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鬼人の旅路 これは君を探す物語  作者: 直江真
第一章 旅立ち
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第7話 残酷な誕生日1

 ふと目が覚めるとそこは慣れ親しんだ鬼ヶ島にある自分の部屋の天井だった。


 ベッドから降りて顔を洗う。


「…ふぁーあ、眠い。って、やばっ!今日は特訓の日じゃん!?」


 今度は口が喋り出す。


 俺は部屋を出てリビングへと向かった。そこにはコーヒーを片手に庭先を眺めている父親がいる。朝から優雅なこって。


「おはよう。父さん」


「おっ、起きてきたな!この寝坊助さんめ。キドウの所のお嬢ちゃんがもう来てるぞ」


 心の中で幼馴染に手を合わせる。うちの母さんにきっと搾られているのだろう。


「早く行って来い。また母さんに怒られるぞ」


「…まだ飯食って無いんだけどなぁ」


「お嬢ちゃん朝から来てたんだがなー。誰かさんが、起きるまで1人で、あの母さんのきっつい扱きを受けてるんだけどなー」


 チラッと窓の外を見る父の姿にアルバルトは肩を落として項垂れた。


「分かった…行って来る…」


「おう、絞られて来い!」


 恐らく怒られるだろうと覚悟を決めたアルバルトは靴を履いてやや玄関から外へ出る。するとそこには肩で息を吐いているリサーナと彼の母親であるツナの姿があった。


 息を殺して恐る恐る近づくが速攻で気付かれた。母には通じなかった様だ。


「やっと来たな、馬鹿息子!全く、グースカとこんな時間まで寝てんじゃないわ!」


 ぐわっと腕を組んで目を見開くその表情はまるで鬼である。いや、鬼なのだが。


「ア、ア〜ルゥゥゥ…遅いじゃないか。もう私はヘトヘトだ…」


 恐ろしい形相のツナの前にはリサーナがうつ伏せで倒れていた。


 見た感じ、散々扱かれた後だ。此方を恨めしそうに見ている。


 うわぁ、やば。今日は一段と扱かれてるやん。母さんも顔が怖えし、てかこっちに来てね?


 恐ろしい地獄を体験した様な助けを求める悲痛な彼女の叫び声に思わず顔が引き攣るアルバルト。そんな彼にドカドカと大股で近づくツナは無防備な頭に拳骨を落とす。


「イッテェ!?…ノオォォォ…」


 地面に転がって痛みで頭を抱えるアルバルトを一瞥するとツナはさっさと立てと言って倒れているリサーナに手を貸して起き上がらせる。


 頭が割れるかと思った…容赦ねえ。


「…なんか、俺とリサで対応が全然違くね?」


「当たり前だろう。兄貴の所の娘だぞ?可愛いし、そりゃ目に入れても痛くも痒くも無いわ。お前は…うん」


「まあ、確かに可愛いけどさ…え、俺は?」


「か、かわわわわ…」


 手で顔を隠す様に覆うリサーナは顔から煙が出ていた。


 凛々しいなどの褒め言葉はあれ、可愛いと言われるのはまだ耐性が無いようだ。リンゴの様に頬を赤くして照れている。


 可愛いいかよ。てか結局俺は…の後、何だったんだよぉ。


 心の中でモヤモヤしながらも母の言う事を聞くことにした。


「さて次はお前だ、馬鹿息子!さっさと構えろ!リサーナはコイツの身体が温まったら手合わせだ。それまでは休んでな」


 ツナは強情で意地っ張りで傲慢な性格をしている。言ったことは全てやり遂げるまで止まらないし、発言の撤回もしない。


 今回も文句を言っても意味は無いだろうと心の中で愚痴る。早く構えないと更に機嫌が悪くなりそうだ。


 言われた通りに構えるとツナの拳が顔の横を通過する。遅れてやって来た風圧が顔に当たって思わずよろけ飛ぶ。


 …うん、最初から全開ですねぇ。


「ほれ、次だ!馬鹿息子ッ!」


「ちょっ、母さん、速いって!」


 次々と来る攻撃を躱す事に集中する。恐らくアルバルトがギリギリ躱す事が出来る程度に手加減しているのだろう。ツナの顔には余裕の笑みが浮かんでいた。


 その攻防が何度か続き、アルバルトの息が上がって来た頃にツナからの攻撃は止んだ。


「ゼェ…ゼェ…ダメ。もう動けん」


「はぁ、全くこの程度でへばってんじゃ無いよ」


 このくらいでと呆れた目で彼を見つめるツナにアルバルトはスペックが全然違うんじゃい!と心で愚痴る。リサーナはアルバルトに近づくと動物の皮を縫い合わせて出来た水の入った水筒を手渡す。


「はいこれ、お水」


「ありがと。…ゴクゴク、プッハァー!あぁ、生き返る」


「私の血を引き継いでいる筈なのにねぇ。この年ならもう使えても良いとは思うがどうしてまだ鬼人族の力が使えないのか不思議だね」


「半分、父さんの血が入ってるからかね?まあ、お陰で火魔法は上達したんだけど…ファイアボール!」


 ボウッとアルバルトの手の平の上には少し形の崩れた火の球が浮かんでいた。


「まだ魔力が安定して無いね。もう少しイメージを形にする力をつけた方がいい。本なんて小難しい物よく読んでるんだから訳ないだろ?」


「まあ、読書は好きだから読むけどさ。こう自分の中に魔力を通すってのが難しいんだよな…」


 手の中にある形の崩れた不完全の球体を空へと打ち上げる。その打ち上げた火の球に向かってツナは先端が鋭くなっている土の魔法を無言で放つと魔法同士がぶつかり合い、爆散した。


「そろそろ私も混ざりたいんだけど…」


「おっ、そうだね。今度は2人まとめて掛かって来な!」


 休んでいたリサーナと一息休憩を入れたアルバルトが両足を揃えてツナに対峙する。


「よし行くぞ、リサ。今度こそ、母さんに一矢報いてやろう」


「ふぅ…アル、そんな弱気でどうする。一矢報いるんじゃない。勝ちに行くんだ!」


「そうだ。リサーナの言う通りだよ。肉体で劣っているなら精神で勝ちな。絶対に諦めないと強く心に刻むんだ。そうすればお前達はどこまでも強くなれる!」


 アルバルトの弱気な発言にリサーナが檄を飛ばす。そして彼女の意見にツナも肯定する。


 出たな、母さんの口癖。絶対に諦めない、精神で勝て。どれも耳に蛸が出来るぐらい言ってくる。


 言われ続けていつの間にか、俺の信条にもなっていた。


「さぁ、いつでも掛かってこいお子様共っ!!アタシの顔に一発でも当てられたらお前達の勝ちだ!」


 高らかに勝利条件を宣言するツナに幼き彼らは目を合わせて頷く。それが合図となって彼らはツナに向かって行った。


 結果から言うと惨敗である。


 接近戦はリサーナに任せてアルバルトはツナの死角から魔法を放つ作戦だった。


 前衛、後衛と分かれて完璧だと思っていたが実際にやってみるとツナの手のひらで転がされる様な感覚だった。


 リサーナは小さな身体を最大限に生かしてツナの攻撃を避ける。アルバルトはツナがリサーナに攻撃を集中させたのを見計らい、自分の得意な火魔法をその隙だらけな背中に狙い放った。


 彼女は来るのが分かってたとばかりにニヤリと笑い、大きくバク転して魔法を躱す。その火魔法はリサーナへ直撃、まさか躱されるとは思わなかったアルバルトは一瞬だけ硬直してしまう。その隙をツナは見逃す筈も無い。デコピンでアルバルトの額を叩く。


「はぅわ!!?」


 デコピンと言えど、力が異常に強いと言われる鬼人族の攻撃は破壊力が凄まじい。アルバルトはその場からゴロゴロと回転しながら潰れたカエルみたいに地面に転がった。


「はい、今回も私の勝ち。前よりは連携も取れてるみたいだが、お前らはまだ詰めが甘い」


 爆撃を受けたリサーナは膝を付いて肩で息をするみたいに激しい呼吸を繰り返す。アルバルトはうつ伏せでゼェゼェ言っていた。


「リサーナはもっと周りを意識しな。まだ視界が狭いからあんなへなちょこの魔法が当たっちまうんだ。次にアルバルト、お前は初撃が躱されたら次を考えろ」


「相変わらず、イッテェ…てかその次も躱されたら、どうすりゃあいいんだよ」


「そんなもんその次でやりきれば良いだろう。いいか、戦いの中で考えるのも大事だが、そんな事やってたらいざとなった時、対応に遅れる。そうならない為にも常日頃から考えて実践しな。そうすれば身体が考えるよりも先に動いてくれる」


 経験が物をいうと言いたいのだろうか。実際に体現してきた人だから説得力はある。俺の母親は父と会うまでは世界を探索していたと酔っていた時に溢していた。その中で学んだ事らしい。


「そうだ。リサーナ、この後は予定があるんだったな。だったら今日はここまでにしよう」


「折角の特訓の日なのに…すみません」


「いいさ、いいさ。ほれ、アンタもさっさと立って何処か遊びに行って来な」


 片手を頭の後ろにやって痒い所を掻きながらもう片方の手でしっしっと手を上下に動かすツナにリサーナは軽くお辞儀をするとその場から急足で去っていく。


 俺も言われた通りに何処か出かけるとしよう。


 家を出る時に幾つかの本を持って外へ出る。夕方には帰ってくると両親に伝えて目的の場所へと向かう。


 村を出て丘を登ると巨大な大木が目に入る。そこが今、俺の目指す所だ。毎日どんな時でも桜が咲いている不思議な木である。村の人達は万年桜と言っていた。


 長い道をのしのしと歩いて丘を登っていく。野原になっており、花の群生地帯な為か良い香りが鼻をくすぐる。


 桜の木に荷物を置いて此処で本を読んでいくのが俺の気に入っているスタイルだ。


 ペラペラとページを捲って読み進める。この世界に来てからは読書をよくする様になった。前世の日本とは違う人種や魔法、魔物など様々な事柄が多過ぎる。文字を覚える為に読んでいくとこれがなかなか面白い。つい、目で字を追って没頭してしまう。


「今日は新しく取り寄せてもらった魔物の生態についてだな」


 最近は童話ばかりだったので心機一転、わざわざ取り寄せた魔物の本を読んでいく。この村の周辺にも居るっちゃいるが近づくと怯えて逃げてしまうので遠目から見るだけなのだ。


 あの白いもふもふツノウサギは今度会ったら捕まえてやるぜ。


 その為には奴をよく知らなきゃいけないからな。俺は意識を本の世界へと沈めた。

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