第74話 朝の宿屋騒動
朝起きたら毛布が掛けられており、何故かベッドで寝ていたレティシアが俺の腕を枕にして寝ていた。
(腕が痺れると思ったら…何で此処で寝てんだよ…)
隣ですぅすぅと寝ている彼女がいる事にも驚きだがこれでは動けない。仕方なく揺さぶって起こす事にする。
「おーい、起きろ。朝だ、朝」
均衡が取れた顔立ちにシミ一つない肌が眩しい。薄らと綺麗な翡翠の瞳が瞼から見える。
やっと起きた様だ。
「…おはようございます」
「おはよう、なんでこんな所で寝てるんだよ」
「それは…アルバルトさんには言われたくないです。大方、私に遠慮して自分は床でいいと思っていたんでしょう?駄目ですからね、貴方が床で寝るなら私もこれからは床で寝ますから」
寝起きだからか、いつもより棘がある物言いだ。こちらに背中を向けてしまう。
機嫌を損ねてしまう程か?これは謝った方がいいだろう。こうなった場合、男は謝ってご機嫌を取らなければ後々面倒臭くなる。リサがまさにそうだったしな。
「すまん、謝るから機嫌直してくれよ」
「悪いと思うならこれからは一緒にあのベッドで寝て下さいね?」
タイラさんが見たらきっとこの世の地獄を見せてやるという顔で殺しに掛かって来そうだ。
いや、付き合ってすらいない男女が同じ部屋ってのもヤバいけど…もう泣きたい。
「……妥協案はありませんか?」
せめてとばかりに提案してみる。するとぐるりんと再び身体を捻った彼女と顔が合った。
鼻先が後数センチで接触するんじゃないかというぐらい近かった。彼女のその大きな目で覗かれ、口から漏れる呼吸が当たってくすぐったい。
深淵を覗いている自分を深淵が覗き返しているみたいな感覚だ。
その薄い桜色の唇から次のような言葉が紡がれる。
「ありません。受け入れてなさい」
「あっ、はい」
しかし、即座に切り捨てられてしまった。というか命令口調でつい反射で言ってしまった。
やべぇと思う時、既に遅し。
「言質は取りましたから、もう言い逃れは出来ませんからね」
くすりと笑う彼女にどうやら一本取られたようだ。というか今更か…多分、彼女にこれ以上言っても勝てそうにない。
(お袋、俺。もう女の子に勝てる気しないよ…)
「せめて背中合わせでな。腕枕は痺れるからやらないぞ」
「仕方ないですね。腕枕、気に入ってたんですが…」
名残惜しそうに口をへの字に曲げて左手で触ってくる。
「早く起き上がってくれ。じゃないと無理矢理退かすぞ」
「んっ、なかなかでした。ご馳走様です」
「意味が分からんが…まあ、お粗末様でした」
馬鹿なやり取りではあるが冗談も言える様になって何よりだ。
レティシアを退かして立ち上がり背伸びをする。床で寝たからか身体中がポキポキとなり眠気が飛んでいく。
「朝飯、食べに行くか」
「昨日食べていませんでしたものね」
グゥ〜とお腹が鳴る。確かに食ってなかったから腹減った。
「私はもう着替えているので廊下で待ってますね」
「悪りぃ、すぐに行くわ」
レティシアが部屋を出て行くのを見届けた後、素早く着替える。
男の着替えなんてそんなにかからない。
ドアを開けて廊下に出る。そこに櫛で髪を梳かしている彼女が待っていた。
「待たせたな」
「いえ、そんなに掛かってないですから大丈夫です」
「じゃあ、行くか」
彼女を伴ってこの宿の主人がいるカウンターの方へ歩いて行けば何やら騒動が聞こえる。
「うるさい!俺は父ちゃんみたく強くなるんだ!叔父さんに何言われても絶対、剣舞祭に出るからな!」
(あれは昨日の少年じゃないか。どうして此処に…)
その向かい、つまりカウンターの中にいる人と喧嘩している様だ。
少し歩いて様子を伺えば、昨日見たヤバい奴がいた。
「駄目よ、トー坊!そんなの危ないわ!!兄上やお義姉さんは絶対に望んじゃいないわよ!!」
そう言い返したのはあのゴリゴリマッチョバニースーツ野郎だ。いや、野郎じゃない。オカマなのか?どうでもいいが。
「ちっ、もういいよ!叔父さんなんかに俺の気持ちが分かるわけないんだ!!」
扉を強く叩いて外へ出て行く少年とそれを悲しそうな目で見つめているバニーさんの姿はシュールだ。黒いうさ耳も下に垂れている。
「…何か深い事情でもあるのでしょうか?」
「さぁな、でも取り敢えず話だけでも聞こう」
レティシアがボソッと呟いたので俺も小さな声で返す。そしてカウンターで項垂れている店の主人?(オカマ)に話し掛けた。
「ええと、大丈夫か?」
「アンタ達…つまらない所見せちゃったわね。大丈夫よ、いつもの事だから」
「あの、間違っていたらすみません。もしかして昨日の店主の方ですよね」
まあ思ってはいた。体格は似ているけどあの強面がこんな格好するとは到底思えないんだが。何かの勘違いでありたい。
「あらぁ、バレちゃったのね。そうよ、私。いや俺はここの店主だ。少し着替えるから待ってろ……"物体誘引"」
そう言うとカウンターの下へ一旦、しゃがんですぐに立ち上がった。するとそこには昨日の店主の姿があった。
「早っ!?どうなってんだよ。服装もバニースーツから全然違うし」
「これは俺のスキルのお陰だな。俺のスキルは物を引き付ける能力でな。思い浮かべればそれをすぐに取り寄せる事が出来る。魔法との応用でこんな風に素早く服を変える事も可能だ」
「へぇ、成る程…結構便利なスキルなんですね。でも何であんな姿に…?」
「確かに何であんな凄い格好してるんだ」
店主は腕を組んで仁王立ちしてアルバルトとレティシアに向き合う。
「それはな、俺が前にやっていた仕事が関係するからだ。俺は元々ここの店主じゃねえ。ここは俺の兄やその奥さんが経営していた店なんだ」
「前にやっていたって、もしかしてオカマバーか何かか?」
「そうだ。俺はあの日までこの街にある歓楽街で男と女の悩みを聞くスナックを仲間とやってたんだ」
「あの日まで、ですか?」
レティシアが店主の言葉に反応する。
「半年前、世界各地で魔物や魔族が暴れ回ったのはアンタらも知っているだろう?そして此処も襲われた。あの子が無事だったのはあの子の両親のお陰さ」
そこで店主は話を一旦区切り、上を向いた。
「俺が駆けつけた時にはもう遅かった。兄は死に、あの子を守る為、お義姉さんは身体を張って魔物の猛攻を受け止めていたんだ。身体はボロボロ、もうポーションだけじゃ治せない程の怪我だった。取り残された兄とお義姉さんの子供を育てる為に、俺は仕事を辞めて宿屋の主人として見守っているわけだ」
店主の独白に俺は歯を食い縛る。また此処にもヘリオスのせいで犠牲者が出てしまった。
そんなアルバルトの様子に気付いたレティシアは彼の服を軽く引っ張る。
「すまん、ありがとな」
俺の考えを察してくれたのだろう。全く、ホント彼女には敵わない。
「いえ、店主はそれでどうしてその格好であの子と接しているのですか?今のままの方が良いと私は思いますが…」
「トー坊、トーマスに少しでも母親の愛情を与えられたらと思ってな。トーマスはお義姉さんの事が大好きだったからな。もし、見かけたら仲良くしてやってくれねえか。こんな事、出会ってすぐのアンタらに言うのはおかしいと思うが、頼む!」
頭を下げる店主を手で制す。あのオカマはそういう泣ける理由でやっていた。ならちょっと可愛く思えて来たかも知れん。
「言われなくても昨日関わっちまったからな。仲良く出来るかは分からないが今度、見かけたら声をかけてみるよ」
「すまねえ、恩にきる。朝飯まだ食ってないよな?そこを行けば食堂があるから行くと良い。本当は一食、銅貨5枚なんだが今日は俺の奢りだ。この札を食堂にいる従業員に渡してくれ」
店主の手から渡されたのは赤い塗料で塗った木の札だ。どうやらこれで一食分食べられるらしい。
「朝と夜に食堂はやっているから良かったら今度から使ってくれ。代金は向こうのカウンターで支払えばその札が貰えるからよ」
「ありがとうございます。早速使わせて頂きますね」
お礼を告げて店主が案内した部屋へ進めば香ばしい良い匂いがする。これはパンを焼いた匂いだろうか。
部屋に入ると広々とした空間に椅子とテーブルが並んでいる。壁沿いにはカウンターと料理を作る為のキッチンが見える。
ここで金を支払って料理を貰うのだろう。ちらほらと宿に泊まっている人達が食事をしていたりする。
「ここが食堂ですか。素敵な空間ですね」
「朝日で部屋も明るいし、みんな美味しそうに食べているな。見てたらなんか腹減って来た、俺達も貰いに行こうか」
腹が鳴る前に札を従業員に渡して料理を貰い、適当に空いている席に着く。
目の前には熱々のパンの中にファイアボアを焼いた肉、それと野菜やとろとろのチーズが入っており、見た目は完全にハンバーガーだ。
「「いただきます」」
がぶりっと一口食べる。焼いたパンの香ばしい香りにシャキシャキとする食感の野菜、噛めば噛む程、肉の旨味が出てくる肉に全体を包み込んで口の中でとろりと溶けるチーズは最高だ。ああ、これぞジャンクフード。久しぶりに食べたがこれはめちゃくちゃ美味しい。
「お、美味しいです。初めて食べましたがこれは手がいえ、口が止まりませんね」
レティシアはパクパク、はぐはぐと大きなハンバーガーを食べ切ってしまった。
まだ物足りなそうな感じでお腹を摩っているがこれ以上食べると動きに支障が出そうだとなくなく諦めていた。
俺も急いで食べ終わる。
「この後だが、武器を取りに行って後、冒険者ギルドに寄って依頼をこなして行こうと思う。それでいいか?」
「はい、それで問題ないです。急いで武器を取りに行きましょう。早くしないと良い依頼が取られてしまいます」
「了解」
俺とレティシアはお皿を返して食堂を後にする。店主に美味かったと伝えて外へと繰り出した。
アルバルト&レティシア
オカマの格好もちょっと泣ける理由があって感動した…!
チレーズ
宿屋の店主。柄にもない事を言って少し恥ずかしくなって彼らが見えなくなった後、悶えていた。
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