第55話 レティシア物語2
アリーダの薬屋に到着したレティシアは自分が取って来た薬草を取り出して店の店主であるアリーダに渡す。
「アリーダさん、これでアルバルトさんに効きそうなお薬は作れますか?」
「うーん、残念ながら私でも意識不明な人を目覚めさせる薬は作れないよ。これで作るとなると体力を回復するポーションと魔力を回復させるポーションなら出来るさね。どうする?」
「では、そちらでお願い致します」
「はいよ。今作るから少し待っていな」
ジャリジャリとレティシアが取ってきた薬草をすり鉢ですり潰していく。真剣な表情で薬を作るアリーダはふと彼女に声を掛けた。
「…彼はまだ生きてるのかね。人が半年もの間、食事という食事は取らずに果汁水と薬だけで生きていけるとは…到底思えないさね」
「……それはアリーダさんの薬のお陰ですよ。その証拠に彼はまだ生きています」
アリーダの疑問にレティシアは問いに答える。だがアリーダは更に突っ込んできた。
「普通、意識不明だったら水も何もかも摂取は出来ない筈だ。無理に取らせようとすれば詰まらせたり、吐いたりしてしまうかもしれない。だが彼は違った。水を口に運べば口は動かないものの喉は動く。本人の意識とは別にまるで身体が生きようと動いている」
アリーダが掛けている眼鏡が怪しく光る。
「そうですね、固形物は詰まったりしたら危ないので食べさせていません。アリーダさん、私に何が言いたいのですか?」
「……半年前、ここ王都にはあちこちで魔物や魔族が暴れ回ったさね。あの時は大変だった。薬を求めて冒険者やら騎士団やらがこぞってこの店に駆け込んだ」
普段はそんな事はあまり無いがねと笑い、アリーダは薬を作る手を止めずにすり潰し終えた薬草を水の中に入れて火をつける。この後に使う予定の瓶にも水を入れて沸かす。その間にもう一種類の薬草をすり鉢ですり潰していく。
「そして女神像がある広場に魔族、それから魔王が襲来した。君達もいたそうじゃないか。薬を買いに来た冒険者がそう言っていたよ…」
「何が、言いたいんですか?」
レティシアはこれから言われる言葉を想像して嫌悪感を滲み出させる様な強い口調になる。
「そう怖い声をしないでくれよ。そしてその場には後1人、招かれざる客が来ていた。かなり噂になっているよ。白い銀髪の長い髪に真っ赤な瞳、立派なツノを額から生やしている鬼人族がいたってね」
もう片方の薬草もすり潰すのが終え、水が沸騰している空いた瓶の中に入れる。そしてアリーダは火を止めて手を広げて魔力を二つの瓶に込める。
「確かに鬼人族は現れました。それが何か?」
「私達からすれば鬼人族は最高の素材だ。血を使えば傷や呪い、何でも治すことが出来るエリクサーだって作れるかもしれない。私もその研究をしている」
魔力を込め終わった瓶を試験管のような瓶に移し替えて蓋をする。そして熱を覚ます為に冷気が流れる専用の魔導具の中に入れて熱を取る。
「私も勿論、その場所へ行ってみた。そしたら見つけたのさ、この白い銀髪の髪を…」
アリーダが取り出したのは一本の黒い髪。だが彼女はこれが銀髪だったと確信している。
「黒い髪じゃないですか。それは銀髪ではありませんよ」
「いいや、これは銀髪だったものだよ。今は黒く変色してしまったがね?」
レティシアはアリーダが何を言いたいのか分かってしまった。いや、薄々気付いてはいたが、敢えて無視をしたのだ。そしてそんな彼女を見てアリーダは続ける。
「黒くなる銀髪。意識不明の重傷にもかかわらず、喉を動かしてこの半年間を生き延びている男。そしてその男も黒い髪ときたとこれだけの情報があって怪しいとは思わないさね?」
アリーダの鋭い追求にレティシアも我慢の限界だっただろう。お世話になっている恩人とも言えるアリーダに強く言い返した。
「アルバルトさんは今も必死に生きようとしているだけです。彼が鬼人族なんてそんな馬鹿な話…ある訳ないじゃないですか。第一、私もその場所にはいました。魔王が鬼人族と戦っていた時、彼はすでに怪我を負って動けなかったんです!!変な妄想で彼を疑わないで下さい!!」
レティシアはユージーンの時と同じく怒りを滲ませる。アリーダも分が悪いと判断したのか必死に言葉を取り繕う。
「別に疑うつもりは無かったんだよ。ただ本当にいるのなら私の研究に協力してくれないかと思っていただけなんだ。気分を悪くしたなら謝るさね、すまないね」
「フー、フー……私も取り乱してすみません。最近、嫌な事ばかりで気が立っていたのかも知れません」
レティシアも日頃からよくして貰っているアリーダとは事を構えたくないらしい。アリーダが謝るとレティシアも矛を抑えて謝罪した。
「変な話をしてごめんよ。はい、これ。体力を回復させるポーションと魔力を回復させるポーション、2本づつ。それとこれは私からのお詫びも込めて渡すさね」
アリーダが4本のポーションとは別に渡してきたのは試験管の様な瓶に入った赤い色をした液体だった。
「これは?」
「これはさっき言っていた鬼人族の血を混ぜて作ったハイポーションという物さ。通常のポーションでは癒せない大きな傷も治る事ができる新しい回復薬って所さね」
渡されたハイポーションを見る。見れば見るほど鮮やかな赤色だった。
「まあ、鬼人族の血が付着したと思われる所は量も少ないし、実験で検証してたらこれぐらいしか出来なかったけどね」
「それは…ありがとうございます。大切に使わせて貰います」
「はいよ。また何かあったら寄りなよ」
ペコリとアリーダに頭を下げたレティシアは残りのポーションをウエストバックに仕舞い込み、アリーダの薬屋を出て行った。
レティシアが出ていき、1人取り残されたアリーダは椅子に座り直して呟く。
「あれで隠しているつもりかね。これで今、自分がどういう立ち位置にいるのか理解して貰えたと思いたいね。そうしなきゃあの子はまた不幸になってしまうから…」
アリーダは半年前、彼女がまぶたを腫らして薬を買いに来た時を思い出す。
心の拠り所だった父親が居なくなり、気になっている男まで意識が無いと話したレティシア。震える彼女を見てはいられなかったアリーダは抱き寄せて包み込んだ。
「立ち直ってくれたのは幸いだったさね」
アリーダ以外、誰も居なくなった店を見渡して自分は新しい薬が出来ないかと調合を開始する。
今は余計な事を考えなくてもいいように目の前の研究に没頭した。
レティシア
怒鳴ってしまってごめんなさい…噂は私も少し知っていたけど、まさか髪の毛で気付かれるなんて…
アリーダ
ポーションなどの薬を作る錬金術師。最終目標であるエリクサーを作ろうとしているダウナー系お姉さん。
忠告と出来れば研究に協力してくれないかという打算を持ってレティシアと会話するが、怒らせてしまった。少し落ち込んでいる。
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