第76話 ブラックファング、仮入部!
「ーー俺と戦ってくれ!」
立ち上がったトーマスが自分と戦ってほしいとお願いしてきた。
いきなりだったので何故だ?と返せば、強くなりたいと真っ直ぐな目で俺達を下から見上げていた。
強くなりたい。それは俺も同じだ。だからこうして魔物の戦闘や対人戦で腕を鍛えている。
同じ目標を持っている同志の力になってあげたいが10歳ぐらいの少年と戦うのは…ちょっとどうなんだろうかと考えてしまう。
なんて言って断ろうか。目を瞑って悩んでいると横からレティシアが声を掛けた。
「では、私がお相手しましょう。アルバルトさんは休んでいてください」
「いいのか…!姉ちゃんでも構わない、お願いするよ!」
レティシアの一言にトーマスは湧き立った。急に了承した彼女の耳元でトーマスに聞こえないように話し掛ける。
「おい、良いのか。怪我でもさせたら」
「ここは危険な所ですから、下手に断るよりも早く納得させて帰らせた方が良いかと。それにちゃんと加減はしますから大丈夫です」
「確かに断ったらまたここへ来ちまうかもな。なら俺は周囲を警戒しておく」
「ありがとうございます」
レティシアから離れて両者の間ぐらいに立つ。ここなら戦闘の邪魔にならず、何処から何が来ても両方に対応出来る。
トーマスとレティシアも少し距離を空けて向かい合った。
「姉ちゃん、ありがとうな。付き合ってくれて」
「別に大丈夫ですよ。勝敗は降参するか、どちらかが戦闘不能になるまで、で良いですよね?」
「それで良いよ」
レティシアとトーマスは武器を握りしめて今か今かと待っている。
準備は双方とも良い様だ。トーマスの方はかなり気合いが入っている。
「じゃあ、俺が合図するからそしたら試合開始という事で………よし、始めっ!」
アルバルトの合図とともにトーマスがスキルを先制を取る。
「行くぜ、"残波"!」
トーマスが縦に剣を振ればその剣先から衝撃波が生まれて縦に飛んでいく。
レティシアは冷静に身体を捻って躱すとトーマスに走り出す。
「まだまだ!くらえっ!」
相手を惹きつけた所で放ったトーマスの衝撃波は空気を切り裂いてレティシアへと向かう。が、レティシアが一太刀、短剣を振るえば、衝撃波が切り裂かれて空気に溶ける。
「やっぱり、地面が削れないのでもしやと思ってましたがそこまで威力はないですね。それに…」
「うおおお!"残波"」
レティシアがトーマスのスキルを破り、更に接近した事でトーマスは焦り、がむしゃらにスキルを行使する。
レティシアは縦しか来ない攻撃を再び横に身をずらして回避すると身体の小さなトーマスの肩を少し強めに押す。よろけるトーマスに追撃はせず、レティシアは後ろに一旦下がって距離を取った。
「うへっ!?」
「スキルばかりで全く足が動いていません。身体の小さな貴方は常に動かさないとあっという間に倒されますよ」
彼女に肩を押されて地面へ尻餅を着いたトーマスを見てレティシアは告げる。
「次、行きます!」
トーマスはその声に反応して慌てて立ち上がる。
レティシアが再び、トーマスに駆け寄る。彼も今度は言われた通りに足を使ってレティシアの周りを旋回しながら隙を窺った。
「おりゃああああ!!」
「甘い、です!」
レティシアの死角に移動したトーマスは殴りにかかる。
殴りかかったトーマスを振り向きもせずに身体を半歩程、横に倒して避けるレティシアはトーマスの伸び切った腕を掴んで地面へと押し倒す。
「…グェッ」
潰れたカエルみたいな声を出したトーマスを無視してレティシアは跨って腰を下ろし、動けないよう固定する。
レティシアはトーマスの首元に短剣の側面を当てて降参を促した。
「これで終わりです。まだやりますか?」
「姉ちゃんの勝ちです!だから退いて!重い…ウェッ!!」
「どうしました…?あっ、すみません。今退きますね」
重いと言われたレティシアは無表情になりトーマスの背中に更に体重を乗せた。そしてあたかも今気づきましたという態度でトーマスから退いたのだ。
その一部始終を見ていたアルバルトは一言。
「レティシアさん、マジパねえっす…」
戦闘を終えたレティシアは短剣を腰差しにしまうとトーマスに手を貸した。
「いててて…、手も足も出なかった」
腰を摩りながらトーマスは一人愚痴っていた。
まあ、すばしっこいレティシア相手によく健闘したもんだよ。俺ですら彼女の動きは見切れない。
「すみません、怪我はしていませんか?」
「だ、大丈夫。それにしても姉ちゃん強いな。俺に戦い方を教えてくれよ!」
「教えてくれと言われましても…。剣舞祭まで時間もないですし、私達はそれまでに腕を更に鍛えなくてはいけません。トーマスさんの面倒まではなかなか見る事が難しいと思うんです」
確かに大会まで1週間ぐらいしかない。それまでに俺達も出来る事はやっておきたい。
新技の開発や魔法の練習、対人戦など、ギルドの依頼をこなした後はやろうと思っていた事がとにかく多い。
どうしたものか…恐らくトーマスを引き入れたとしても此方に利益が無いかもしれない。
でも、やる気は感じられる。
それに俺もトーマスと同じ歳の頃はどうしても強くなりたくて、がむしゃらに特訓して無茶ばかり重ねていた。
(あの時はリサやその両親に随分と助けられたんだよな)
彼には恐らく頼れる人は居ないのだろう。
居たら1人でこんな所に来ない筈だ。
なら、俺の中でやる事は決まった。
「……なあ、トーマス。幾つか約束を守れるなら俺達と一緒に特訓してもいい。報酬は…そうだな、そこにいるファイアボアを貰うがどうする?」
「…よろしいのですか?」
一頭、額の魔石が破壊されて絶命しているファイアボアがいる。トーマスが倒した個体だろう。
流石に無報酬でとはいかない。俺達もボランティアでやっているんじゃないからだ。
レティシアが困惑とした声で俺に聞いてきた。
「俺も昔はトーマスと同じだった。あの時は周りに支えられてたから今の俺がいる。なら多少、時間は掛かっても俺はこいつの力になってあげたい」
「に、兄ちゃん…!俺、頑張るからさ。俺に力を貸して下さい!」
「頼む、レティシア!」
ガバッと俺とトーマスが頭を下げる。2人から頭を下げられたレティシアは息を小さく吐いて同意を示した。
「はぁ、分かりました。私も力にはなってあげたいと思ってましたから…」
「悪い、後で何か美味いもんでも食いに行こう」
「美味しいお肉の所、探しといて下さいね。それでトーマスさんとの約束…とはなんですか?」
仕方ないですねという目で見てきたレティシアに苦笑しつつ、約束の内容を話す。
ホント、彼女には頭が上がらない。美味い肉料理がある所は後でトーマスに聞こう。
「全部で3つ、1つはお前の叔父さんと仲直りする事だ」
まずは仲直りだ。俺もやるなら心置きなくやりたい。それにまたあの姿を見るのだけはやっぱり嫌だ。ガチムチオカマバニースーツとか誰得だよ。
「あの店主、出会ってすぐの俺達に頭下げてお前の事を頼み込んで来たんだ。あの人、お前を本当に大事に思ってたぜ」
(なかなか赤の他人を頼ってまでこの少年を案じていたんだ。きっと相当、悩んでいたのだろう)
この歳の頃は多感な時期だ。あの店主もそれが分かっていてなお、苦言を言っていたと思う。
「反発するのは良いが、一度全部、相手の意見を全部聞いた上で自分がどうしたいのかを落ち着いて話してみろ」
「……分かった。今日、叔父さんと話してみる」
「なら次だ、期限は剣舞祭が終わるまで。多少マシになる程度まで鍛えてやれると思うが、それで良いか?」
「それで良いよ。少しでも今の自分より成長出来るなら何でもやってやる…!」
取り敢えずは剣舞祭が終わるまで怪我をさせない程度に鍛えられたらと思う。その後も面倒はたまに見るぐらいにしておこう。
俺も旅の途中で修行中の身だし、鍛えるにも限度がある。
「最後に外は危険だ。さっきみたいな事が起こるかもしれないから、外に出る時は俺達と一緒にいる間か、ある程度の実力が付いてからにしてくれ……どうだ、守れるか?」
「それって武道大会が終わってからもって事だろ?まあ、すぐに力をつけてみせるいいぜ!」
トーマスは剣を構えて元気よく答えた。
「いい気合いだ。そのくらい元気でなくちゃな!………決まりだ。俺達と一時的だがパーティーを組んでもらう。これからよろしくな、トーマス!」
手をトーマスの目の前に差し出す。
トーマスは目をぱちくりさせていたが、アルバルトの意図に気付くと笑って手を握った。
「宜しくっ!兄ちゃん、姉ちゃん!」
「なら我ら黒い牙の新しいメンバーですね。私からもよろしくお願いします」
レティシアも握り合った手の上から手のひらを重ねる。こうしていると何だか馬鹿らしくなってふと笑みが溢れてしまう。
「ならまずは依頼の達成報告だ。その後、ギルドで場所を借りて訓練しよう」
アルバルトの提案でレティシアとトーマスは頷き、ヒガリヤへと帰還する。
トーマスの入国時の通行税を代わりに払って街に入り、受付に報告して報酬の銀貨2枚を貰う。
訓練スペースはエウロアエと同じで冒険者ギルドの地下にあった為、俺はレティシアとトーマスを引き連れて地下へと入った。
(さぁ、楽しい時間の幕開けだ)
そしてトーマスはこの日から約1週間、人生で初めてのスパルタ教育というものを体験する事になる。
最後まで逃げ出さなかったのは拍手で喝采しても良い具合な程だった。
アルバルト
最初は断ろうと思っていたが、幼い頃の自分と重ねてしまい、力になってあげたくなった。
レティシアのご機嫌を取る為、美味しいご飯を探し中。
レティシア
トーマスとの手合わせでスキルに頼ってばかりの戦闘スタイルに苦言を言った。
それがこの少年の為だと思って心を鬼とした。
トーマス
ブラックファングの仮メンバーへと昇格出来ちゃった少年。
勝気な性格だが、根は良い子なので3つの約束事を守ろうと心に決めた。
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