。そして目を開けると考えを切り替えた。
表の顔と裏の顔で切り替えが上手くなった彼女は行動を開始する。
「ではトーマスさん、位置についてください。アルバルトさんは審判をお願いしますね」
「ああ、分かった。トーマスも準備はいいな?」
アルバルトの声掛けに柔軟をして身体を解していたトーマスは手を止める。
「だーいじょうぶっ!俺はいつでも行けるぜ!」
いつの間にか持っていた木剣をアルバルトに見せてトーマスはレティシアと向き合い、構える。
「じゃあ、試合開始っ!」
アルバルトの掛け声でトーマスとレティシアのバトルが始まった。
アルバルト
危なかった…好意には気付いていたが、あそこまで病んでいるとは思わなかった。
俺、今日も同じ部屋で寝るんだよな…。
今夜は絶対に寝ない。じゃないと、狩られる。
レティシア
上手く隠して来た本能がつい剥き出しになってしまった。
あんな艶やかなアルバルトさんがいけないんです!
くっ、ギルドじゃなかったら良かったのに…!
そして彼女は気付いた。
2人になれる瞬間がある事に…。
トーマス
いきなり始まったイチャイチャに砂糖を口から吐きそうになったが、レティシアの表情を見て思い直す。
あっ、これは違う。下手に刺激したらいけない奴だ。
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