第56話 レティシア物語3
レティシアがアリーダの店に行っている時、ハルゲルが経営している孤児院ではミミがアルバルトの看病をしていた。
「よし、アルお兄さん。今からミミがお身体を拭いてあげるからね!ハンカチを濡らしてっと…」
仰向けになって寝ているアルバルトの服を捲り上げ、水で濡らしたハンカチで一生懸命に拭いて行く。
ハルゲルが路地裏から拾ってきて仲良くなったリタという少女とハルゲルの事をハゲとからかうイクという少年に声を掛け、重いアルバルトの腕や足を持ち上げてもらい、拭いていく。
「ありがとう。イクにリタちゃん!お陰で早く終わったよ!」
「いいの、私に出来る事ならいつでも言ってね!」
「うん、頼りにしてるニャー!」
「あっ、ついでに洗濯物もすると思うし、ハンカチ預かっておくね!じゃあ、私はラーナママのお手伝いに行ってくる…!」
リタはこの孤児院に来てから明るくなった。お手伝いも積極的にやるし、優しいからみんなに愛されている。
「おにいさん…はやくおきるといいね。ハゲもなんだか元気ないし、ミミおねえちゃんも辛そうだよ?」
2つ下の弟みたいな存在であるイクは人の心を読み取れる心の優しい男の子。お調子者だが人の嫌がる事は絶対にしない。ハルゲルは別だが、言われた本人も心から嫌がってはないので人独自のコミュニケーションだと考えている。
「ニャー、イクもありがとねー!私は大丈夫、大好きな日向ぼっこでもしてくるから!イクもラーナママの所でお手伝いしてきてね!」
「わかった。おねえちゃんの言う通りにする。むりしないでね」
イクはそう言い残すとドアを閉めて出ていった。はっきり言って重労働だし、精神的にも半年間の間動かない人のお世話というものは辛い。それが表情にまで出てたのかとミミは気を引き締め直した。
「はぁ、リタとイクに気を遣われちゃったのかな…?さてと看病、看病!」
ミミは捲り上げた服を治す為にアルバルトに向き直って服に手を掛ける。
「あっ……」
服に手を掛けた時、浮き出てきた骨が目に入ってしまったのだ。
「あの人、アルお兄さんに果汁水しか飲ませてないんだったっけ?だからこんなに骨が見えるほど痩せてるんだ…」
脳裏に浮かぶのは明るい茶色の髪を靡かせ、綺麗な翡翠色の瞳。そして成長期に入り、美しく成長していくレティシアを思い浮かべていた。
自分の身体を見下ろす。成長期ではない為、寸胴で低い身長。カールが掛かっている癖っ毛の髪。今の彼女と自分を比べたら嫌でも彼女の方が可愛いし、綺麗だ。
同じ好きな人がいる女同士。こうも差があると腹立たしいものがある。だから他の子供達みたいに素直に甘えたり出来ないし、突っかかってしまう自分がいる。
「こんなに痩せてちゃ元気にならないよね。だったら私が美味しい物を用意しなきゃ!」
新たに出来た目標にミミはふんっと息を鳴らす。思い立ったが吉だとでもいうようにその部屋を飛び出して行った。
「でも、今はお外に出ちゃ駄目ってラーナママとハルゲルパパが言ってたっけ?」
ラーナとハルゲルは子供達に外は今危ないから出ては行けないと言い聞かせていた。勿論、子供達は素直に言う事に従っている。
「でも、ちょっとぐらいなら良いよね?アルお兄さんの為なんだもん!」
よしっと気合いを入れ直してミミは孤児院の門へは行かずに裏手にある抜け穴がある所に足を運んだ。
高い塀で囲まれているこの孤児院は入るとしたら正面の入り口しかない。そう思われているが小さい子供が通れる隙間がこの孤児院の裏手にはある。何故こんな所に穴があるのかは知らないがミミぐらいの大きさだったらギリギリ通れる。砂や土が服に付着するが気にしない。
「待っててね、アルお兄さん!」
颯爽と孤児院を抜けて外の世界へと駆け出していく。彼女は今、スラム街が危険な状態という事を深くは理解していなかった。そして美味しい食べ物を食べさせるにはお金を得る必要がある為、冒険者ギルドに向かって走り出す。
のちにそのツケを彼女は払わせられる事になるのだが、今の彼女はまだ知らない。
◆
レティシアは先程のアリーダとの会話を考えていた。薬屋のアリーダでさえ、鬼人族がアルバルトだと疑っているような感じだった。
彼女は白い銀髪の髪が黒に変わったのとアルバルトの様子から思い付いて行き着いた様だった。
「他にもアルバルトさんが鬼人族だと気付く人が出てくるかもしれませんね。気を付けなくてはいけません」
レティシアは孤児院の所まで足を運んだ。この孤児院に寝泊まりする様になってからハルゲルに渡された鍵を使って門を開けて中に入る。
(何やら妙に騒がしいですね)
いつもは子供達の元気の良い声がしてまあ騒がしいのだがそれとは別に誰かを探している様なそんな感じがする。
レティシアが門から中へ入ると部屋をあちこち調べていたハルゲルへ声を掛ける。
「あの、何かありましたか?」
振り向いたハルゲルの目は血走っていた。
「嬢ちゃん…!ミミを見なかったか!?いつもはアルバルトの看病をしているのに呼んでも来ないし、見当たらねえんだ!」
事態を把握する。これだけ大勢の人で呼んでも出てこないなんて…年長者、しかも彼の看病を欠かさないしっかりした女の子が見当たらない異常事態、となれば何処かに隠れて寝てしまったか、それとも外に出て行ったかしか考えられない。
「いえ、私も先程帰って来たので分かりませんがここまで探してミミさんが居ないとなるともしかしたら…」
「外に出てちまったとしか考えられないかもね。孤児院の裏手に小さな穴が空いていた。そこにピンクの毛が落ちていたよ」
後から合流して来たラーナはハルゲルとレティシアに今しがた見つけた証拠を手に取って報告する。
「なんだと!まだ外は危険だとあれ程言い聞かせていたのに!俺はこれから外に出て探してみる。もしかしたらそう遠くに行って無いかもしれないしな」
「分かった。子供達は私が面倒を見ておくから頼んだよ、アンタ」
「私も、私も行かせてください。ミミさんにはいつも彼がお世話になっているので私も力になります…!」
「助かる。なら早く探しに行くぞ!!」
ハルゲル、ラーナ、レティシアと大人組の3人はミミを探す組と留守を預かる組に分かれる。そこへ目を腫らして泣いているリタとイクが来た。
「ハゲー!ぼくがおねえちゃんをもっとみていればー!!うぁああああん!!!」
「私だって気付いてあげられればぁあああ!!」
泣いている2人をハルゲルは優しく抱き寄せて言う。
「大丈夫だ、俺に任せろ。なんたって俺は凄腕の冒険者、ハルゲル様だぞ?ミミを見つけるなんて簡単だからな!ほら、泣き止んだら顔を洗ってラーナの言う通りにするんだ。見つけ出したら一緒に叱ってやろうぜ!」
ハルゲルの腕に抱かれて2人は泣き止んだ。ハルゲルも2人を離してラーナへと向き直る。その顔はいつにも増して真剣だ。
レティシアはリタがぐしゃぐしゃに持っているハンカチに目を止めた。確かあれはミミさんのお気に入りだったピンクのハンカチだった筈。
「リタさん、それを少し貸して下さいませんか?」
了承を取るとリタが持っているハンカチを取り、レティシアは自分の鼻に押しつけて匂いを嗅ぐ。
さっきまで汗を拭いていたであろうアルバルトの匂いとミミのほんのり甘い匂いを嗅ぎ分けた。
「よし、これで匂いは覚えました」
「おい、嬢ちゃん!ミミの居場所が分かるのか!?」
「私は狼獣人ですからこれぐらいなら匂いを辿れます。早く行きましょう」
驚いているハルゲルを引き連れてレティシアは孤児院を出てスラム街の中を探していく。
狼獣人は他の獣人と同じく耳も良いが匂いで何かを探す時にも嗅覚が鋭い為、何かと役立つ獣人である。
鼻をヒクヒクさせて歩きながら匂いを辿る。そして路地裏に差し掛かった時、レティシアは立ち止まった。
「こっちの方から匂いがしますね…」
路地裏へと足を運ぶレティシアにオロオロと焦ったそうにしているハルゲルが声を掛けた。
「なあ、こんな裏道ばかりだがミミが此処を通る様に思えないが…」
「確かにそうですね。ですがミミさん以外にもどうやら人が先程まで居た様です。此処に強く匂いが残っていました。もしかしたら、噂の人攫いかもしれませんね」
「な、なんだと!!俺の家族に手を出すなんて許さん!!」
「これは仮定の話です。落ちついてッ…!?止まってください。あの建物からミミさんの匂いが強くします」
レティシアとハルゲルが辿り着いた場所は古びた小さな小屋だ。2人は慎重に足音を消して中に入る。
ギィという扉の小さな音にでも息を殺して神経を尖らせて一歩一歩進んでいく。
小屋の中には何もなかった。しかし、人が出入りした様な形跡が見受けられる。
「…なんだここは、何もないのが逆に怪しい」
「少し静かにして下さい」
ハルゲルの小さな呟きにレティシアは口元に人差し指を立てて静かになる様に促す。
そして彼女は床に自身の耳をピッタリとくっつけて音を探る。
「下から誰かの泣き声と笑い声がしますね。隠し扉が何処かにある筈です」
「分かった。ここは俺に任せろ。こういうのは大体決まってる」
ハルゲルは音を立てない様に慎重に移動して埃がないところを探した。すると埃を被っていないマットを見つけて引っぺがす。
「見つけたぜ。おそらくこれが床下の扉だ」
「流石です。私が音を探りながら先に降りて行きますのでハルゲルさんは後ろに続いて下さい」
「おう」
レティシア達は床下から見つかった階段を降りていく。壁に少しだけ光る魔石が何個も付いているので薄暗いが注意すれば大丈夫だろう。
2人は決意を固めて階段を降りて行った。
レティシア
見つけました。ミミさん…どうかご無事で…!
ハルゲル
ミミー!!絶対に助け出してやる!俺の家族に手を出す奴は許さねぇ!
ミミちゃん
いきなり怖いおじさん達に麻布を被せられて怖かった。辿り着いた所は暗くて怖い。同じぐらいの子供達ばかり…怖い、助けて!
◆
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