第53話 加速する狂気
あれから1日が経過した。
最初に目を覚ましたら真っ白な天井が見える。それだったら良かったんだが…前回と違うのはレティシアが覗き込んで俺の顔を見ている事だった。
「おはよう、それと近い…」
手で彼女の頭をグリグリと撫でながら突き放す。目を瞑り、口をへの字に曲げても耳はピコピコ動いているから嫌ではないらしい。
ツンデレかよと心の中でツッコんで身体を起き上がらせた。
「おはようございます。魔力は安定しましたか?」
身体中についた傷を治す為に鬼人の力を使おうとした時、魔力を流す事を止める。
(待てよ、こんな所で使っていいのか?また暴走したら…)
また鬼人の力を使ったら此処にいる人達を危険に晒してしまうかも知れない。そう考えると使う事を躊躇ってしまう。
「ちょっと待ってくれ」
まずは身体に流れる魔力を感じ取る。一通りは流れが良くなっていると思う。生えてきたツノは額を触ると無くなっており、髪を触って確かめてもいつも通りの長さで色も黒い。
魔王との壮絶なる戦い。力を求めた結果、俺という自我は砕け散ったのを感じた。確かに俺はあの時、理性が飛ぶ程の鬼人の力を限界以上まで引き出した後、覚醒した筈だ。
なのにどうして元通りに戻れてる…?何故、どうしてが頭の中でぐるぐる回る。
身体を動かしてみればズキッと痛みが走った。痛みで顔を歪ませればレティシアからポーションを渡される。これで傷口を治せという事だろう。
渡されたポーションを一気に煽れば痛みもだいぶ引いてきた。腕に巻いている包帯を外すとそこには傷一つない肌があった。
「もう痛くありませんか?」
「ああ、大丈夫。もう痛くない」
布団の中からゆっくりと抜け出して立ち上がる。よろめいてバランスを崩すが何とか体制を立て直し、上に向かって腕を伸ばして身体をほぐす。
ガキゴキバキッと身体から鳴ってはいけなそうな音が鳴るに驚いた。骨を鳴らすのは気持ちいいがここまで鳴るのは少し怖い。今度はゆっくり身体を解そう。
一通り、身体を伸ばし終えるとスススッとレティシアが側に寄って来て、俺の背中を支えてくれて片腕に尻尾を巻きつける。
「さて、まずはご飯にしますか?アルバルトさんはこの半年間、果汁水しか取っていませんでしたが、いきなり固形物はよくありませんよね?」
「俺、果汁水しか飲んでなかったの!?よく生きてられたな…」
「…正直な所、不思議です。それだけ鬼人族の生命エネルギーは凄いって事ですよね」
レティシアの言う通り、生き残る事にかけては鬼人族の右に出る者はいないだろう。
(半年間、果汁水って…ここまで元気なのって鬼人族の身体が俺を生かし続けたのか?だとしたら、やっぱ鬼人族スゲェ…)
グゥ〜とお腹が鳴った。ご飯が食えると分かれば途端に腹が減って来た。今にも背中とお腹がくっつきそうな感じだ。
「食えれば何でも…めっちゃ腹減った。てかこれ、そろそろ外してくれない?」
ずっと腕に巻きついている尻尾を見て言う。よくもまあ、器用に巻きつけられるなぁと感心する。彼女は気付いていないかも知れないが普通に近くて胸が多少当たるから離れて欲しい。いい匂いもして来るから心臓に悪い。
「駄目です。アルバルトさんはまだ筋肉も衰えてますよね?さっきもよろけましたし、危ないので却下します」
「確かに衰えていると感じはするが、壁伝いに歩けば問題ないと思うんだが…」
扉の方を見つめていたレティシアはくるりとこちらに顔を向けて下から見上げ、俺の目と自分の目を合わせて来た。
「私、言いましたよね。今度こそ貴方を助けますと…」
綺麗な翡翠色の目が光が消え真っ黒に染まる。その瞳からは狂気が滲み出ていた。
小さく口を歪ませ、ニコリと笑うレティシアに突然、手を引かれて再びよろけてしまった。
「行きましょう。ね?ほらまだフラフラしています。危ないですから心配掛けないで下さい」
「あ、ああ。よろしく頼むよ…」
(おっとと、あのー普通に引っ張られたらよろけると思うんですが?)
そう思っても言葉が出なかった。
何より彼女から時折覗くドロドロとした暗い瞳を見ていると背筋が凍る様な感覚に陥る。足がガクガクブルブルだ。体力が無いから…と思いたい。
プレゼント選びの時だって怖かったが今のはそれ以上だった。まだちょっと怖い。
ぶるぶるぶるぶるっ。身体の震えが止まらねえぜ…。
「此方です。私に捕まっていて下さいね」
捕まっていてというか捕まえられているんですが?
尻尾がまだ腕に巻きついてる。絶対に離してなるものかという意思が強く感じられた。もうなるようになれとレティシアの引かれるがままに身を任せた。
多分彼女は神経質になっているのだろう。タイラさんが消え、パーティーメンバーの俺まで意識不明の重体だったのだから。
俺はいつ目覚めるか分からないのに必死に看病してくれた事に感謝しなければならない。じゃなきゃ、今頃あの世行きになっていたかもしれないからだ。
「…看病とか本当に色々ありがとうな」
一言、レティシアには感謝の気持ちを伝える。
「ふふっ、構いませんよ。私が好きでやっていた事ですからね」
ニコッと笑ってそう彼女は呟くと下を向いてしまった。レティシアが成長したとはいえ、まだ俺の方が身長が高い為、下を向かれると表情が見えない。
廊下を歩っていると外で遊んでいる子供達がいた。軽く此方から手を振って挨拶をする。
「それに…貴方の隣にいる事が今の私の全てですから…」
「悪りぃ、それに…の後が上手く聞き取れなかった。なんか言ったか?」
「いえ、何でもありませんよ?ラーナさん達が待ってますので早く行きましょう」
レティシアは最後の方、不穏な事をボソッと呟いたがアルバルトには小さすぎて聞こえなかった。彼が聞き直せば、無表情な顔を横に振って誤魔化される。
(何もないって言うなら…まあいいか)
彼は呑気に腕を引かれるまま歩き出す。そして自身に向けられたレティシアの深く暗い感情にアルバルトは気付く事がなかった。
今のレティシアに取り巻く歪みとも言える感情は自分の側に残ったただ1人、アルバルトに向けられている。
レティシアの呟いた小さな声は誰にも気付かれずに古びた廊下に消えていったのだった。
アルバルト
成長したレティシアを見て少しドキドキした。それと同時に彼女が何処かおかしくなっている事に気付いたが、口に出せなかった。見て見ぬふりを決め込んだ。
「レティシアがなんか怖い…」
レティシア
また目が覚めてくれて良かった…それにしても寝ている顔は無防備で何処となく子供っぽくてかわいい。
尻尾巻きつけは免許皆伝、尻尾の長い狼獣人ならではの相手を逃さない拘束術である。
「私に捕まっていて下さいね?」
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