第50話 君の声が聞こえた
アルバルトが目の前の敵が消えた事で自分が守ろうとしていた少女の姿を探し始める。
「何処だ、どこだ?ドゴダァァ゛ア゛!!」
(ククク、ほらアルバルト。お前の大事な女はそこにいるぜ)
アルバルトにしか見えない幻影がレティシアとマリア、ヴィーラのいる方へ指を差す。
その声に反応して、アルバルトはくるりと回り、白い長髪を靡かせると一瞬にして5メートル以上は離れている距離を詰めた。狂いに狂った彼の血走った瞳からはレティシアしか捉えていない。
「来ますよ、ヴィーラ!」
「私の後ろに、絶対に前へ出ないで下さい!」
ヴィーラが剣を構えると同時にアルバルトの暴力が牙を剥いた。魔王との戦いで消耗したとはいえ、その力はまだ健在である。
「くっ、重い!?」
「オマエェ、カエセェエヨォォォオ!!」
アルバルトの拳とヴィーラの剣が激しくぶつかり合う。次から次へと繰り出される暴力にヴィーラはかろうじて剣を合わせて応戦するが徐々に足が下がっていく。
マリアはレティシアの治療を終えると今もなお、アルバルトを必死に押さえ込んでいるヴィーラに向かって魔法を発動させる。
「我らが神の御加護を今ここに!"月女神の加護"ッ!」
聖女マリアの足元から光が溢れる。それと同時にヴィーラの身体にも光が纏わりついた。
「聖女様、感謝致します。これならばっ!」
自分の力が何倍にも湧き上がって来る様な感覚だ。聖女の力を借り、剣を持つこの手に全てを賭けてあの鬼人族を迎え撃つ!
「参るっ!」
「ガァアアア゛ア゛ッ!!」
ヴィーラの剣は的確にアルバルトの攻撃を捌いていく。そして左から来た大振りのスイングを躱すと同時にガラ空きになった懐へと飛び込んだ。
「これで終わりだ…!」
ヴィーラの突きがアルバルトの喉元へ迫り、彼の首からは血が流れた。
「あの距離で躱した…くっ、離せ!」
「ファイヤーハンドォォオ!」
剣に貫かれて終わりかと思われたアルバルトだったが、彼はヴィーラの剣が喉に届く寸前に膝を折り、後ろへ身体を倒した。その結果、剣先は喉を僅かに刺さっただけで致命の一撃から逃れる事が出来たのだ。
目の前にある剣を血が出ても気にしないとばかりに手で掴んで火魔法を唱える。掴まれた場所から炎の熱で剣が溶け始め、彼女の武器は元の大きさよりも半分程になった。
ニヤリと笑うアルバルトは足蹴で武器を構えた彼女もろとも吹き飛ばす。追撃を仕掛ける彼に彼女は溶けてしまった剣を構えて受け流すが、遊びはお終いだといわんばかりに彼の攻撃は先程よりも苛烈で勢いを増していく。
「ヴィーラ、避けなさい!ホーリーフレア!!」
「はっ!!」
ヴィーラの劣勢を見たマリアはアーサーから託された杖で魔力を増幅させて巨大な光の炎の渦をアルバルトにぶつける。
アルバルトに被弾した魔法で彼の動きが止まった。
彼女の掛け声と同時に横へ転がって光魔法を避けたヴィーラは好機と見るや否や、マリアとレティシアに張り巡らせていた聖域を解く。魔力が自分の身体に流れて戻ってくるのを感じたヴィーラは防御から攻撃へと移る。
「はぁああああ!!"光刃"ッ!」
そして一気に膨れ上がった魔力を使って未だ動かない鬼へと光の剣を薙ぎ払った。それに気付いたアルバルトは大剣を受け止めて弾き返す。
「この、私が!…此処まで防戦一方になるとはな…」
「フシュゥゥゥゥゥウウ!」
……一体どうすればいい?この聖騎士長である私がこうも苦戦するとは、何処まで行っても勝てる気がしない。
彼の類い稀なる肉体から繰り出されるスピードは目で追って対処する事は難しい。聖女様のお力と自身のスキルで何とか対処しているがいつまで続くか…。
「ガァアアアア!!!」
「これ以上は行かせん!!我が同胞を守れ、"聖域展開"!」
王城で消費して残り少なくなった魔力を振り絞り、必死にアルバルトの猛攻から身を守る。光の壁が次々と破壊される音を聞きながら対策を考える。
今のところ、肌に触れる空気の変化や音などで予測して何とか剣を合わせられてはいるがいつまで持つか。私の魔力はもう無い。…せめて後ろにいる2人でも逃がせるだけの時間は稼ぐ!
そう意気込むヴィーラが意を決して前に行こうとした時、自身の傍から掛け抜ける小さな影があった。
マリアから少しの魔力を与えられ、傷が癒えて多少動けるようになったレティシアである。
「待ちなさいっ!」
「待て!」
叫ぶマリア達を無視して彼女は鬼人族に覚醒したアルバルトに近寄る。アルバルトは取り戻そうとした対象の彼女が近づいてきた事で構えを解いた。
「アヒハハヒハハハ!…レ、ぇあ?」
此方に引き寄せようと腕を伸ばす。すぐに触れようとした手が途中で止まった。
ーー分からない。自分の前に現れたその少女の名前が分からなかった。自分は何の為にこの女を守っていたのか?思い出そうとすると頭が痛くなり、苦渋の声を上げながら頭を抱えた。
「私はレティシア。貴方が命懸けで守ってくれたレティシアです。大丈夫、私は生きてます」
アルバルトにレティシアは臆せず近づく。
「本当にごめんなさい。私が弱いから貴方ばかりに負担を掛けて、しまいました」
「クッ、くるナァあああ!!?」
アルバルトは地面に向かって思いっきり踏み込んだ。大地が割れて地面が陥没する。しかし、それでもなお、レティシアは恐れない。その目からこぼれ落ちる雫は割れた大地を濡らした。
「だから帰りましょう。今度こそ私が貴方を守りますから」
彼女は力強く大地を踏みしめて前へと進む。
腕を横に広げて一歩一歩と近づいてくるレティシアからアルバルトはその分だけ後ろに距離を取る。近づく度に頭が割れそうな痛みが走るからだ。何とか逃れようと目を瞑って視界を遮れば、アルバルトは真っ暗な空間に佇んでいた。
◆
この暗い空間にいつの間にか俺はいた。
荒んでいた気持ちが少しだけ落ち着いていく気がする。少し冷静になった頭に疑問が駆け回った。
自分は誰で此処は何処なのか。あの女を何故庇うようにして守っていたか、自分の中ぐるぐるとその言葉達が回る。
「俺は…誰だ?」
暗闇の中で苦しんでいると薄らと光る自分の右手があった。綺麗な3本線の紋章だ。見ていると思い出が薄らとだが甦る。
暗闇の中で光るそれをもっと目を凝らして眺める。すると何処からか誰かの声が聞こえた。
ーー待っていろ、必ず追いつく!探し出して君に会うから覚悟するんだ!
いつの間にか自分と同じ背丈ぐらいの銀髪を結んだ女が横にいた。そうだ、自信過剰なコイツは俺の大切な幼馴染だった。村で腫れ物扱いだった俺を気に掛けてくれた思いやりの出来るいい奴だ。特訓と称してこんな自分とずっと一緒に居てくれた。
ーー娘を頼む。
頬が痩けた男が俺を挟んで白い女の反対側に立っている。視線をそちらに向ければ強い意志を宿した瞳がオレを見つめている。この目には覚えがある。確か、普段は娘第一主義の男だった。正直、迷惑だと思った事は結構あった。だが娘を想う気持ちは本物でいい父親だ。その愛情はとても羨ましくてその娘には嫉妬した。
ーーもういいのかよ、まだまだ暴れられるぜ。
俺の後ろから獣の息遣いが聞こえてくる。敵だった魔族と死闘を繰り広げたが最後は互いに認め合った。魔王と戦う時にはその経験と戦闘力に助けられた。もし出会いが違ったら、きっといいライバル同士なれただろう。
右手の光が辺りを包むかの様に強く発光した。眩しい光に思わず腕で顔を覆い、目を閉じる。光が止むと先程まで暗かった空間はない。何処かで見た光景。いや、自分の半生はそこで過ごしたと言ってもいいぐらいの場所に俺は佇んでいた。
そこは草木が生い茂る野原だった。野花は大きな花を咲かせて此方を歓迎している様に思える。
「ここは…知ってる」
目を開けて見れば、腕の隙間から覗く光景に目を奪われる。丘の上に自分の何倍もあろう大きな桜の木があったからだ。
懐かしい。そう感じられずにはいられない。あれは幼い頃から支えてくれた大切な木だった気がする。
両親が消えたあの日からこの木が友であり、親だった。
もっと近寄ってみたくて足に力を入れて走り出す。段々と近づくにつれ、その存在感は大きいものへとなっていった。
「綺麗だ…」
下から上を見上げれば満開の桜だ。ひらりひらりとハート型の花びらが上から散っていく。手を伸ばしてその中の1枚を優しく包み込むと俺の手の中へと吸い込まれていった。
ふとその木に傷があるのを発見した。近づいて指でその断面をなぞる。
「この傷は俺が付けたんだっけ…?確か、特訓に付き合ってくれるリサーナにいつまでも追い付けない自分が情けなくて、行く当てもない怒りを一度だけこの木にぶつけたんだ…」
やってから後悔したもんだ。当時の不甲斐ない自分に会うことが出来るならやめろと言いたい。鬱憤をぶつける様に必死になって殴りつけていた。結局、その後は自分の手を痛めてリサの奴に怒られたのは笑いもんだ。
「ははっ、全くお笑い草だな…!?」
突然の旋風が襲い掛かってくる。いきなり何だと思って前を向けば驚いた。
瞬きをしたら目の前に女がいた。記憶にはないが可愛い感じの女性だ。
健康的な綺麗な白い足が見え、ふさっと揺れる茶色の尻尾も目に入った。力を入れれば壊れてしまいそうな小さな存在だ。
「君は、一体…?いや待て…俺はお前を…知っている?」
先程現れた頬がこけた男の面影がある。一度食い付いたら離さないと思えるその鋭くも綺麗な目元なんかはよく似ている。
ーーアルバルトさん。
そうか、いやそうだった。何で忘れていたのだろう。俺は、お前は…!
ーー帰りましょう。今度こそ私が貴方を守りますから。
頭が割れるように痛い。この声を聞くと自分が自分で居られなくなる。痛くて、痛くて目を瞑って頭を振り回す。自分の口から聞こえる笑い声が悲鳴に変わる。
「あぁああアアア!お、レハ、俺はぁ!!」
(大丈夫、お行きなさい。貴方が信じる自分の道を、私は貴方を信じましょう。彼女が信じた貴方をいつでも見守っていますから)
さっきの女とは違う声だ。今までに聞いた事がない音色みたいな透き通っていて威厳のある、思わず平伏したくなる声だった。
ふわりと後ろからその誰かに顔を手で覆われた。覆われた顔からは柔らかな感触と桜の花の香りがする。段々と落ち着きを取り戻し、痛みが苦しみが消えていく…。
混乱する頭の中で砕け散り、バラバラになった記憶のピースが紡がれていく。最後のピースが当てはまった時、漸く自分の名を、存在を思い出した。
「俺の名前は…アルバルトだ!」
世界が砕ける。もう悲鳴は聞こえない。どうなったかと再び閉じた目を開ければ暗い空間も思い出の地もなく、目の前には見覚えのある明るい茶色の髪と耳が見えた。
「レ、ティシア…?」
俺は泣いていた。零れ落ちる涙は頬を伝い、地面を濡らす。その側にいる彼女も泣いていた。目からこぼれる雫は今度は地面ではなく互いの身体を濡らす。
「ええ、そうです。お帰りなさい、アルバルトさん」
無表情だった彼女の顔が美しい笑みを浮かべてアルバルトを更に強く抱き寄せる。
「ただイッ!?くぅううぁぁあ!!」
「アルバルトさん!…きゃっ!?」
アルバルトの肉体はどんどんと縮んでいき、元の大きさに戻ろうと変わり始める。あまりの激痛にアルバルトはレティシアを抱えたまま空へと飛び去った。彼の長く白い髪が抜けて空に舞い散らしながらその姿は消えていく。
「お待ちなさい!」
「聖女様、危険です!お下がりを!」
ヴィーラがマリアを止めにかかる。
「……ッ!ですが、彼らは…!」
「分かってます。……酷な事を言いますが、貴方の力を必要としている人は今、ここエウロアエには多くいます。助けられる命があるなら1人でも多く救いましょう。それが今私たちに出来る最大限の義務であり、務めです!」
マリアが飛び去っていく鬼を追おうとするがヴィーラが止める。これ以上は自分達に手が負えないと考えて今は1人でも多く救う事が大切だと諭す。
渋々とマリアもその事は分かっているが自分が治療した少女が目の前で連れ去られたのだ。落ち着くのにも時間が掛かった。
「……よし」
そしてパンッと自身の頬を叩き、意識を切り替える。
「確か冒険者ギルドが近くにあった筈です。まずは其方に行きましょう」
「御意」
マリアとヴィーラは走る。走りながら魔王、それからあの鬼の事を考えていた。
鬼は何処かで見た事がある顔だったがいまいち思い出せない。そもそも鬼人族と知り合いだという事はない。気のせいかもしれないと考えて意識を切り替える。自分達が今出来る事を思い浮かべて先を急いだ。
今此処に最悪の1日が終わりを告げた。
アルバルト
暗闇から俺を助けてくれてありがとう。レティシアの声が聞こえなかったら俺は俺を取り戻せなかった。
レティシア
今度は私が彼を守りたい。その為にはもっと力が欲しい…もう大事な存在は彼しか私には残っていないのだから…。
マリア
あの鬼人族何処かで見たことある様な…?あれ?狼人族の女の子が呼んでいた名前ってもしかして…。
ヴィーラ
凄まじい力だった。素直な気持ちで言えば、もっと剣を合わせたかった。もう一度戦えないだろうか…。
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