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鬼人の旅路 これは君を探す物語  作者: 直江真
第ニ章 王都エウロアエ 神が堕ちた日編
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第57話 レティシア物語4

今回は結構長くなっちゃいました。お付き合いくだされば嬉しいです!

 レティシア達が床下を見つけて探索している中、ミミは暗く冷たい檻に閉じ込められていた。


「うぅ……ここは?」


 そしてミミは何故こんな目に遭ったのかを思い出す。ルンルンと気分良くギルドに向かっている途中、胡散臭そうな男達に話しかけられて逃げようとしたら目の前が真っ暗になったんだ。


「そうだ。私、道を聞かれてそれで…攫われちゃったんだ…」


 辺りを見渡せば自分と同じく檻に入れられている幼い子供がいる。1人で壁に座る人族の少年に話しかけた。


「ねえ、此処どこだか知ってる?」


「…知らない。でもあまり喋らない方が良い。アイツらが来るっ!」


 話し掛けたけど急に頭を下げちゃった。なんで?と思っているとミミの猫耳が檻の外から此方に向かって歩いて来る足音を捉えた。


 足音は止まるとガチャリと檻の鍵が開き、ミミを攫った男の1人が入ってきた。


「おら、ガキども!!飯の時間だ…おっ、お前起きたのか!見た目もいいし、高値で売れそうな大事な商品だからな!しっかり食うんだぞ」


 男は袋に入った食べ物を足元に乱雑に落とす。その音で我に帰ったミミは男に話し掛けた。


「此処どこっ!私をお家に返して!!」


 ミミが男に向かって叫ぶ。先程までニタニタと笑っていた男だが急に顔を顰めて怒り出した。


「うるせぇ!黙れ!お前はもう此処から逃げられねえんだよ!!」


 手に持っていた金属の棒で檻を強く叩いて叫ぶミミを黙らせる。ミミは金属同士がぶつかり合う音と男の迫力に恐怖し、涙を浮かべて猫耳を手で伏せた。


「おい、ダニ。あまりやり過ぎるなよ。大事な商品だからな」


「あん?わーてる。だからエルさんよ、そんなに怖い顔すんじゃねえよ」


 ダニと呼ばれた男の背後からエルと呼ばれた太った身体の大きな男が顔を覗かせた。


 ミミはますます怖くなり、身体を丸めて時が過ぎるまで待つ事にした。そんな彼女を見た男達は満足そうにニタァと笑い、檻を閉めた。


「へへへ、此処は何処って言ったな。教えてやるよ…ここはお前らがいくら助けを呼ぼうが外には聞こえないし、仮に聞こえても絶対に見つからない場所とだけ言っておくぜ!」


「いやぁ、エルさん。俺達ついてますね。出荷間際にこんな上物見つけるなんて!これならあの変態貴族も喜びそうだ!」


「がはははっ!!そう言うなよ。全く、初めての仕事でなかなか手間取ったがそれも今日で終いだ!貴族様は満足して俺達は大金が手に入る。下男の俺達には最高な仕事だわな」


 笑いながら暗がりの奥へと去っていく男達を見てミミはようやく緊張を解いた。そして今の男達が言った言葉の意味を考える。


(大事な商品、出荷、変態貴族…もしかして…)


「商品に出荷ってまさか私達…」


 奴隷。スラムに住んでいたミミも1度は聞いたことのある言葉だ。主人のいいように働かされて最後は惨めだと誰しもが口を揃えて言っていた。男達の言ったことを分析して答えを導き出したミミは顔を真っ青に染める。


 こんな所に居られない!いつまでもこんな所にいたら売られちゃう!


「嫌!此処から出して…出してよぉ!!」


 ミミは立ち上がって檻の扉をガチャガチャと揺らす。そこへ先程声を掛けた少年がその行動を止めた。


「大人しくするんだ。あいつら今は気分が良いけど、機嫌を損ねるとあの棒で殴られるからさ」


「なに!邪魔しないで……え?」


 ミミは振り返って自分を止めに来た少年を見た。さっきは暗がりにいて分からなかったが身体中にあるアザや折れ曲がった腕を見て声を失う。


「ほらね、こうなっちゃうのは嫌だろう。何かあると直ぐに殴って来るから大人しくするんだ」


 少年はミミの足元に落ちている袋を手に取ると部屋の片隅にいる子供達に配り出した。


「俺はソラ・ダイノール。この中で1番最初に捕まった子供だ。アイツら、俺が貴族の子供だからって気分が悪くなるとすぐに手を上げるから嫌になる」


 ソラ・ダイノールと名乗った少年はミミにも焦げついた硬いパンを手渡し、ヨロヨロと歩いて行く。


「ね、ねぇ…さっきはありがとう。私はミミっていうの。怒鳴っちゃってごめんなさい」


「いや、大丈夫だよ。もう怒鳴られるのは慣れたからね」


 どさっとソラと言った少年は子供達から離れている自分がいた元の場所に座る。ミミも手の中にあるパンを持ってソラの隣に座った。


「ねえ、ソラは痛くないの?」


 ソラのアザと腕を指差してミミは聞く。彼は淡々と答えた。痛くない筈はない。それが頭で分かっているミミだが、それでも聞かずにはいられなかった。それ程痛々しい姿だったから。


「痛くない。もう痛みなんて感じられないし…」


 もそもそとパンを食べるソラを見てミミもパンをもそもそと食べ始める。


「何でソラはお貴族様なのに捕まったの?」


「俺は次男だからな、優秀な兄が家を継ぐから冒険者になりたいって駄々を捏ねて親と喧嘩した。影に隠れたり、狭い隙間に移動したりして家から抜け出してきたんだ。そしたら…アイツらに捕まった」


 これ以上は話したくないとミミの目線から逃げる為、背を向ける。それを見たミミは黙って焦げ付いて硬いパンを食べ始めた。


「……美味しくない」


 硬くて食べ辛い。今まで食べて来た何よりも最悪な味だ。不味くて美味しくない。でも生きる為に食べなくちゃと無理矢理口の中に放り込んで咀嚼する。


「ねえ、どうやったら此処から出られるか分かる?」


 食べ終えたミミはソラに帰る方法はないか尋ねた。不安と期待が入り混じる声にソラは答える。


「ない、とは言えないかも…。アイツらがいつも外に行く時や帰ってきた時は必ず左から来たり出て行ったりするんだ。さっき右の方へ彼らは行ったけど、多分あそこは奴らの寝床で恐らく行き止まり。出るとしたら左に向かって進むしかない」


 指を右や左に差しながらミミに説明する。


「でもこの檻からは抜け出せそうにないんだよ。檻は鉄格子で硬いし、この部屋には抜け道なんてない。魔法やスキルでも良い…誰かが使えれば可能性は出て来るけど、俺らの中でまだ使える子はいない。ミミは何かあるか?」


「ううん、私もまだ。普段、戦いなんてした事ないから…」


「…そうか。なら手詰まりだ。きっと俺の家の者が探している。大人しくこのまま待つしかない」


 壁に寄りかかってぼうっとする少年を見つめてミミは思う。何もかも諦めた少年を見て心の中のミミは憤怒した。


(こんな所で大好きなみんなとお別れなんて嫌。絶対に逃げてやる!)


 拳を握りしめて自分を鼓舞する。その時、ミミの猫耳が左から来る小さな音を拾った。


「また誰か来る!」


「…あいつらが言っていた変態貴族かもな」


 ミミの独り言にソラが口を挟んだ。ミミは僅かな希望を胸に檻の前へ駆け寄ると目を閉じて集中する。


 左から聞こえる足音は1人…いや、2人。


 でもこの足音は何処か聞いた事がある安心出来る音だ。そしてミミ達がいる鉄の檻の前に止まる。


「探しましたよ、ミミさん」


 ミミが目を開けば、そこには恋敵のレティシアと親代わりのハルゲルがいた。此方に駆け寄ってしゃがみ込んでいるレティシアに檻越しに抱き付いた。


「うぅ、ありがとう。お姉ちゃぁん!」


 気付けば、両目から溢れんばかりの大粒の涙を流していた。そんな彼女を慰める様にレティシアは檻の隙間から手を入れて頭を優しく撫でる。


 ◆


 ハルゲルさんを先導しつつ、一緒に階段を降りて行った先には広い地下がありました。


「ここは地下にしては広いな。待て…あそこに何かいるぞ」


 ハルゲルさんの言う通り、目線の先には此処よりも少し明るい部屋がありました。耳を澄ませ、鼻で匂いを嗅げば、あそこにミミさんが居るのは間違いない。


「…ハルゲルさん、おそらくあの部屋にミミさんがいます」


「よし、気をつけて行こう。此処まで大きな事をする奴だ。後ろに何かいるのは間違いない」


 コクリと頭を縦に振って同意する。足音を極力立てないで慎重に移動すれば、目の前に大きな檻があった。そして目的だった彼女が目を瞑って座り込んでいる。


「探しましたよ、ミミさん」


 目を開いて私達の姿を確認したミミさんはブワッと涙を流して私の服を檻の中から掴んできた。そんな彼女を安心させる為に頭を撫でる。


(こんなに震えて可哀想に…絶対に許せません)


 ハルゲルさんもミミさんの姿を見て安心したのか胸をほっと撫で下ろしていた。


「鍵が掛かってやがる。なら、コイツで!"荒れ狂う衝撃(ヘビー・インパクト)"!」


 ハルゲルはメイスを檻の隙間に引っ掛けて鍵が掛かっている部分を壊す様にスキルを発動した。


 ガコンッと檻の錠前が外れる。


 ハルゲルが檻の中に入り、ミミを見つけて抱き寄せる。ミミも力いっぱいに抱き付いてハルゲルから離れなかった。


「馬鹿野郎っ!心配させやがって…無事で本当に良かった!」


「ごめんなざいぃいい!」


 ハルゲルとミミの間には血の繋がりこそは無いが美しい親子の愛が見てとれた。それをレティシアは羨ましそうに眺めている。


 他の子供達も光の灯って無かった目から段々と生気を取り戻していく。1人また1人と立ち上がって扉の前へ集結した。


「よし、早く此処から出るぞ……と、やっぱり気付かれちまうか」


 ハルゲルの目線の先には奥から鉄の棒を持って出てくるダニとエルの姿があった。


「おいおい、おっさんよ。勝手に商品を持っていかれちゃ困るぜ。ようやく今夜此処ともおさらば出来るってのによぉ!」


「へへ、良い女もいるじゃねえか!こりゃ長く遊べそうだぜ」


 ダニとエルのいやらしい目線がレティシアを注ぎ込まれる。それを冷たい目で睨見返した彼女は後ろにいる子供達に声を掛けた。


「私達で時間を稼ぎますから、此処から早く逃げなさい」


「え、でも…」


「俺達は大丈夫だ。此処から出て衛兵を呼んでくれると助かる。それになんたって俺は強いからな。だから行け、早くっ!」


 ハルゲルの大きな声に子供達は反応して我先にとレティシア達が来た方へ逃げ出した。


「あぁっ!商品達が逃げていくじゃねえか!待ちやがれぇええ!!!」


「邪魔だ、そこを退け!」


 ダニとエルは鉄の棒を振りかぶりながらレティシア達に迫った。


「俺の大事な家族に手を出したんだ。お前らは絶対に許さねえ!このクソ野郎どもッ!!」


「ハァアアア!!!!」


 細身の男のダニをレティシアが、丸々太った男のエルをハルゲルがそれぞれの武器を持って男達を押し返す。


「ちっ、おいダニ。アレやるぞ!」


「了解」


 エルの掛け声にダニが反応する。そして男達はスキルを発動した。まだ手の内が分からない敵にレティシア達は油断せずに武器を構える。


「お前らは俺達を怒らせ過ぎた。もう容赦しねえ…!!スキル発動!"吸収(ドレイン)"」


「男は殺して女は遊んでやるよ!"憤怒(イーラ)"」


 ダニは憤怒、エルは吸収という未知数のスキルを発動させる。強気な態度を変えず、ニヤリと笑う男達は再び彼らに襲い掛かった。


「甘い!そこだァ!!」


 エルの攻撃を躱してその大きな腹にメイスを叩き込むがハルゲルはその感触に違和感を感じた。


「…?手応えが殆ど感じねぇ!?」


 ハルゲルは素早くエルから距離を取ると太った男は自慢気に語る。


「がはははっ!効かねえなぁ!俺のスキル、"吸収(ドレイン)"は俺の魔力が続く限り、ダメージなんてものは無い」


 エルの背後からダニが飛び出してハルゲルに襲い掛かる。


「そして俺の"憤怒(ふんど)"は怒れば怒るほど力を増していくスキルだ!」


「させませんよ!」


 ハルゲルに迫る凶器をレティシアが持っているナイフで地面へ受け流す。ダニが持っていた鉄の棒は地面に当たると地面を深く抉った。


(威力はなかなかですね…)


 ダニはエルの元へ飛んで戻ると2人して口を開く。


「「まさに最強、無敵とは俺達の事よ!」」


 ニタリと笑う彼らを見てレティシアとハルゲルは呆れた。


「確かに面倒くせぇがただそれだけだな」


「この程度で最強ですか…私はもっと強くて優しい人を知ってます。笑わせないで下さい」


 辛辣な言葉に決めてやったぜと笑っていた男達は顔を真っ赤にさせて怒りを滲ませる。


「貴様ら!ぜってえコロス!」


「強がるなよ、この雑魚共が!」


 今にも飛びかかってきそうな2人を前にレティシア達は冷静だった。そして男達が一歩足を踏み出した時、レティシアは手を前に構えて魔法を行使する。


「風よ、我が手に宿りて我が敵を吹き飛ばせ!ウィンドブレス!」


「ぐぉおお!目がぁああ!」


「魔法、だとぉお!!」


 レティシアの手から吹き荒れる風を前にダニとエルは立ち止まった。


(立ち止まった…!今が攻め時ッ!)


「どんなに力が強くても、当たらなければ良いだけです!ハァッ!!」


 そしてレティシアは目にゴミが入って目を掻くダニの前に素早く移動すると回し蹴りをダニのこめかみに直撃させ、壁にめり込ませる。


「ダニッ!!」


「お前の相手はこの俺だ。オラオラオラオラオラッ!!」


 ダニが壁に叩きつけられ、気を失っているのを見て動きが完全に止まったエルにハルゲルがメイスで滅多打ちにする。


「お、お前の攻撃なんて俺には効かねぇぞ!」


 ハルゲルの攻撃に持っていた鉄の棒を思わず離してしまったエルは頭を手で守り、スキルでハルゲルの攻撃に耐える。


「今はそうかもな。でもよ、スキルに使う魔力ってのは消費が多いのが普通だ。なら魔力が切れるまで殴り続けてやればいい」


「やめ、やめろ、やめてくれぇええ!!」


 ハルゲルの猛攻にエルは膝をついた。そこをハルゲルは見逃さない。


「終いだ、くらえ!"荒れ狂う衝撃(ヘビー・インパクト)"!」


「ぶべぇ、ぶぅぅぅぅうう!?!?」


 ハルゲルの最大にして最強の一撃がエルの腹に当たり、エルはダニと同じ様に壁へ激突した。ぶくぶくと泡を吹いて地面に倒れる。


「戦闘終了、お疲れ様です」


「ああ、助かった。魔法を教えて半年で此処まで使えると流石だぜ」


「いえ、ハルゲルさんの教え方が上手だっただけですよ。それに私はまだ詠唱短縮も出来てませんし…」


「よせやい、風属性の適性ありでも此処まで早く実践で使えるようになんかならねえよ。さてとこいつらをさっさとぶん縛っちまうか」


 ハルゲルは奥で縛れる物があるか探すと言ってレティシアに見張りを頼んだ。


 戦闘が終わり、レティシアに近づいて来る影が2つ。


 ミミさんと隣にいるのは…?でも、間に合って本当に良かったと心から思う。


「まだ逃げてなかったんですね」


「ごめん、だけどコイツがお礼を言いたいって聞かなくてさ」


「お姉ちゃん、助けてくれてありがとう!怖かったよぉおお!」


 ガバッとレティシアの胸に突進して抱きつくミミを彼女は驚きながらも受け入れた。さらさらと手触りの良い髪を撫でてミミからレティシアはどうして孤児院から抜け出したのかを聞き出す。


「アルお兄ちゃんに美味しいもの食べさせたくて、お家から出ちゃダメって言われてたのにぃいい、ごめんなさい、ごめんなさいぃい!!」


 アンアンと泣くミミにレティシアは頭を撫でるのを止めて、軽くデコピンをした。


(全くこの子は…仕方ない子ですね。でも、気持ちは分からなくはないですよ)


「確かに言いつけを破ったのはいけません。それはハルゲルさんやラーナさん達にしっかりと怒られましょう……ですが、アルバルトさんの為に頑張ってくれてありがとう。私はその気遣いが出来る心の優しいミミさんが大好きです」


「私も、お姉ちゃんが好き!」


 レティシアは少し泣き止んだ彼女の耳元で囁いた。再び、うるっと涙を溜めたミミはレティシアの胸に張り付いて涙を流す。


 それをなんとも言えない顔で見ていたソラに目線を移してミミを優しく引き離した。


「ミミさん、ちょっと離れていてくださいね?もしかして貴方はミミさんを守ってくれたのですか…?」


「いや、俺は何もしてない。ただ俺もお礼が言いたかっただけだ」


 ソラはプイッと照れる様にそっぽを向いた。ミミも可笑しいのか笑っている。


「…笑うなよな。でも、お陰で助かった。後で家の者にお礼を持って来させる」


「それは失礼しました。お礼なら私と一緒に来たハルゲルさんにお願いします。彼には日頃からお世話になっている身ですし、大した事はしていませんからね」


「分かった。だが、何かあれば言ってくれ。ダイノール家の威信にかけてでも、必ずこの恩は返す」


 カッコつけているのかこちらに背を向けるソラを見てレティシアはクスリと小さく笑った。


「おーい、あったぞ!思ってた通り、魔封じの腕輪が……おい、嬢ちゃん!後ろだ…!」


 ハルゲルが奥の部屋から姿を現し、レティシア達に声を掛けたが物陰に蠢く物影を見た瞬間、彼女に叫ぶ。


 ハルゲルの叫びに一瞬で後ろを振り抜いたが、目の前には先程ハルゲルが倒したエルと呼ばれた大男が此方に飛んで来ていた。


「しまっ…!?」


 その巨体を受け止めたレティシアは部屋の片隅まで吹っ飛ぶ。


 何とか受け止め切ったレティシアはエルを地面に転がして投げつけてきた犯人を見た。憤怒のスキルにより力を己の限界まで引き上げたダニの姿がそこにあった。


 もともとキレやすい彼はこのスキルと相性が良かった。相方であった巨体のエルを相手に向かって投げ飛ばすと近くにいたミミとソラに目を向ける。


「ちっ、おいガキ!こっちに来い!」


 ダニから見て1番近いソラを捕らえようと手を伸ばす。


「えい!」


「っ!ミミッ!」


 あと少しでソラを捕まえられるという所でミミがソラを突き飛ばした。ただでさえ、ボロボロの彼をこれ以上傷付く所は見たくないと震える足を動かしてソラを庇ったが代わりにミミはダニに捕まってしまう。


「お、ついてるぜ。あの変態貴族に商品がありませんなんて言ったら俺が殺されちまうからな。おい、お前ら!今すぐ武器を捨てろ!じゃねえとこのガキの首の骨、折っちまうかもなぁ!!」


「くそ、卑怯だぞ!」


「すみません、私が油断していたばかりに…!」


 ハルゲル達はダニの要求通りに武器を投げ捨てる。それを見たダニはさらなる要求をして来た。


「オラァ!もっと離れろ!ガキがどうなっても知らねえぞ!あとお前もだ!こっちに来ないとコイツがどうなるか…賢い貴族のお坊ちゃんなら分かってるよなぁ…?」


「うぅっ…」


 ダニがミミの首を腕で締め上げてソラにも来いと脅迫した。苦しそうに唸るミミを見てソラは決断を迫られた。


「…分かった。そっちに行くから」


「へへ、エルさんには悪いが此処でとんずらさせて貰うぜ!」


 ダニはじりじりと後退りながらレティシア達から距離を取って逃亡を図る。そんな男の前を歩くソラは自分の不甲斐なさを嘆いた。


「くそ、ミミの馬鹿。俺を庇いやがって…平民が貴族を守ってどうするんだよ」


 ソラの中では貴族は下の立場である平民を守るものだと思っていた。


 だから誘拐されてから今日までダニとエルの暴力を他の子に向かない様にして来たし、ご飯の時も小さい子供には多少多めにあげて自分はパンの一切れで我慢していた。


 それが貴族としての役割で普通の事だと思っていたし、ハルゲル達、そしてミミが自分を顧みずに助けてくれた行動はソラの心に深く突き刺さった。そして自分の中で何かが生まれる感覚がした。


「なあ、さっきはありがとう。俺を助けようとしてくれてさ、とても嬉しかった。今度は俺が助ける番だ…!」


「ああ?何立ち止まってんだ。早く行けよ、このガキが!」


「……"幻影(げんえい)"」


 ハルゲルとレティシアはダニとソラの行動を見張っていたが突然、目の前からソラの姿が消えた事に驚愕する。


「なっ、消えた。あのガキ、何処に行きやがった!」


「此処だ、さっさと離せ…!」


 いつの間にかダニの目の前に鉄の棒を振り上げているソラがいた。それを思いっきりダニの腕に叩きつけるとダニの身体に痛みが走る。


「ガブリッ!」


「いってえええ!!このクソガキ共がぁあ!!」


 追撃と言わんばかりに腕の中に囚われていたミミが腕に噛みついて脱出した。


「ハルゲルさん!」


「分かってる……この野郎!!」


 痛みで腕を抱える様に蹲ったダニの隙をレティシア達は見逃さない。2人で駆け寄るとダニの顔面へ同時に拳を叩き込んだ。


 歯が折れ、鼻血を撒き散らしながらぶっ飛んでいくダニは地面に叩きつけられた後、ピクピクと痙攣をしていた。


 その間にハルゲルは自分が探して来た魔封じの腕輪を動けない男達に取り付ける。そして念の為にレティシアが持っていた紐で手足を縛って拘束した。


「今度こそ終わったな。後は衛兵が来るまで待とう」


「分かりました。ハルゲルさん、私のせいでミミさんを危険に晒してすみませんでした」


 ハルゲルにレティシアは頭を下げて謝る。そんな彼女を見てハルゲルは手を振りながら大丈夫だと答えた。


「お前もミミを助けてくれてありがとうな。凄えスキル持ってんじゃねえか、びっくりしたぜ!」


 ハルゲルはミミを助けてくれたソラへ視線を移す。


「貴族が下々を守るのは当たり前だ。それにお礼を言うのは俺の方だ。…それにまさか俺がスキルを使える様になるなんてな」


 再び助けられたミミはレティシアに慰めて貰っている。お礼を言っていると上の方からドタドタと足音が聞こえて来た。


 ハルゲル達は衛兵達の姿が見えると構えを解いた。ハルゲルは衛兵に自分の場所を呼びかける。


「おーい、此処だ!」


「そっちにいるぞ!足元に注意して進め!」


 衛兵はハルゲル達にたどり着くと縛られた犯人達、子供、そして冒険者で凄腕のハルゲルと最近、詰め所で顔馴染みになって来たレティシアの姿を確認する。


「ご協力感謝いたします。犯人はこれで全部ですか?」


 衛兵の質問にソラは答える。


「そうだ、此処に連れてかれた時からあの2人しか見ていない。しかし、裏には貴族が絡んでいるのは確かだ。そこに縛られている男達が今夜引き渡す予定だとそう言っていた」


 腕が曲がり、ボロボロな姿のソラを見て衛兵は驚いた。


「貴重な情報をありがとうございます!」


 しゃがんでソラに目線を合わせてニコリと笑う。早く治療してあげなくてはと衛兵は思った。


 その時、衛兵達をかき分けて現れた身なりの良い男と女がソラに近寄る。


「あ、ああ…ソラッ!なんて姿だ。こんな大怪我をするなんて…おい、そこの君、これはそこの連中がやった事で間違いないかね?」


 さっきまでソラと話していた衛兵は額に汗を滲ませながら言う。答えを間違えない様に慎重に言葉を選んだが声は震えていた。


「はっ!ダイノール伯爵様、彼女らの尽力の末に助け出し、犯人を拘束した模様です。そして今回の騒動の裏には貴族様がバックについていると証言しておりました」


「ふむ、伯爵家であるこの私を敵に回そうとは…誰であれ制裁を与える必要があるな。そこの冒険者もよくやってくれた。後から礼もしよう」


「ああ!ソラ。こんな痛々しい姿になって!ママが、ママが悪かったわー!うわぁぁーん!」


「母上、苦しい。痛いから離れて…」


 ダイノール伯爵夫人がソラに抱きついて彼も苦しそうだ。


(そうでした…早くソラさんの治療をしませんと…)


 レティシアはそんな親子に近づき、ウエストバックからアリーダに貰った赤色のハイポーションを取り出す。


「これをゆっくり飲ませてあげて下さい。無いよりはマシだと思います」


「うぅ、ありがとね。お嬢さん、ソラちゃんお口を開けて…はい、アーン」


「恥ずかしいから、やめ、うぷっ…!?」


 伯爵夫人はレティシアからハイポーションを受け取るとソラに飲ませる。


 無理やり飲まされたソラの身体は僅かに発光すると腫れている顔やアザ、そして折れた筈の腕が瞬く間に治っていく。


「なんと、あれだけの大怪我を元通りに治すとはお嬢さん改めてお礼を言う。本当にありがとう」


「いえ、お役に立てて良かったです」


「はは、謙虚なお嬢さんだ。さて、問題を片付けるとしよう。おい、そこの男達を連れて行け!拷問は私が自ら行う。絶対に情報を吐かせてやるから覚悟しておけよ」


 ダイノール伯爵は衛兵に縛られている男達を連れて行く様に指示をする。彼らも指示に従い、男達を連れて行った。


「此処から先は私達にお任せをと言いたいが、もしご協力頂けるのであれば歓迎しよう。凄腕の冒険者というのは此方としても心強い」


「行きましょう、ソラちゃん。息子を助けて頂いてありがとうございます。後でお礼を言いに伺いますわ」


「ミミ!また会いに行くから待ってろ!」


「うん!待ってる!また会おうね」


 バイバイと手を振ってお別れするミミはダイノール伯爵家が去っていくまで手を振り続けた。


 彼らが見えなくなるとハルゲルとレティシアはミミに話しかける。


「さて、私達は帰りましょうか。もうヘトヘトです」


「そうだな…ミミ!帰ったらラーナの奴にこってり絞られてこい。その後は俺だ」


「い、いやぁあああ!!帰りたくない、帰りたくないぃい」


 レティシアに向かって飛び、胸の中に収まる彼女を見てハルゲルとレティシアは苦笑した。


(どうやらかなり懐かれた様ですね…可愛い妹が出来たみたいで嬉しいです)


 その後も駄々を捏ねるミミを宥め、彼女らは孤児院へと帰還した。


 怒り狂うラーナに怯えたミミはレティシアの後ろにいつまでも隠れて縮こまっていたという。


レティシア

こんな酷い所に連れ攫われて可哀想に…でも、助けられて良かった。


ハルゲル

怒りゲージがマックス。僅かに残った理性が止めなかったら、犯人達はきっと…


ミミ

恋敵だけど…でも、お姉ちゃん大好き!


ダイノール一家

お礼、ゼッタイ。後、今回の騒動に加担した奴らは一人残らず、見つけ出してやる。



最後まで読んでくださりありがとうございます。


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モチベーションにもなりますので、感想等もよかったら聞かせて下さい!誤字脱字も教えて頂けたら幸いです!


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