第71話 宿探し
アルバルト達が宿を探していた頃、トキは時計塔の上に腰掛けて先程別れた2人を眺めていた。
「…あれが今世の英雄か。まだまだ雛鳥だけど成長すれば私達と同じ、いやそれよりも強くなるかも知れないねぇ」
グビッと瓢箪に入った酒を飲む。喉を通るその熱い感覚に彼女の気分も高揚する。
「お前さんもそう思うだろう?なぁ、火の精霊イフリートさんよぉ」
トキの呟きは時計塔の中で静かに消えていく。
しかし、それに呼応するかの様に時計塔の短い針と長い針が重なり、鐘が揺れて大きな音を出す。
ゴーンゴーンと鐘が鳴る音だ。
あちこちから鳴っていた鉄の打つ音も次々と聞こえなくなる。トキはその音に耳を傾けて楽しみながらまた瓢箪に口をつけて酒を飲みこんだ。
「んっ、プハー!ホント可愛いもんさ。ついつい可愛い子にはお世話を焼いちまう。これが老婆心って奴かねぇ〜。次会う時が楽しみだ、カカカッ!」
トキの顔はまるで獲物を見つけたとでもいいそうな笑みを浮かべる。その後も酒を煽り続け、そのまま瓢箪の中が無くなるまで1人飲み続けていた。
◆
アルバルトとレティシアは暑苦しいヒガリヤ国の街の中を歩いていた。宿がまだ見つからないのである。
「ちくしょー、マジか。もうこれで3件目だぞ。案内される宿がことごとく空いてないなんて…」
「仕方ないですね、もう少し早く来ていればと、今更ながら思います」
そこそこの値段の宿でも何処も満室で空いていなかった。もうごめんなさいねぇと断られるのは見たくない。
「次は空いてれば良いんだがな。…ここか」
4件目の宿だ。見たところ普通の宿って感じだな。若干煤汚れなどはあるが特にこれといって目立つわけでもない。
現状部屋が空いてる宿が少ないっぽいので駄目で元々だと思い、取り敢えず聞いてみることにする。
「よし、行くぞ」
ガチャッと扉を開ける。カランコロンと心地の良い鐘の音が店内に鳴り響く。
ようこそおいで下さいましたと此方を歓迎する挨拶が聞こえるみたいだった。
「いらっしゃぁ〜い!あら〜ん、可愛い男と女の子!」
スーと静かに後ろへ下がり、ガチャッと扉を閉める。カランコロンと心地の良い音色が聞こえて心の中に響き渡る。
まるでありがとうございましたとお礼を告げる鐘の音が聞こえた。
「…おかしいな。ゴリゴリのマッチョがバニースーツ着ていた様な、なんかこの国の暑さで頭がやられちまったらしい」
「奇遇ですね…私もです。見た事ない種族がいたなんて幻覚でも見たのでしょうか…?」
今度は扉の隙間を見るように少しだけ開けて覗く。するとそこにはサングラスを掛けてこちらを出迎える強面の男がいた。
良かった、本当に見間違えたらしい。頭が暑さでやられてたみたいだ。
今度こそ、扉を開けて宿に入る。そして宿が空いてないか訊いてみる事にした。
「…らっしゃい」
「聞きたいんだが二部屋って空いてないか?」
「そうだな。まずは二部屋ってのは無理だ。今のところ空きは一部屋しかないな」
(一部屋だけか、ならレティシアを泊まらせて俺は何処か空いてないか探しにいくか…)
「この時期は人が泊まりにたくさん来るからな、もう何処もいっぱいになると思うぞ?どうするあんちゃん」
(それか馬小屋でも借りるのもアリだな。匂いはするらしいが寝る事ぐらいなら出来るだろう)
考えが纏まり、レティシアに確認を取るため、彼女と顔を見合わせる。
「此処で泊まりでもいいか?」
「ええ、私は大丈夫です。しかし、2人で泊まるとなるとその分の料金になりますよね?」
「いや、レティシアだけでいいだろう」
「え?」
「…え?」
その何を言っているんだろうこの人は?みたいな目で見ないでほしい。
宿屋の店主も…え、違うの?的な顔はやめろ。
「いや、一室しかないんだったらレティシアがそっちに泊まって俺は馬小屋でいい。他の宿でもそうする奴が居るって聞いたしな」
「あ、ああ。泊まれなかった奴らは大抵、馬小屋か雑魚寝だけの大部屋になるな。うちに大部屋はないが馬小屋ならある。スペースは空いてるから寝れはするが…」
やっぱそうだよな、聞いていた通りだ。この宿屋の主人に言って馬小屋のスペースを借りよう。
「待って下さい!そんな所にアルバルトさんが泊まるなんて駄目です。お金は私が持ちますから一緒の部屋で良いですよね…?」
レティシアの獣の唸るような声が俺達の会話を一刀両断する。いつもより低い声にびっくりしてレティシアに視線を向けた。
「いや、流石に若い男と女が一緒の部屋は不味いだろう?」
「私が良いと言ったら良いんです。前にも一緒に寝た事があるじゃないですか」
「いや、前はミミちゃんも居たし、それに野営の場合は夜行動するのが危ないからっていう理由で仕方ない事だったからな」
馬車の時は寝ずの番を交代で回していたのでそこまでは気にしなかった。
「では言い方を変えます。アルバルトさんは私に手を出すんですか?」
いつも以上に強気な彼女がずいっと近寄ってくる。
(ち、近い…)
流石に美人と可愛いの最強の組み合わせを持ち合わせるレティシアと同じ部屋は駄目だろう。正直、胸はそこまでない彼女だが俺をドキドキさせる程の魅力を持っている。
「……出さないです」
「本当に?」
「はい、絶対に出しません!」
「なら決まりですね。では店主、その一部屋お借りすると言うことで」
話はこれまでだ!とでも言わんばかりに矛先を店主に変えるレティシア。
「お、おうよ。ベッドは一つしかねえがまあそっちで何とかしてくれ。料金は1日銅貨30枚、2人分だと60枚だ。前払いで頼む」
「では取り敢えず5日分です、ご確認を」
宿の主人がそう告げるとレティシアはアルバルトがまた何かを言う前に銀貨3枚を支払ってしまった。
「毎度、部屋はそこの突き当たりを左に曲がって一番奥の部屋だ。鍵は出て行く時に俺か従業員に返してくれ。…まあ頑張れよ、あんちゃん」
「はぁ、ありがとう」
腕を引かれ、部屋の前へ移動する。部屋の中は結構広いがベッドは一つしかない。まあ、床で寝れそうだからいいだろう。水の魔石と桶が置かれていたので汗を拭くにも丁度いい。
荷物などを置いたら魔石に魔力を通し、桶に水を貯める。そして取り出したタオルを水に濡らしてベトついた肌を拭く。勿論、互いに背中を向けたままだ。
「これから武道大会の会場に行ってエントリーをしたいと思うんだがそれでいいか?」
「はい、出場登録だけは済ませておきましょう。その後は少しだけ買い物したら今日はもう休みませんか?」
「長旅にそしてこの暑さだもんな…俺も疲れてるしそうするか。じゃ、俺は先に外に出てるから終わったら来いよ」
身体を拭き終わり、素早く着替えて振り返らずに部屋を出る。見たいとは思うが変態扱いされたくはない。いや、頭の中は変態なんだけども。
俺は廊下を歩いてさっきの宿の主人がいる受付を通り過ぎる。後でレティシアが来るから鍵はその時にと伝えておいた。
扉を開けて外に出る。行き交う冒険者や住民達は結構な割合で筋肉質なのが多い。暑いからみんな薄着のため分かりやすいのだ。
冒険者らしい人を捕まえて大会の開催場所を聞いた。
◆
少し時間が経過し、扉に付いている鐘が鳴る。どうやら待ち人が来た様だ。
「お待たせしました。さあ、行きましょうか」
「おう、会場場所はあの時計塔の真下らしいからそこを目指して歩こう」
俺達はまだ見ぬ強敵達と戦う為に時計塔を頼りに目指す。優勝すればいい装備が手に入るらしい。
ならば今出来る俺の全力を持っていかせてもらおうか。
アルバルト
馬小屋でちょっと泊まってみたかった感はあったが、レティシアによってその目論見も阻止されてしまった。
レティシア
心の中でガッツポーズ。アルバルトを堕とす計画が着々と進行している模様。
表情が表に出始めた事で、裏にある暗い感情を隠すのが上手くなった。
狩人はまだ動かない…。
◆
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